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プロフェッショナル・ゼミ

奈良の国宝に会いに行く《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一宮ルミ(プロフェショナル・ゼミ)
 
「ねえ、ここで本当にあってる?」
私は、前を歩くミカちゃんに声をかけた。
「グーグルマップさんは、これで合っているっていうんですよ」
スマホを片手にミカちゃんも首を傾げながら答えた。
人っ子ひとりいない。
さっきまで幹線道路を歩いていたはずなのに、ここはどこだ。
私たちが歩いている道の右側には、田んぼが広がっている。周りのあぜ道には、背丈ほどの雑草が生えている。夏の日差しを浴びて、雑草は伸びに伸びて、あぜ道は一面、緑色。
私たちが歩く道も、舗装こそされているが、ガタガタで、車が1台ほどしか通れないほど狭い。まるで山のけもの道のような細い道が、ずっと続いている。道の左側の金網でできたフェンスの向こうは山のようになっている。雑木林なのかもしれないが、緑が深すぎて奥まで見えない。
どこで道を間違ったのか、いつの間にか、こんなところの迷い込んでいた。
「ここ、けもの道じゃん!! ていうか、本当にお寺はあるの?」
そう言いながら、私とミカちゃんは道を進む。
 
私とミカちゃんは、奈良県にいた。ここは桜井市。JR奈良駅から電車で30分ほどの町だ。
目指すのは、安倍文殊院。私はここでどうしても見たい国宝の仏像があった。
「国宝と思えないかわいい獅子と童子の像があるのよ。どうしても見に行きたくて」
熱く語る私に乗ってくれたのがミカちゃんだった。
私とミカちゃん、休みが不規則な彼女と、土日も関係なく仕事に駆り出される私。なかなか休みを合わせることができず、行こうねと約束してから、はや半年以上が過ぎていた。
夏になり、夏休みが取れるようになって、やっとお互いの休みを合わせることができた。それでも、もう8月末。これが最後の夏の休日だった。9月になれば、また戦場のような職場で、お互い頑張らないといけない。
だから、この奈良旅行はなんとしても、楽しみつくしたかった。
早くもひとつ目の目的地までの道で迷子だ。面白くなってきた。
 
車も通らない道を二人、ひたすら歩く。道は緩い上り坂になっている。
桜井駅から安倍文殊院に行くバスだってあったのだ。止めておけばよかったのに「歩いて行ってみよう」なんて言い出したのは、一体誰だったか。私だ。
つい、旅行に来てテンションが上がった。歩いてみれば、散歩しているようで楽しいかもしれないなんて思っちゃったんだ。
「バスに乗ればよかったね」
ミカちゃんに言うと、
「これも面白いですよ。こんな道歩いたっていったら、帰って話のタネになりますよ」
そういいながら、どんどん前を歩く。ミカちゃんは前向きで頼もしい。そして優しい。方向音痴の私に代わって、グーグルマップで道を検索して、先導してくれる。この旅行のホテルの手配も、行き先までの交通手段の確認もみんな彼女がやってくれた。ミカちゃんは、職場でもバイトにしておくのはもったいないほど、テキパキと仕事をこなしてくれた。明るくて、大人で、頼もしくて。ぼんやりしてて、そそっかしい私にとって、ありがたいありがたい人だった。バイトと職員なんてそんな薄い関係をいつの間にか超えていた。大事な友達。親友。そんな彼女と職場を別れて半年。
離れ離れになっても、私が奈良に行きたがっていたことを忘れないでいてくれて、一緒に来てくれたことが本当に嬉しい。
 
誰にも会うこともなく、二人っきりで私たちは、けもの道を登っていく。
聞こえるのは、私たちの笑い声とセミの声だけだ。周りの草や木の葉の青い匂いがする。
8月末といっても、まだまだ暑い。風がない。暑い空気が体の周りにまとわりつく。風でも吹けば、一瞬まとわりついた風を吹き飛ばしてくれるのだけれど、それがない。暑い。日差しは容赦なく私たちに照りつける。日傘もささず、つばの狭い帽子だけでは、日差しを避けきれない。とにかく暑い。
奈良の夏を侮っていた。
「徳島は風が強いんですよ」
奈良県出身の友人が言っていた。
「風なんて、どこでも同じに吹いてるものでしょ。それに、いくら風が吹いたってって、暑いもんは暑いよ」
そういって、彼の言葉を信じてなかった。
本当だった。徳島の風は強かった。ここには風がなかった。もしかしたら吹いていたかもしれない。でも徳島県民の私にはいつもの風を感じることはできなかった。
徳島にいるときは、どんなに暑くても、どこからか、ざっと強い風が吹いてきて、暑い空気も焼けつく日差しを一瞬でも吹き飛ばしてれくれていた。ここに、それはなかった。
「風がなくて、暑い」
ミカちゃんと二人、風がない、暑いと繰り返しながら、人気のない道を歩いた。
次第と、小学生の夏休みにタイムスリップしたような不思議な気分になった。
 
どれくらい歩いただろうか。
最初は面白がっていたけれど、だんだん不安になってきた。
本当にこの道であっていたのだろうか。やっぱりどこかで道を間違ったのではないだろうか。
ふと、目の前に看板があることに気がついた。
「この道は、通りぬけできません」
ここまで来て本当に行き止まりか。ミカちゃんと二人、顔を見合わせる。
グーグルマップは相変わらず、行き止まりの看板を無視して、まっすぐ進めと言う。
「行くしかないでしょう。本当にダメになってから引き返しましょう」
ミカちゃんは、あっさりと決断した。
よし、ここまで来たら、ミカちゃんにどこまでも付いていこう。
「通り抜けできません」の看板を横目に、道を進む。ますます道は細くなり、私たちは一列になって進んだ。道はどんどんボロボロになって、道の真ん中のアスファルトはめくれ、雑草が生えていた。道の真ん中の雑草をよけて歩こうとすると、通れる幅は半分になって、ますます歩きにくい。俯いて、雑草をよけながら歩いた。ミカちゃんも私も次第に無口になる。
それでもなんとか道の先があるようだ。さっきの看板は「車が通り抜けられない」という注意書きだったようだ。
遠くに人影が見えた。
知り合いでもなんでもないけど、人がいると思うだけで少しホッとした。
その人影のある方へ向かって行く。そこにいたのは、60歳くらいのおじさんだった。白いしゃりしゃりとした素材の肌着一枚に綿のグレーっぽいズボンを履いて、まるで昭和の夕暮れの親父のような風態。雑種のような茶色い犬を無表情で散歩させていた。犬は舌を出して、しきりにハアハアさせていた。
犬を散歩させているおじさんを過ぎると、突然けもの道は終わり、住宅街にでた。
私もミカちゃんも、さっきの犬のように体が熱くて熱くてたまらなかった。
 
「やっと出たー」
住宅街から幹線道路に出た。
さすがにもう遭難することはないだろう。
目の前には、「安倍文殊院」と刻まれた見上げるほど大きな石碑が建っていた。そして、石碑をの横を通り、お寺の中に入ってわかった。
私たちが入って来たのはお寺の裏口だった。目の前には、本堂ではなく駐車場が広がっていた。そのずっと向こうに本堂が見えた。
それがどんなに細い道でも、ゴールが裏口だったしても、グーグルマップは、最短経路を示す。その徹底ぶりは尊敬に値する。
私たちは、広い駐車場の真ん中で、大笑いした。
 
お寺の本堂に回った。
私たちは拝観料を納めて、本堂へ向かった。
もう喉はカラカラ、体は汗だく。
早く建物のなかへ入れてほしい。
「こちらへどうぞ」
本堂の中は少し暗くてひんやりと感じられた。暑い中、延々と歩いて来た私たちには、どんなところでも、屋根があれば涼しく感じただけかもしれない。
本堂の一室に案内された。
畳敷きの8畳ほどの部屋だった。
入り口には「手動式扇風機(貸出用)」と書かれた「うちわ」が置かれていた。
「抹茶とお菓子をどうぞ」
手動式扇風機であるうちわで風を発生させ涼んでいると、緑色濃く立てられた抹茶と、小さな紅白の干菓子がお盆に乗せられて、私たちの前に置かれた。
抹茶を一気に口に流し込んだ。
「ふーっ」
思わずため息がでた。
やっと辿り着いた。
雑誌で初めて見て、心奪われた国宝にやっと会える。
ここに来たのには、もう一つ、運命のような巡り合わせがあったからだ。「徳島は風が強い」と言った奈良県出身の彼と、ミカちゃんと私は同じ職場のチームだった。私たち3人は、一緒に仕事をしているうちに、毎晩LINEでおしゃべりするほど、親しくなった。
私が「奈良の安倍文殊院の国宝が見たい」と話した時に「一緒に見にいきたい」とのってくれたのはミカちゃんだったが、もう一人の、その彼が言ったのだ。
「あ、ここ私が昔住んでたところの近くですよ」
「それに、このお寺、毎年、初詣に行ってましたよ」
彼の実家は奈良県の中でも全然違うところなのに、たまたま数年間そのお寺の近くで住んでいて、働いていたことがあるという。
偶然ではないような気がした。
私たちはそこに呼ばれているんじゃないだろうか。
彼が住んでいた町のそのお寺の国宝に、私が心を奪われたことも全部決まっていたんじゃないだろうか。ミカちゃんも私と同じ気持ちだったのかもしれない。だから「一緒に行きたい」と乗ってくれたのかも。
「それで、国宝の仏像は見たことあるの?」
彼に聞くと
「見たことがないですねぇ。そもそも国宝があることさえ知りませんでした」
という。それなら、やっぱり私たちが代わりに見てこなければならない。そんな使命感さえ芽生えた。
 
抹茶を飲み干し、歩いて来て上がった息を整え、いよいよ国宝のある部屋へ向かった。
入って、見た瞬間、息が止まった。
雑誌の説明にも書いてあったので、予想はしていたけれど、高さ7メートルの仏像はとてつもなく大きかった。
「うわっーー、こんなに大きいと思わなかった!」
一番最初に驚きの声をあげたのは、ミカちゃんだった。
 
国宝「渡海文殊菩薩群像」
真ん中には、高さ7メートルの本尊文殊師利菩薩像とその文殊菩薩様が乗っている台座の獅子。鎌倉時代の有名な仏師、快慶の作と言われる文殊菩薩様は、まるで西遊記の三蔵法師のような美しく端正なお顔で、厳かに獅子の上に乗っていらっしゃった。
でも私は、この文殊菩薩様もさることながら、台座の獅子の方が見たかったのだ。安土桃山時代に作られたといわれる獅子。普通、獅子と言えば猛々しくて、ちょっと怖いイメージなのだけれど、この獅子はなぜかとても愛嬌を感じる。それは、きっと獅子の目のせいだ。獅子は、文殊菩薩様をその大きな体に乗せ、正面に向けて立っているが、目だけは左に向け、何かをじっと見ている。その目つきが、とても愛嬌があるのだ。その目の向かう先には、ちいさな子供、童子の像がある。善財童子と呼ばれるこの像もまた快慶の作と言われていて、可愛らしい童顔を正面に向け、手は合掌したまま、体を横にひねり足を一歩踏み出して、今にもかけっこにでも走り出しそうな姿が、本当に可愛らしい。大仏師、快慶の遊び心が作り出したのだろうか。獅子は、今にも走り出しそうな童子を横目でじっと見つめている。
私には、やんちゃな子供とそれに振り回される大型犬のように見えて、たまらなく可愛らしいと思ってしまうのだ。
 
巨大な姿の中に潜む、可愛らしさに目を奪われ、私たちは仏像の前でいつまでも眺めていた。
 
しばらくすると、バタバタと音がして、数人の男性が入って来た。テレビカメラのようなものを担いだ人がいた。どうやらテレビか何かの取材のようだ。
その人たちは、仏像の前にある立入禁止の看板をどけ、仏像の前にテレビカメラや機材を設置し始めた。
その様子を私たちはじっと見ていた。何か始まりそうだ。
強い照明が仏像に当たる。周りが一気に明るくなった。
文殊菩薩様の後ろの後光にも光があたり、細工がよく見える。獅子にも童子ににも光があたり、細かい装飾まで見える。
数百年の時を超えた歴史が見えたような気がした。
可愛らしさだけでない、急にその姿の奥にある凄みのようなものを感じて、圧倒された。
準備が整ったようだ。すると、後ろの入り口から、住職さんがきちんとした着物姿で現れた。住職さんは、仏像の前に座り、朗々と読経の声を響かせ始めた。
ただ見に来ただけだったのに、こんなところに出会えるとは。
今日、この日に、ここまで来たのには意味ががあったように思えた。
 
「私たちは、今日ここに来るように、文殊菩薩様に呼ばれていたのかもね」
私たちとミカちゃんは、顔を見合わせて笑いあった。
本当はただの偶然だったのかもしれない。でも、偶然だと思いたくない。
けもの道を超えやって来た私たちに、「よく来たな」とご褒美をくださったのだと思いたい。
 
帰りは、正面の門から出てバスに乗った。
バスの車窓から、彼が昔住んでいたアパートまで見つけることができたのも、きっと文殊菩薩様の「おまけ」のご褒美なのだろう。
 
***

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