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運がいい彼と彼女の法則


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ほしの(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「築浅で、駅から徒歩5分以内、バストイレ別で独立洗面台あり、日当たり良好で、2階以上でお願いします」
「ご予算は?」
「10万円以下で」
無理です。
前歯の裏まで言葉が飛び出してきそうになっていたのを、冷静にごくりと飲み込んだ。
1年ほど前に転職し、不動産屋のおばちゃんになった私。まだ経験は浅いけれど、エリアの相場は掴んだ。ここは都心で人気も高く、東京のなかでも賃料が高い場所だ。
 
残念ながら目の前の綺麗なお姉さんはそれがわかっていらっしゃらないので、こんないい条件の部屋を10万円以内で出せと言っているのだ。
「お客様、このあたりの相場は……」と説明をしたのだが、お姉さんは特に気にする様子もなくこう言った。
「大丈夫です。わたし運がいいんです」
 
たしかにこの仕事をはじめてから、運というのはあるのだなぁと感じていた。
以前、内見にお連れした二十代の男性は図面を見比べてあれこれ悩んでいたのだが、実際に部屋を見て「ここならいいかも」と申し込みを決めてくれた。
「それでは申し込みをしましょう」ということになり、いざ申込書をオーナサーに送ったのだが、運悪く30分前に他の方の申し込みが入ってしまっていた。2番目に申し込みを入れる状態を、不動産業界では「2番手」と呼ぶ。
こういう事態はお客様はもちろん、店としても辛いのだが、残念ながら時々起きてしまう。特に引越しシーズンの春先は数分違いで部屋を取られてしまうことも少なくない。
今回は、お客様の都合でどうしてもその日に申し込みをして家を決める必要があったので、気をとりなおして、第二希望の部屋の内見に行った。幸いその部屋もなかなかいい感じでお客様も気に入ってくれたので、申し込みを入れることにしたのだが、なななんと、またもや先客があり、2番手となってしまったのだ。ここまで重なることは滅多にない。その日はお客様もわたしもお昼ゴハンも食べず、へとへとになりながら次の物件を探した。そこそこいいものがあったので、今度こそはと意気込んだのだが内見を予約する段階で、
「今申し込みが入ってしまって……」と言われてしまった。
(この人、呪われてるんじゃなかろうか)と思った。結局、最後の最後でなんとか部屋を決めることができたのたが、このお客様の運の悪さはピカイチだった。
 
かと思えば、人気でなかなか募集がかからないお部屋を、その日はじめてふらりと店に立ち寄ったお客様が、ひょいっと見つけて、一発で理想通りのお部屋をゲットするなんてこともある。
たぶん、昨日お越しいただいてもまだ募集はかかっていなかっただろうし、あと1時間遅かったら他の人に取られてしまっていただろうなぁと思われるような物件だった。
 
そんな毎日を繰り返すうちに、苦労せずに理想の部屋を手にいれる強運の持ち主には、ある共通点があるように思えてきた。
運がいい彼ら彼女らは、その多くが物事を決めるスピードが速い。そもそもどんな部屋を求めているのか、空いているなら内見するかしないのか、申し込みするかしないか、こちらが選択を求めるとき、即答が返ってくる。
 
逆にいい物件を取りこぼす人たちの共通点は、決断が遅い。迷っているのだけれど、そもそも何を迷っているかを認識していない人が多い。
この部屋にするのかしないのか、っていうか、引越をほんとにするのかしないのか、そこまで立ち戻ってグズグズしてしまう人もいる。
前述の3件部屋を取られてしまったお兄さんは、その日の行動は早かったのだけれど、その日に決めなくてはいけなくなるほど、内見の行動を起こすまで時間がかかっていた。
 
当然、強運チームは電話もメールもレスが速い。弱運チームは電話もメールも返ってくるのが遅いばかりではなく、時々音信不通になってしまう人もいる。
 
ここまで考えてふと思う。もしかすると、チャンスはみんなに平等に訪れているのかもしれない。それをすぐに捕まえられるかどうかが、運の善し悪しを左右しているのかもしれない。
 
そういう意味では、いまわたしの目の前で
「わたし運がいいんです」と言い切るお姉さんは、強運チームに所属しているように見える。
「運がいいねって、他の人からも言われるんですよ。この前首都高速で事故にあったんです。車が大破しちゃって。でもわたしはかすり傷ひとつなくて。すごくないですか?」
すごいと思った。
ここにもうひとつ、運のいい人たちの共通点を見た気がした。
 
強運チームは、自信にあふれているように見える人が多い。そして幸せそうに見える人が多い。
目の前のお姉さんも、自分の運の良さに自信を持っているように思えた。
ちょっと冷静に考えてみてほしい。
首都高で事故にあって車が大破する。
それってもう十分、運が悪いんじゃなかろうか? 傷を負うとか負わないとかそんなことの前に、大事故にあった時点で「運が悪い!」と言ってもぜんぜんいいレベルではないか。
でも彼女は言い切る。
「わたしは運がいいんです」と。
すごい自信だ。そしてそんな風に思えるのはさぞかし幸せだろう。
わたしはそういう風にいつも思えているだろうか。
 
わたしが神様だったら、なんとなくこの子にいい部屋を与えたいと思ってしまいそうだ。そしてわたしは神様ではなく、不動産屋のおばさんではあるけれど、この子の運の良さを見てみたいなと思った。
まわりをそういう気持ちにさせる力、それも結果的に様々な「運が良かった」を引き寄せているのかもしれない。
 
「条件に合う部屋が出たら、すぐに連絡くださいね」
彼女はきっぱりとそう言った。
彼女用にどんな部屋が飛び出してくるのか、今からちょっと楽しみだ。

 
 
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2018-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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