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メディアグランプリ

その首を、差し出せ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:イシカワヤスコ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「こんなのとか、どうですか?」
スマホを見せるわたし、のぞき込む彼。
「……普通」
あからさまに渋い顔をしている。
鏡の前で、てるてる坊主になっているわたしは苦笑するしかない。
「じゃあ、いいです」
早々にスマホをケープの中に引っ込めて前を向く。
 
二ヵ月ぶりに美容院に来た。
今年の夏はアホみたいに暑いので、いつもより短めにイメチェンしようと決めた。
イメージを探しまわってようやく見つけたお気に入りの画像は、前髪を厚く短くギザギザにおろしたタイトなショートカット。
ちょっと個性的でいいかな、と思っていたのに「普通」と一蹴された。
そうだよ、そういうとこだよ。
個性的なものを「選ぼうとする人」と、「創り出せる人」の違い。
わたしのしょうもない個性的コンプレックスをくすぐられて、ちょっとくやしい。
 
「前髪切りたいんだったらさ、……」
とスタイルの提案をする美容師さん。
えっと、何を言っているのかな。
まったくイメージがわかない。
今度はわたしが渋い顔をする番だ。
なにしろ前髪を作るのは20年ぶりで、いつもよりずっと慎重にならざるを得ない。
どうしよう。
おかしなことにはならないはず、だけど。
「俺の中ではもう出来上がってるけどね。絶対にその写真よりも気に入るよ」
静かに、でも自信満々ないつもの声に、覚悟を決める。
「おまかせします」
 
その美容師さんを知ったのは、もう10年も前だ。
当時ハマっていたブログで「カットしてきました」と掲載される、スッキリしたショートカットと「似合わせる」というセリフに惹かれた。
わたしは、潔さと強さを感じさせるようなキリリとしたストレートのショートボブに憧れていた。
しかし、面長なのだ。
どのヘアカタログでも、ショートボブはご丁寧に「面長さんは長さが強調されるのでNG」などと書かれている。
もしかしてこの人なら、この人ならば、似合わせてくれるのかもーー。
期待と不安でドキドキしながら予約を入れ、鏡越しに初対面を迎えた。
ありきたりな胸元まである髪をおろしたわたしは
「短く、したい……です」
と言った。
「ショートボブとかしてみたいんですけど、でも、面長だからどうかなって……」
「いいんじゃない? 似合うと思う」
「……おまかせします」
1時間後、憧れの髪型をしたわたしが鏡の中にいた。
自分で言ってしまうが、本当にとてもよく似合っていた。
もちろん周りからも大好評だった。
 
それ以来、その美容師さんには絶大な信頼を寄せている。
8割方はノープランで「いい感じにしてください」と言うのがお決まりのオーダーだ。
ショートボブをベースに、その時々で、長めになったり短くなったり、少しシルエットが変わったりする。
時に、何も言わないままケープを巻かれてカットが始まり、おもしろいのでそのままにしていると結局最後まで「どうしたい?」とは聞かれずに完成する。
「これやってみたいんだよ」と自分が創ってみたい、ちょっと斬新なスタイルをわたしの頭で試そうとする時も、OKしてみる。
またある時は「待ってた! 刈っていい?」と満面の笑顔で、席に着く前からバリカンを持って待ち構えていたりする。
これもまたおもしろいので、「おまかせします」と、喜んで首を差し出す。
10年間、美容院を納得いかない仕上がりで後にしたのは、彼が渋い顔をしたのにわたしがゴリ押しをしたスタイルの時だけだ。
 
人に何かをまかせるのがとても苦手だ。
お寿司屋さんやレストランのおまかせコースだって、アレとコレは抜いてください、などと注文を入れる。
苦手と嫌いを取り除き、自分好みにカスタマイズすることで満足度を上げるのが好きだ。
その一方、どこまでいっても既定路線で自分の思惑から外れることはない。
そんなわたしにとって、美容師さんにおまかせしたのは大きな一歩だった。
思惑と想像を超える、一歩。
 
数十年のキャリアを誇るプロには、コンサバOLスタイルに隠した個性的コンプレックスさえ、見抜かれていたのかもしれない。
ショートボブにしてから、いままでの服がまったく似合わなくなった。
どうしよう。
わたしなんかがおしゃれとかしても、いいのかな……。
でも髪がこんなだから、合わせるしかないよね、と、服も靴もアクセサリーも、選んだことのないような、でも気持ちが上がるようなものを選び始めた。
髪型ひとつで、創り出せる人の手を借りたことで、見知らぬ世界の扉が開いたように感じた。
憧れの髪型を選べたことは、その扉に飛び込んでいく勇気になった。
あの時に予約の電話をかけなければ、ショートボブと言わなければ、すべてが無難なスタイルのままの未来が続いていたかもしれない。
「おまかせします」は、新しい扉を開ける呪文だ。
 
ハサミとバリカンとカミソリを駆使して、わたしの髪はザクザクと刈られていく。
まったく様子がわからない。
どうなっているのだろう。
ドライヤーの後に現れたのは
「短い前髪を薄く作って、少し長めの前髪を後ろから斜めにかぶせるの」
と、何を言っているのかさっぱりわからなかったスタイルだ。
うん、シュッとしてて、すごくいい!
とても気に入った。
ニヤニヤしながら横を向いたり後ろを見たりしていると、美容師さんも満足げに微笑んでいる。
 
もしこの髪型の写真があっても、きっと自分ではいいと思わなかっただろうし、選ばなかった。
自分では選ばない未来が、差し出されてくる。
自分では創れない未来を、見せてくれる。
そんな「おまかせします」の呪文。
今回はどんな扉が開いたのか、楽しみだ。

***

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2018-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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