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プロフェッショナル・ゼミ

毎日100回、腹筋をする理由《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
3月下旬のある日、いつも通り会社に出勤した私はメールチェックを行っていた。何通かのメールに混ざって一件、人事総務部からのメールが届いていた。
内容は春の健康診断について。今年の健康診断は6月12日ということだった。
 
家に帰って風呂から上がると、私の目が洗面所の奥の角にある体重計を捉えた。
いつもは目につかないのそれに気がついたのは今朝の「健康診断のお知らせ」が頭の片隅に残っていたからもしれない。せっかくだから久しぶりに体重計に乗ってみようと思った。
 
前に測ったのは昨年の12月だっただろうか。体重計にはうっすらとホコリの膜ができていた。それをはらって、足をかける。すると……思っていた体重よりプラス5キロも増えているではないか! 何かの間違いだと思い、一度体重計から降りてもう一度乗ったのだが、数値が変わるはずはなかった。私は自分の生活を振り返る。クリスマスにホールのケーキを一気食いしたことだろうか。お正月のおせち料理とお雑煮の食べ過ぎだろうか。はたまた、バレンタインデーに自分用にチョコレートを沢山買った結果だろうか。いずれにせよ、思い当たるフシが多すぎた。
 
実は最近、長時間パソコンの前に座っていると「しんどい」と感じることが増えてきていた。その原因はお腹周りの圧迫感。スカートが少しずつきつくなっていたのだ。だけど、まだ履けるから大丈夫。そう言い聞かせて見て見ぬふりをしていたのだが、目の前に突きつけられた現実に向き合わなければならない日がやってきたのかもしれない。そこでまず、目標を健康診断に設定することにした。
6月12日までは2ヶ月強。それまでに何ができるだろうか。せめて数キロは減らしたい。だけど私は食べることが大好きだから食事制限はきっと三日坊主で終わってしまうだろう。
バラエティ番組を横目に、「ダイエット 方法」と携帯電話で検索をかけながら考えを巡らせていると、テレビの中からこんな発言が聞こえた。
 
「ギャルってね、やったこと全てがプラスになるんですよ。みんな私の見た目から、マイナスのイメージを持って接してくるんですけど、運動ができたり、掃除ができたりしただけで周りが褒めてくれるんですよ」
携帯電話から顔をあげるとそこに映っていたのはある一人のギャルだった。
明るい茶髪にカラーコンタクトを付け、指先にはきらびやかなネイルが輝く彼女は最近テレビの露出が増えている人気のモデルだ。
いつもなら彼女のことなんて何とも思わないのに、その日の彼女の発言が私を中学時代へといざなった。
 
 
私が通っていた中学校はちょっと荒れていた。
授業中にはゴミが宙を舞い、よそ見をしながら廊下を歩くとうっかりガムを踏む。窓ガラスが割れることなんて日常茶飯事だった。
幸い、私が入学した一年三組は平和な、比較的おとなしい生徒ばかりのクラスだったのだが、入学式早々、ガシャーンという音が隣のクラスから聞こえてきたのには驚いた。
 
そんな中学校で、私は陸上競技部に入部した。
元々走ることが好きだったことに加え、席が前後になって仲良くなったサキに誘われたことが入部するきっかけになった。他にも同級生の女子部員は4人いて、みんなサキと同じ小学校出身だったため、私も彼女たちと早々に打ち解けることができた。
私達は毎日、他愛もない話をしながらみんなで下校をしていた。
 
「そういえばさ、始業式の日に、四組で窓割れたでしょ。小学校の時、あんなことなかったからびっくりしちゃって」
すると平然とこう言われた。
「あれね、真奈ちゃんでしょ。まさか始業式にやるとは思わなかったわ。私、真奈ちゃんと小学校の時よく悪いことしてたんだよね。実は私も何度か割ったことがあるよ、窓。結構スカッとする」
サキはさらっと過去の犯歴を私に告げた。
今のサキは校則もきちんと守る普通の女子中学生だが小学校の頃、早めの反抗期を迎えて荒れていたそうだ。
「うそ! やめてよ! サキが普通の女の子に戻ってくれてよかった」
そう言った矢先、
「サーキー!」
と公園の方から声がした。声のする方向へと目を向けると金髪で化粧をバッチリ決めたミニスカートのギャルが大きく手を振っていた。
彼女がたった今、噂をしていた真奈ちゃんだった。
真奈ちゃんは右手で携帯をいじりながら私達の方へと歩いてきた。
「真奈ちゃん、久しぶり! 何してたの?」
「え? 別にー何もー。暇だったからコンビニでお菓子買ってーそこで食べてた」
真奈ちゃんとサキが話はじめ、残りの友人も足を止める。私は近くでギャルを見たのが初めてだったので思わずじーっと真奈ちゃんを見てしまった。
片手に三つほど指輪がついているその手の爪は長く揃えられ、ネイルを施している。化粧で目の周りが黒っぽくなっているが、ぱっちりとした目をしていた。スタイルもいい。
視線を感じたのか、真奈ちゃんは急に私の方を向いた。鋭い目力に一瞬息を呑む。
「何? っていうかー……誰?」
「この子は、同じクラスの久保さん。部活も一緒なの。私達の中では今一番足が速いんだよ」
そのことを聞いた真奈ちゃんは私のことを上から下までゆっくりと見た。
そして興味なさそうに「ふーん」と言った後、公園にいた別のギャルに呼ばれて戻っていった。
「……っこわかったぁ~」
「何もしなければ、大丈夫だよ」
 
確かに学校生活で私が真奈ちゃんと関わるなんて想像がつかなかった。
真奈ちゃんにとって授業はサボるか寝るか。クラスも違うし関わることもないだろう。
だけど次の日、私は体育の授業で真奈ちゃんを見かけることになる。
 
中学校では体育は二クラス合同で行うことになっていたため、三組の私と四組の真奈ちゃんは唯一、この授業を一緒に受けることになっていた。
「今までは“めんどい”って体育サボってたのに珍しい」
サキが小さな声で私に教えてくれたその先には体操服を着崩した真奈ちゃんが気だるそうに準備体操をしていた。
 
「はい、じゃあ今日からいよいよスポーツテストの測定をしていきます」
先生の指示で種目ごとに測定が行われ始める。そこで私は驚くべき結果を目にすることになる。
 
真奈ちゃんは、ギャルの見た目とは裏腹に、運動神経が抜群によかったのだ。
帰宅部なのに俊足。筋力も持久力もあった。
腹筋、反復横跳び、ハンドボール投げ……。何をやってもクラスで、いや、学年で十番以内に入る記録だった。種目を終えるごとにみんなが真奈ちゃんを褒め称えた。
唯一、50メートル走だけは僅差で勝利をおさめたのだが、1000メートル走と立ち幅跳びという陸上部らしい競技の二つにおいて負けてしまった。その事に対し、
「えー!? 久保さんって本当に陸上部? 陸上部って練習してんの? 何もしていないうちのほうがだいぶ記録いいけど」
と大きな声で言ってきた。
「50メートルは……私のほうが速かったもん」と悔し紛れに返したものの、
「そっかー。50メートルだけ(・・)ねー」と言いながらにやにや笑っている。
何もしていないギャルに負けたこととバカにしたような発言に無性に腹が立った。
サキは「真奈ちゃんは反応を見てからかってるだけだから気にしなくていい」と言ってくれたのだが私の腹の虫はおさまらなかった。
 
来年は陸上部の名にかけて、走る種目と跳ぶ種目では真奈ちゃんには絶対負けない! と奮闘したのだが結局私は2年生のときも、3年生のときも、真奈ちゃんにスポーツテストで負け続けた。
 
 
中学校を卒業してから数十年。
テレビに映っていたギャルモデルが、私にとって苦い思い出のある真奈ちゃんと重なった。体育の成績はずっと「5」で運動神経には自信があると堂々と語る彼女をよく見ると雰囲気も、声も、語尾を伸ばして話をするところも真奈ちゃんに似ているように思えてくる。
そしてその番組内で彼女はスタイルを保つ秘訣を聞かれてこう答えていた。
「私、毎日腹筋300回してるんですよー」
 
この言葉が私の闘争心に火を付けた。
彼女にできて、私にできないはずがない。
 
私はそのまま勢いで絨毯の上に移動して腹筋を始めた。
部活動をやっていた頃は、練習メニューの一貫として嫌でも腹筋を行っていた。
だから簡単にできると思っていたのだが運動をしていたのはもう何年も前の話だ。正直、腹筋を10回するだけでも辛かった。お腹が痛いし息が上がる。そのまま絨毯に寝転がりたいと思った。だけど、それだと中学の頃、スポーツテストで真奈ちゃんに劣っていた私となんら変わらない。そんなのは嫌だ。
 
そこで、まずは100回から始めてみることで自分の中で折り合いをつけた。
 
1……2……とうなりながら起き上がること100回。お腹がつりそうな程痛かった。
これを毎日続けるのは辛かった。
だけど挫けそうになる度に、私は真奈ちゃんのことを思い出しながら腹筋を続けた。2周間ほど経って、お腹がへこんできたような気がして、体重計に乗ってみた。すると、1キロ減っているではないか! 毎日しんどい思いをして腹筋を行った結果が数値となって目の前に現れた。それが嬉しくてモチベーションになり、一ヶ月、一ヶ月半……と毎日の腹筋を続けることができた。体重は数グラムずつではあるが減っていく。
結果が出てくるともう少し頑張ってみようかな、と思える。そこで、仕事中につまむおやつの回数を減らしたり、ご飯をよく噛んで食べるように心がけた。
結果、私の体重は6月12日の健康診断のときにはマイナス5キロとまではいかなかったけれど、マイナス3キロまで落ちた。この結果はかなり嬉しいものだった。
 
 
過去に悔しい、負けたという経験をしても、そのことを決して忘れてはいけない。なぜならば、ひょんなことからその思いに火が着いて、エネルギーに変わるかもしれないからだ。
現に私自身、中学校の頃、大人になった自分がまさか自宅で必死に腹筋をしている姿なんて想像していなかった。
 
そして健康診断が終わった今も、私は毎日腹筋を行っている。今はあのギャルモデルが言っていた300回を目指して毎日少しずつ回数を増やしている。
減量にも成功し、こんなに健康的な習慣を体得させてくれた根源には真奈ちゃんがいる。
あの日の真奈ちゃんに「ありがとう」と伝えなければいけないな、そう思いながら私は今日も、腹筋を行うのだ。
 
***

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