プロフェッショナル・ゼミ

最後は自分だけど、誰かと走ることもいいのかもしれないと思ったこと《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一宮ルミ(プロフェッショナル・ゼミ)
 
20年前の春、私はある役所の就職試験の勉強をしていた。
大学時代に就職を決められないまま、卒業し、私は崖っぷちだった。
就職氷河期の時代、「新卒でないこと」は、名の知れた一般企業に就職するには絶望的な肩書きだった。
この試験に通らなければ、なんのスキルもない私は路頭に迷うことになる。
私は必死だった。就職できるかもしれないこの最後のチャンスに全てを賭けていた。
採用試験を受けるのは2度目の挑戦。大学4年生の夏、初めて受けた採用試験は散々だった。そもそも問題の意味さえ分からなかった。全く手も足も出なかったのだ。大学4年間かけて、この採用試験に一番有利だと言われるコースを専攻し、ゼミに入って勉強していたはずなのに、全然何も身についていなかった。自分の大学時代はなんだったのか。バイトに明け暮れて、遊び呆けて、脳内をお花畑にしただけだった。
そんな後悔をバネにして、今回は絶対合格するのだと決意していた。
夏にある次の試験までの3ヶ月を勉強に当てる。
今年試験に落ちたら、もう試験は受けない。別の道を探す。そう決めていた。
だからなんとしても、今年、合格しなければならない。もう後がなかった。
 
一日のうちの半分以上を、試験勉強に充てていた。睡眠時間や風呂・食事、自分なりのわずかな気分転換の時間、それらを除いた全ての時間を勉強に費やした。
とにかく時間が惜しい。もし、自分の決めたタイムスケジュールから外れれば、その分、睡眠時間か、余暇時間を削って、予定をこなさなければならない。1分でも1秒でも無駄にしないで参考書を開いていたい。参考書の内容を理解しつつ、自分が決めたタイムスケジュールをきっちりこなすこと、それが私の生活の全てだった。
 
その日も、朝から黙々とタイムスケジュールをこなしていた。
時間とともに、勉強に調子がついてきて、参考書の問題を解く集中力とスピードが上がる。もう少しで答えがでそうだ。もう少しで、バラバラになった知識のパズルのピースが埋まりそうな予感がする。
 
プルルルル……
 
電話の音がする。ああ、今、いいところだったのに!
「もしもし、私。ユキです」
電話の主は、一緒に採用試験に挑んでいた大学時代の同級生だった。
「勉強、はかどってる?」
受話器の向こうから聞こえる声が少し暗く感じた。
その声に、なんとなく本当のことを言うのをためらった。
「まあ、ぼちぼちやってるけど」
そう答えると、
「偉いなあ。私なんて今日もまだ1時間も勉強できてないよ」
「私もそんなに、はかどってないよ。しんどいね、勉強」
なんとなく話を合わせる。私はかれこれ6時間くらいやってるんだけど、本当のことが言い出せない。
「そうなのよ。本当に受かるかどうか心配で、不安でしょうがないよ。ルミちゃんも本命以外のところも受けるんでしょ?」
そのことは、考えたことがないわけではなかった。
複数の採用試験を受験して受かっておけば、もし本命の試験に通らなくても、就職することはできる。彼女の話では、いくつかの採用試験の願書の受付がそろそろ始まるという。でも私は、どうしても第一希望のところに就職したかった。だから他の採用試験のことは全く考えてなかった。
「いや、受けるかどうか、まだ決めてないんだけど。今は勉強のことで頭がいっぱいで」
「そうなんだ。ルミちゃんは賢いからきっと受かるよ。私は全然できないから」
「そんなことないよ。ユキちゃんだって、頑張れば第一志望に受かると思うよ」
ユキちゃんの気持ちは痛いほどわかる。勉強が思うように、はかどらない不安、将来への不安、就職浪人していることに対する周りの目、就職できなかったという劣等感からちょっと卑屈になって、ついついグチっぽくなること、どの気持ちも私の中にあるからだ。
でも、私にはそんなことを言っている時間はないのだと思うことにしていた。グズグズとグチをこぼす暇があるなら、1つでも新しいことを覚えろ、1問でも多く問題を解けと自分に言い聞かせていた。
「私も不安だよ。だけどやるしかないよね」
ユキちゃんを励ますが、彼女の心には届かない。
「でも、それができないから、不安がつのって……。それからね」
彼女のグチと悩みの話はまだまだ続きそう。
私は勉強の続きがしたかった。ごめん、ユキちゃん、あなたにかまってあげられる時間がないんだ。
早く電話を切らせて! お願い。
でも彼女の辛い気持ちがよく分かるだけに、電話を切ることもできず、いつまでも彼女の話につきあってしまう。
ああ、このままだと今日は、読みたかった本をお預けにして勉強しなくちゃならないだろうか。それとも睡眠時間を削ろうか。さっき解けかけた問題も、また一からやり直しかな。
彼女にはとても申し訳ないけど、話は右の耳から左の耳に風のように流れ、頭にあるのは今日のタイムスケジュールの変更のことばかりだった。
 
ユキちゃんは、夏にあった第一希望の採用試験には合格できなかった。でも、秋まで頑張って、別のところに合格し就職したと聞いた。
私もなんとか第一志望の職場に就職することができた。
 
そんなことを思い出したのは、今、書くことがあの時の試験勉強のように見えたからだ。そして、今の私は、あの時のユキちゃんだ。
天狼院書店のライティング・ゼミプロフェッショナルコース、気がつけば2期目を受講している。新しい人がたくさん入ってきた。どの人も文章がとても上手い。面白い。私は、提出した課題をWeb天狼院に掲載してもらうことがなかなかできない。他の人がすばらしい記事を書いて、掲載されていくのを見るたび、マラソンで息切れしながら走る自分を、すいっと後ろから軽やかに追い抜かれるような、置いていかれるような不安と焦りがつのる。
講師の三浦さんの講評を読むと、「どうしてそこに気づかなかったんだ」と自分でも思うような初歩的なことにつまづいていることに気づく。今までだって何度も言われてきていたのに全然改善されていない。失敗から学んでもいない。
そんな自分を棚に上げて、
「通らなかった! くやしい!」
と、家族や友人たちにわめき散らす。
わめけばわめくほどに、何を書けば面白いのか、何を書いたら人を感動させられるのか、書いても書いても、すっきりとした着地点が見つからない。モヤモヤした気持ちだけが溜まっていく。
もっと深く深く考え、書きたいことを掘り下げなければならないことを理解したつもりでいるのに、そこまでの勇気と根気がない自分に腹がたつ。
もう、何も思いつかない。頭の中にバラバラになった言葉の欠片が、あちこちに散らばって、空中で浮遊しているだけだ。
「書けない!! どうしよう!!」
今度は、書けないと周りにわめき散らす。
「私は面白いと思ってたよ」
「書き続けてるのは偉いよ」
友人たちは私を励ます言葉をくれるのに、私の耳には届かない。
あの時のユキちゃんと同じだ。
 
でも、私はここを乗り越える方法を知っている。
課題の締め切りは容赦なくやってくる。
わめき散らして、グチや不安を、周りに垂れ流している時間はない。
あの時の私のように、書けなくても、ひたすら1文字でも多く書くしかないこと。1分1秒でも深く考えること。
とにかく考えろ。指が折れるまでキーボードを叩け。
通らなくては意味がないのはよくわかっている。だけど、その前に書かなければ何にも始まらない。真っ白なワードのファイルの前で、じっとしていてはスタートラインにさえ立っていない。
 
とにかく書けと講師の三浦さんもおっしゃる。
「スランプなんかありません。幻です」
とまで言い切る。
書けなくても、考え続けることができているだけでも、最悪、考えることさえできなくなっても、考えようとすることさえできれば、それはスランプとは言えないということだろうか。
「書く」ための電源ボタンは、自分の中にある。書けない、考えられないとわめくところにはない。電源ボタンは、書くために、なんでもいいからアクションを起こすことだ。
どんなにうまく書けなくても、うまい着地が思い浮かばなくても、考えて考えて、キーボードを叩こう。バラバラだったパズルのピースを繋ぐ新たなピースが見つかるまで。
 
そう言えば、あの試験勉強の間に500円玉大の円形ハゲができたんだった。
脳に糖分が必要だったのか、ポッキーを食べすぎて、5キロ太った。
今はまだハゲてないし、太ってもない。まだまだあの頃に比べれば、まだまだ足りない。
 
天狼院書店のプロフェッショナル・ゼミは、講義の内容もゼミ方式で進む。受講生同士で意見を言い合いながら進めるゼミは、受講生同士の横のつながりをより強く感じることができる。
個人的にメッセージのやり取りをさせていただけるようになった人がいる。
彼女と話していると、その話の中から書きたいことが見つかることがある。お互いの記事について話し合っていると、自分の得意分野や苦手の克服方法を知ることがある。
記事が通らなくて落ち込んだ時は「また次、がんばろうよ」と励まし合うこともある。彼女が「今、書いてます」と聞けば、自分もやろうと思えるし、「今週はまだネタが見つからずに書けない」と聞けば、苦しいと思うのは自分だけじゃないと勇気づけられる。
彼女に支えられ、励まされ、なんとかリタイアせずにやってきた。私の書くことへの電源ボタンを押し続けていられるのは、彼女が私に送ってくれる言葉の数々のおかげだ。
そして、先週やっとのことで念願の三浦さんのお褒めをいただくことができた。
 
20年前、試験勉強をしていたあの時、自分のことに精一杯で、ユキちゃんにとても冷たい態度を取ってしまった。彼女に寄り添ってあげられなかったことを、最近つくづく申し訳なかったと思う。
あの時、彼女になんて言ってあげればよかったんだろう。
どうすれば彼女のやる気を少しでも引き出してあげられたのだろう。
今の自分なら分かる。
一緒に走ってあげればよかったんだ。
今、私と一緒に走ってくれているライティング仲間の彼女が、私にしてくれるように、一緒に頑張ろうといえばよかったのだ。
勉強が全然できていないのなら、
「これから2時間、お互い必死で勉強しよう! できたらまた電話してね」
と言えばよかった。2時間後彼女から電話があれば、
「できてよかった! お互い頑張ったよね!」
と、励ましあえばよかったのだ。
模試の結果が思わしくなかったら、
「昨日よりは絶対できるようになってるよ。一緒にがんばろう」
って励ませばよかった。
もしかしたらユキちゃんの勉強魂がもっと燃えたかもしれない。
私も、ハゲなんか作らずに、太ることもなく勉強できたかもしれない。
それに気がつかず、ただ自分の勉強のことだけしか考えることができなかった自分の心の狭さが悲しい。
 
誰かと一緒に走ること。
考えてみれば、今までは、誰にも迷惑をかけず、書くことも勉強も仕事も一人で頑張るものなのだと思っていた。
でも誰かと一緒に走ることで、くじけず続けることができたり、できないと思っていた壁を乗り越えられることがある。自分では気づかない新たな自分を見つけることがある。
最後は自分がひたすら頑張らなければ結果は出ないのだけれど、頑張るための力を、自分以外の誰かからもらうことでより頑張れる、もっといい結果を残せるということがある。そんなことを知った。
だから今度は、私がもっと誰かに力を与えたいとも思う。
 
土曜日の朝になると、
「今日は締め切り日、頑張って課題提出しましょうね!」
ライティング仲間の彼女に、メッセージを送る。
心の隅でユキちゃんとのことを思い出しながら。
 
***

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