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プロフェッショナル・ゼミ

17歳の一日伴侶《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

4月末に結婚し、現在は東京に住んでいます。お近くにお越しの際は是非、お立ち寄りください!

近頃、同級生や先輩、後輩の「結婚しました」や「子供が出来ました」といった報告をFacebookで見かけることが多い。だけどこの日は心の底から喜べない自分がいた。
もちろん、おめでとうという気持ちだってある。だけどほんの少しだけ、それこそ長年履き続けた靴下が破れたときのような小さな穴が心にできた、そんな気がした。

というのもその投稿をした彼は10年前のある日、私の大切な「一日伴侶」だったからである。

私が高校二年生の時、修学旅行の行き先は沖縄だった。
「二日目は丸々、沖縄のアクティビティ体験の日です。今から配布するこの紙を見て、自分が体験したいものを選んで、学級委員まで提出してください」
ホームルームの時間に先生がプリントを配りながら説明を行う。手元に回ってきたプリントにはシュノーケル、三線演奏、牛車での島観光、カヌー……となかなか気軽に体験できないことのオンパレードだった。プリントを読み、次第に教室が騒がしくなっていく。あちらこちらでどのアクティビティを選択するか友人同士で会話が繰り広げられていく。

沖縄といえば真っ青な海。その海を満喫したい! そう思う私の目を引いたのはスキューバダイビングだった。
「あすか、何にするー?」
と仲良しの水泳部のはるみが斜め前の席から問いかけてくる。
「「ダイビング」」
幸い、私とはるみの意見は一致していた。私達はすぐさまプリントに希望を記入した。

「今から名前を呼ぶ人は、放課後残ってくださいね」
修学旅行まであと1週間と迫ったホームルームで、先生に10人ほど名前を呼ばれた。成績も部活動もバラバラなみんなが何事かと顔を見合わせていると、この前のようにプリントが一枚、配られた。中央には黒い太文字で『承諾書』と書かれていた。沖縄で体験するダイビングで万が一命を落としても文句をいいません、そんな内容が書かれていたような気がする。私達は未成年だから、親にサインをもらわなければ体験を受けられないそうだ。

私はそのときまで、ダイビングで命を落とす可能性があるなんて思ってもいなかった。ただ、ボンベをつけて綺麗な海底を泳ぐ、楽しいスポーツではないのか。
私の緊張を感じ取ったはるみが横から助言をくれた。
「大丈夫だって。私のお姉ちゃん、ダイビングやったことあって、人並みに泳げれば何とでもなるって言ってたよ?」
だけど、こう声をかけてくれるのは泳ぎのエキスパート、水泳部のはるみだ。私は陸上部。専門は陸だ。人並みには泳げるけれど、得意かと言われればそうじゃない。だけど、
「大丈夫。みんないるから」というはるみの言葉を信じた私は家に帰って親に承諾のサインをもらった。

そして迎えたダイビング当日。承諾書を受け取った日の緊張感なんてすっかり忘れた私は初めて着るウエットスーツに興奮しながら、現場に集合していた。
「今日はみなさんを二人一組に分けて、それぞれにインストラクターをつけます。今から順に名前を呼ぶので、呼ばれた人から前に出てきてくださいね」
体験所のお兄さんが手に持った名簿を読み上げていく。はるみと一緒になれればいいな、なんて思っていたのに、はるみは早々に、サッカー部の男子と二人組になってしまった。
「最後、僕がつきます。久保さーん、里中くーん」
里中くんは同じクラスの、水泳部員だった。同じ水泳部でもはるみと違って寡黙で大人しく、一年生のときも同じクラスだったのに会話をした覚えがほとんどなかった。

「まずは午前中、海水や道具に慣れてもらうために、浅いところでシュノーケリングを、午後からは海に出て、潜ります。ダイビングは一歩間違えると命に危険が及ぶこともあるので今日ペアになった二人はお互いを『伴侶』だと思って大切にしあってくださいね」
私はまだ17歳。伴侶と聞いてもピンとこなかった。ちらっと里中くんの方を見ると目があった。何となく気まずくて目をそらしたけれど、その時に見えた里中くんの耳は少し赤くなっていた。

説明の後、我々は早速、シュノーケリングを始めたのだが、浅いといっても場所によっては私の身長以上の水深があり、足がつかなかった。そんなときは岩の上に立てばいいとお兄さんは言ってくれるのだが足にはアヒルのようなフィンをつけているため距離感覚をつかむのが難しい。すると既に岩の上に辿り着いている里中くんがすっと手を差し出してくれた。少し照れくさかったけれど照れている場合ではない。岩に立てなければ次の説明へ進めない。私はその手に甘えることにした。
「あ、ありがとう」
お礼を言っても里中くんは無表情のまま、「うん」と言うだけだった。

「じゃあ次は素潜りしてみよっか。水の中で、地面に対して垂直になって、足をバタバタさせるだけ。これで5メートル位は潜れるから、やってみよう!」
説明が雑ではないか? 初心者がそう簡単にできるはずもないのに。そんなことを思っていると横で白い水しぶきが弾けた。里中くんが、足をばたつかせ海へと潜っていったのだ。数十秒後、見事に素潜りを決めて浮上してきた里中くんは飄々としていた。
となると、次は私の番だ。
「あのっ! 私、できないと思うんですけど……?」
きっとお兄さんなら優しく止めてくれるだろう。そんな希望を抱いて発言をしたのだが
「いつも陸上で足鍛えてるのに? その足では垂直に潜れない、と」
と里中くんが言ってきた。
私は走ることに高校生活をかけていた。その足をバカにされた用な気がして、つい、
「……やってみます」と言ってしまった。
里中くんは悪そうな笑みを浮かべながら私の隣に立っていた。

お兄さんと里中くんの素潜りを思い出す。垂直に、足を思い切りバタバタするんだ。
私はアヒル、私はアヒル……と自分に言い聞かせ、意を決して潜り、思い切り足をばたつかせた。潜った瞬間、息が苦しかった。何かの拍子に、咥えていたシュノーケルから海水がガボッと口に入った。だけど、苦しいのを我慢して必死で足をばたつかせた。
水面に浮上すると上で待っていた里中くんは今までに見たことのない笑みを浮かべていた。
「久保さん、できるじゃん。さすが陸上部」
陸上部、関係ないし……と思う一方で素潜りによって少し里中くんとの距離が縮まったような気がした。

昼前にはすっかり海にも慣れ、サンゴや魚を見ながらシュノーケリングを楽しめるようになった。昼食を食べた後、いよいよ船に乗って海の中心部へと向かった。
同じ船には朝以来の再開を果たしたはるみも乗っていた。
「里中、どう? 人見知りだけど優しいし、悪いやつじゃないから」
半日一緒に過ごして確かにそうだと思った。明らかに習得が遅い私のペースに黙って合わせてくれるし、少しずつではあるが会話も増えてきたような気がしている。
「うん、いい伴侶関係は築けていると思う」

そんな他愛もない話をしているうちに船が所定の場所に着いた。
ここから各組順番に30分、ダイビングを行うのだ。
待つこと数分、早々に名前を呼ばれた私達がお兄さんの方へ行くとシュノーケリングの時とは比べ物にならない重装備が目の前に置かれていた。ボンベ、謎の管、大量の重り……。人形のようにそれらを半強制的に装着される。
頭にふと『承諾書』のことがよぎったがそれを頭の奥へと封じ込め、緊張を振り払った。

そして装備で重たくなった体を引きずるようにして一歩ずつ、海へと続く階段を降りていった。既にお兄さんと里中くんは海水の中で船のヘリにつかまって私の到着を待っていた。
「ゆっくりでいいから」
その一言をかけてもらえるだけで安心した。緊張から手すりを持つ私の手はかすかに震えていた。最後の一歩を踏み出す時、先程、岩場で支えてくれたように、里中くんの手が私の目の前にあった。今度はしっかりとその手を握って階段を蹴り、海へと入っていった。

私の体は自然と海の底へ引っ張られていった。
水面がスローモーションで遠くなっていく。体感温度が下がっていく。
私はどこへいくのだろうか。未知の世界へ引きずり込まれていくような不思議な感覚に怖さを感じたけれど強く握ったままの右手が、私を安心させてくれた。

海底に降り立つと、お兄さんは会話ができるように砂鉄と磁石で字が書けるボードを取り出して何かを書き始めた。それと同時に里中くんがくいっと私の手を引いた。何かあったのかと思って里中くんの方を見るとある方向を指でさしていた。
その先には陽の光のスポットライトに照らされた煌くサンゴ礁があり、その周りには小さな銀色の魚が沢山泳いでいた。
まるですごいね、というように里中くんは目だけでにこりと笑いかけてくれた。
私は伝わるように大きく頷く。
そうこうしている間にお兄さんが手招きをしてきた。
「これから周辺を一周します。何かあったらすぐに身振り手振りしてください」

そして私達は泳ぎ続けた。
ごつごつしたサンゴ礁はよく見ると桃色や淡いオレンジ色など何種類かの形が合わさってできていた。周りを泳ぐ小さな魚も黃、銀、赤……と色とりどりに輝いていた。
私が二人の速さに遅れそうな時は里中くんに引っ張られながら、里中くんがよそ見をしすぎてコースアウトしそうな時は私が引っ張りながら、未知の世界を満喫した。
いつの間にか緊張感や怖さはすっかりなくなっていた。
魚もダイバーに慣れているようで、何事も無かったかのように私のすぐ目の前を群れになって泳いでいく。私自身、海の一部になっている、そんな気がした。

「残念だけど、もうそろそろ時間です。何か最後に質問はありますか」
お兄さんがボードに走り書きで記す。すると里中くんが手をあげて、ボードを受け取った。
何を書いているのか、横から覗きこむ。
「何か、お土産に持って帰れるものはありますか」
そう書かれたボードを見てお兄さんは少し考えてからこう答えてくれた。
「生きてるものはだめだけど、例えばこの死んでしまって落ちているサンゴや貝はOK」
と変わった形のそれを岩の下から拾ってきて見せてくれた。
「それをお土産にしたいです」
そうボードに書いた里中くんに便乗するように私も! と身振り手振りで訴えかけた。
するとお兄さんと里中くんが微笑んでくれた。わかったということだろう。目だけしか見えなかったけれど、二人共穏やかな、優しい目をしていた。
最終的に私達は少し変わった形のサンゴを拾い、海の上を目指した。

海面から顔を出すと、生ぬるい風が吹いていた。
興奮で気がつかなかったけれど海底の温度は思ったより低く、体は冷えきっていた。手足も微かにふるえていた。早く暖かいタオルにくるまりたいのに重りと冷えで固くなった体が思うように動かず、なかなか階段が上がれなかった。だけど一歩ずつ階段を踏みしめながら私は船上を目指した。

最後の一段に差し掛かった時、目の前には見慣れた、里中くんの手がすっと差し出されていた。
「お疲れ様」
私はその手を取って船に上がり、ぎゅっと握って握手に変えた。

船は全員がダイビングを終えるまで動かない。
既に体力を使い果たした私はウエットスーツを脱ぎ、パーカーを羽織って甲板に出た。
ちょうど、私達の数分後にもぐっていたはるみとも合流し、楽しかったね、綺麗だったねと先程の未知の世界について反芻していると、里中くんが甲板に現れた。
「里中くん、なんか足引っ張ってばっかりでごめんね」
「いや、全然? 二人共楽しめたから、よかったじゃん」
そう言って遠くの方を見ていた里中くんがこう続けた
「あのさ……今日一日の『伴侶』が久保さんでよかった」
私にはその一言が何よりも嬉しかった。

たった一日。されど一日。

お互いを支えるために何度も繋がれたその手には様々な想いが詰まっていた。
甘え、信頼、共有、思いやり……。
言葉が無くても手から伝わる感情だけで相手のことを理解できる関係性。
伴侶とはそういうものかもしれない。

私の心に小さな穴をあけた、10年前の伴侶。
今はお互いに結婚し、真の伴侶がいるけれど、あのとき、私達は紛れもなく伴侶だった。

それは今でも、沖縄の海だけが知っている。

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