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プロフェッショナル・ゼミ

どんぐりを拾う50歳会社員男性《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
一昨年の秋のことである。
大の大人が二人、透明のビニール袋を片手に、木の下に立っていた。
時刻は午後四時を回った頃で普段ならオフィスで大真面目に仕事をしている時間帯だった。
 
「ほら、あそこ! 綺麗なのがたくさんあるよ。あの丸いやつとか、細長いやつとか、参考になりそう!」
はしゃぎながら茂みの中に躊躇なく入っていくその男性は、私の上司の白石さんだ。
茶色い丸メガネをかけており、笑うと目が優しく垂れる、中肉中背の企画部の課長である白石さんは傍から見ればどこにでもいるごく普通のサラリーマンだ。
 
 
白石さんとの出会いは、私が今の部署、企画部に異動してきた日に遡る。
 
 
「車、好き?」
歓迎会の酒の席でたまたま私の右隣に座っていたのが白石さんだった。
その時に突然投げかけられた質問がこれだった。
車に乗ることを聞いているのか、外観について聞いているのか、ざっくりとした質問すぎて、どう答えるのかが正解かわからなかった。
「車……ですか。いろんな形があって面白いな、とは思いますね」
当たり障りのない返事をしてこの話題を切り抜けようとした。しかし
「そうか! いやぁ実は車っていうのはな、色々なフォルムがあって……」
と、あろうことか白石さんは車について熱く語り始めたのである。
丸い車がいいか、角ばった車がいいか、塗装のこだわりやエンジンの設備……。途中から話が専門的になりすぎて何のことだか理解ができないこともあった。だけど席を移動するタイミングを見つけられなかった私は目の前のビールを飲むしか術がなく、申し訳ないが話を半分くらいしか聞いていなかった。
この人、ちょっと苦手かも。
そう思っている私のことなんてお構いなしに白石さんは車について、熱弁し続けた。
 
 
この日の一方的な『熱』はお酒によるものだと思っていたのだが、そうではなかった。
白石さんはシラフのときでも、あらゆる分野において、熱を放出することができる人だったのだ。
 
 
隣の席の同僚が、書類の入力を済ませ、伸びをしていたときのことである。
丁度コーヒーを買いに行き、フロアに戻ってきた白石さんはリラックスしている同僚を見つけるや否や、狙いを定めて声をかけた。
「革製品とか、好き?」
そして同僚が答えるのを待たずして、手持った小銭入れを見せながら熱く語り始めたのである。
「これ、自分で作ったんだ。革を買うところからはじめて、型をとって、磨いて柔らかくしたらやっと使える革になるんだよ。ホント、磨くのが大変で、必死で……」
突然声をかけられた同僚は手作りの小銭入れへの熱弁にポカンとした表情を浮かべていた。そしてその「熱」に次第に引いていくのが見て取れた。革に対する知識が専門的すぎて、わからないのだ。わかったことといえば小銭入れに思い入れがあるということだけだった。
 
白石さんはこのように毎日、
「これ、好き?」
「昨日こんな面白いものを発見したんだけど」
と携帯電話や小物を片手にあらゆるところで熱を放出していた。
期限に追われ、必死で仕事をしている様子なんて誰も見たことがなかった。
「悪い人じゃないんだけど、俺らは頑張ってるのに白石さんは遊んでいるみたいでイライラするときがある」
「色々なところで油を売っているから席にいないことが多くて、確認が取れなくて困る」
なんて部下たちは愚痴を漏らすことも多かった。しかしその一方で取引先からの評価は驚くほど高かった。
「白石さんは商品に対するこだわりがすごいですよね。いつも脱帽です」
「どういう生活をしていたらあんなアイデアが出てくるのか、教えてほしいくらいです!」
どの取引先とも信頼関係が成り立っていた。日頃の行動とは結びつかないような称賛を耳にするたび、白石さんに対する謎は深まるばかりだった。
 
 
そんな白石さんと働き始めてから半年、私は彼とタッグを組んで新しい企画を進めることになったのである。
 
アニメやキャラクター事業を手がける新規の得意先に商品を提案するため、白石さんは新たな企画を考えていた。そんな中、いつものように
「このアニメ、好き?」と問いかけられたのが私だった。
丁寧なタッチで描かれた、広大な自然が魅力的なそのアニメが子供の頃から大好きで、いつもテレビにかじりつくように見ていた。
「大好きです!」
と返事をしたところ、だったら適任じゃないか! ということで白石さんの下について実務を担当することになったのである。
 
「麻袋の中にバラバラっとチョコレートが沢山入っているような商品を作りたいんだ。アニメにも出てくるその世界観をテレビからまるごと取り出してきたような商品だったら、先方も喜んでくれると思うんだけど、どうかな」
そう言って白石さんは頭の中のアイデアを絵に描き起こす。その商品は担当者であり、アニメのファンでもある私の心をくすぐるものだった。
 
大まかな方向性が決まったところで商品の提案に向けてサンプルを作る必要があった。
「リアルなサンプルを手作りするから。久保さんも、素材とか、中の形とかどんなのがいいか、案、考えといて」
 
そして次の日、出勤してきた白石さんは私を見つけると興奮気味に携帯を片手に持って近づいてきた。
「昨日家に帰ってアニメを見直したんだけどさ」
そう言いながら携帯電話で動画を見せてくれた。そこには少女が自然を駆け回るシーンやきのこや切り株、どんぐりが映るシーンなど、参考になりそうな箇所が切り取ってあつめられていた。
昨日の今日でここまで……。仕事が早い上に熱量が高い。私といえば、帰り道に商品について少しぼーっと考えただけだった。せっかくのチャンスだったのにやってしまった、という気持ちと、ちょっぴり悔しい気持ちがこみ上げてきた。
 
何度も動画を見直しながら案を出し合った末、誰もが馴染みのある「どんぐり」の形のチョコレートを麻袋に詰め合わせることに決まった。
 
「そういえば、どんぐり、通勤途中の木の下の茂みに落ちてますよね」
私のこの一言が白石さんの「熱」スイッチを押してしまったようだった。
「よし……どんぐり、拾いに行くぞ」
「えっ!? 今仕事中ですけど?」
「サンプルを作るのが仕事なのであれば、拾うことも仕事のうちの一つだ。それに僕が許可するから大丈夫。ほら、どっかから袋、取ってきて」
給湯室から透明のビニール袋を2枚調達した私はこうして、白石さんと共にどんぐり拾いに出かけることになったのである。
 
毎日通っているその道にどんぐりが落ちていることを白石さんは全く知らなかった。
「まっすぐ前を見て歩いてたら、どんぐりなんか目に入らないからさ」
そう言いながら歩調を速める白石さんからはどんぐりを拾いたくてウズウズしている様子が伝わってきた。
 
茂みに着くと、白石さんの目は一層輝きを増した。そしてガサガサと茂みへと入り込み
「ほら、あそこ! あの丸いやつとか、細長いやつとか、参考になりそう!」
などと言いながらどんぐりを拾い続けた。白石さんのビニール袋はみるみるうちにどんぐりでいっぱいになっていく。完全に拾い過ぎである。どんぐり拾いにかける熱量、好奇心旺盛なその後ろ姿はまるで少年のようだった。
 
子供は何かに興味や疑問を抱いたとき、大人に質問を投げかける。知らないことが多いぶんだけ頭も柔らかく、発想も豊かだ。その童心からくる唐突な質問や行動に周りはびっくりさせられることもあるけれど、真っ直ぐな想いは私達に忘れかけていたものを思い出させてくれることもある。
白石さんもそうだ。興味が湧いたらまず行動に移す。それが楽しくてのめり込んでしまう。その積み重ねで白石さんは成り立っている。仕事をしていてもいつも遊んでいるように見える理由がこのとき初めてわかった。
 
今の会社を、いや、世の中を見渡したとき、こんなにも物事にのめり込み、まるで少年のように真正面から向き合って働いている大人はどれだけいるだろうか。
しんどい、つまらない、働きたくない……。後ろ向きに働く人が多い時代、白石さんのような人に巡り会えること自体が珍しいことなのかもしれない。
「あ! 笠付きの珍しいどんぐりみっけ!」
なんて声を上げて喜んでいるが、私にとっては白石さんの存在こそ『笠付きのどんぐり』だと思った。世の中に沢山落ちているどんぐりの中でたまにしか発見できないそれが今、目の前に転がっている。そんな気分だった。
 
「見て久保さん! こんなに拾った!」
右手に袋を掲げて嬉しそうに茂みから出てきた白石さんの足元には裾からスネにかけてびっしりと緑色のひっつきむしがついていた。夢中でどんぐりを拾い続けるあまり、周りには目もくれなかったのだろう。
「もー! すごいことになってるじゃないですか! それに、拾いすぎです、半分くらい戻してきてください」
部下である私にそう怒られた直後はしゅんとしながらひっつきむしをズボンから引き剥がしていたのだが、あまりにもくっついている量が多すぎて「取れない!」と楽しそうに騒ぎ始めた。童心を抱き続ける50歳会社員男性。その姿はとても魅力的だった。
 
 
週明け、白石さんは宣言通り、サンプルを作ってきた。
持ち帰ったどんぐりを使って石膏で型を取って色を塗り、ニスをふることで本物のどんぐりと見間違えるくらい綺麗に仕上がっていた。あとはこれを麻の袋に詰め込めば完成だった。
「麻の袋は私に探させてください。雑貨屋さんに行って、いくつかサンプルを見繕っていい商品に仕上げましょう」
自分の口からこんな言葉が出たことに、私自身が一番驚いていた。
これはきっと白石さんのせいだ。
 
 
第一印象から一転、一緒にどんぐりを拾いに行った日以降は、「熱」を放出しまくる白石さんに対する苦手意識もすっかりなくなっていた。
それなのに、残念なことに4月に企画部内のチーム編成が変わり、白石さんは私の上司ではなくなってしまったのだ。
だけど、またひょんなことから一緒に仕事をする機会があるかもしれない。
共に過ごすことができれば私もあのような童心を手に入れられるかもしれない。
そしたらきっと、毎日の仕事が少し楽しく色づくだろう。
 
***

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