プロフェッショナル・ゼミ

私はカメちゃんになりたかった《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:金澤千恵子(プロフェッショナル・ゼミ)
 
大学時代に、憧れていた友人がいた。
同じテニスサークルの同級生、カメちゃんだ。
「女子御三家」と称される、成績優秀で知られる名門女子高出身のカメちゃんは、賢いだけではなく、小柄で可愛らしい外見、ご両親が揃って学者という血筋の良さ、ほんわかとした優しい性格と、どこをとっても申し分のないお嬢様だった。そればかりか、ひとたびラケットを握らせれば、女子とは思えないパワフルなサービスやスマッシュを次々繰り出し、上級生をも容赦なく叩きのめす実力の持ち主。つまり愛されキャラに欠かせない、ギャップの魅力までも兼ね備えた、勝ち組女子だった。
 
カメちゃんになりたい。
 
私はかなり真剣に願っていた。
当時の私はといえば、暗い、ダサい、テニス下手、という三拍子そろったコンプレックスのかたまりだった。私にとってカメちゃんは理想が服を着て歩いている、まさにそんな存在だった。
だが、カメちゃんになれる方法を、私は知らなかった。
だから、こっそりカメちゃんを観察して真似をした。ヘアスタイル、ファッション、しゃべり方、ラケットの握り方。
専攻が全然ちがうのに、カメちゃんの読んでいるドイツの作家を調べ、同じ本を読もうとしたりもした。まったく理解不能だったが。
そしてもちろん、カメちゃんにはなれず、ただ自分がみじめになっただけで終わった。カメちゃんは大学院に進み、在学中に学生結婚をして、旦那様と二人で外国に留学をしてしまった。最後までかっこいいカメちゃんだった。
 
動画配信サービスNETFLIXの新作ドラマ「宇宙を駆けるよだか」を見たとき、私はカメちゃんになりたかった日々を思い出した。
高校2年生の然子は、自分の容姿や家庭環境にコンプレックスを持ち、美人で人気者の同級生あゆみをうらやみ、あゆみになりたいと願う。
然子が私と違うのは、実際に入れ替わる方法を知っていたことだった。彼女は、町に古くから伝わるある言い伝えを密かに実行に移し、あゆみの体を乗っ取ることに成功する。
 
たまらないのは、突然体を乗っ取られたあゆみのほうだ。恵まれた容姿と素直な性格で誰からも愛されていたあゆみは、然子の体の中にいる自分に気づき、絶望する。そして然子の顔をした自分が本当はあゆみであることをみんなに気づいてもらうために奮闘することになる。
 
新海誠監督の大ヒット作「君の名は。」を引き合いに出すまでもなく、入れ替わりを素材にした映画やドラマは決して珍しくはない。
それでも私が思わずこの「宇宙を駆けるよだか」を一気見してしまったのは、NETFLIXのオリジナル作品らしくハラハラドキドキや、予想を裏切る意外な展開で楽しめるから、というだけの理由ではなく、アイデンティティクライシスに直面したあゆみや、新しく手に入れた容姿ともともとの性格のギャップに苦しむ然子の心の葛藤、そして二人をとりまく周囲の人たちの戸惑いを、リアルに丁寧に描写しているからだと思う。
 
あゆみは、自分があゆみであると証明するために必死になるが、彼氏にも、自分の母親にさえ信じてもらえない。あゆみの顔を持ち、あゆみとして振舞っている然子に詰め寄っても、相手にされない。
 
学校でも家でも孤立する失意のあゆみだが、ある日とうとう、幼なじみの同級生火賀君が、然子の体に入っているのが本当はあゆみであることに気がついてくれる。
然子の姿をしたあゆみに向かって火賀君が「あゆみだろ」と呼びかけるシーンが胸に迫るのは、本当の自分、外見に関係なく純粋な存在としての自分を認めてほしいというあゆみの願いは、誰もが実は心の底で持っている願いでもあるからだろう。
 
興味深いのは、火賀君だけではなく、見ている私たちもまた、然子(を演じている女優さん)の中身が実はあゆみであるというややこしい設定を、混乱せずに受け入れていくことだ。
それはもちろん、然子があゆみらしく行動し、あゆみらしく考えるからなのだが、その「あゆみらしさ」を作り出しているものとは、いったい何なのだろう。
あゆみをあゆみたらしめているもの。
人の「その人らしさ」を作り出しているものとは。
 
あゆみの特徴は、その素直さだ。あゆみにとって、人は基本的に信頼に足る存在だ。
然子の体に入ってしまったことで、仲の良い級友たちに冷たくされたり、彼氏に距離を置かれたり、母親に引かれたりされて、その前提は激しく揺さぶられる。それでも、根底からくつがえることはない。
あゆみの見る世界は優しく、人は温かい。
自分の体を失い、アイデンティティの断絶が起こっても彼女が希望を失わないのは、そのまなざしを持ち続けているからだ。
そんな彼女のまなざしに、私たちは心を打たれる。
 
私はライティングゼミのプロフェッショナルコースに参加している。
それなのに、自分でも全然理由がわからないまま、まったく書くことができない日々が続いていた。
そんな日々のなかでも、他のメンバーの方の記事を読むのがずっと楽しみだった。
メンバーが毎週提出する課題のうち、講師の三浦さんに掲載許可を得た記事は天狼院のウェブメディアで公開されて誰でも読むことができる。
だがプロゼミの参加者同士なら、掲載されなかったメンバーの記事もまた、Facebookのグループで読むことができる。
毎週同じ方の記事を読ませていただいているうちに、だんだんとその方の書く記事の傾向のようなものが見えてくる。
そこには、書き手が世界をどのように見ているか、そのまなざしが反映されている。
 
テーマ、文体、文章のリズム。みんな違う。
人それぞれに個性豊かで、魅力的な持ち味があり、専門知識や人生経験もあるゼミのメンバー。各自が得意分野を持ち、提出される記事の内容は多岐にわたる。科学、医学、経営などにくわしい方もいれば、映画などの趣味的な分野で専門性を発揮される方もいる。
それでもみなに共通しているのは、あゆみと同じ、まなざしの健やかさだと思う。
たとえ苦い思い出や厳しい現実を描いていても、底流に流れる明るさや優しさが、確かに感じられる。だから安心して読むことができる。
 
ライティングゼミでは「最後はポジティブに抜ける」という基本を教わる。
初めて講義で教わったときはなんとなく「それはそうだよね」と聞き流してしまったけれど(先生、ごめんなさい)、後からその重要さがじわじわとわかってきた。
言葉はときに、書き手が予想だにしないような影響力を持つ。
ネットに文章があふれるこの時代だからこそ、言葉を綴ることの責任は重い。
私はウェブメディアの在り方などを語れるような立場でもなく見識もないけれど、一人の読み手として確かに、公共性の高いウェブの記事は、できれば安心して楽しく読めるものであってほしいと願う。
 
そうした意味でも読むに値する文章を書けるようになるには、まなざし、言い換えれば人としての自分を磨く努力が欠かせないのだと思う。
もちろんそれは、聖人君子を目指すとか、善行を積むとかいうこととはまったく別の次元の自分磨きだ。
むしろより精度を高めるとか、カメラのレンズを磨くといったような、どちらかといえば物理的な領域に近いのかもしれない。
プロゼミのメンバーはみな、日々書き続けることで、レンズをせっせと磨き続けている。
そしてその磨き抜かれたレンズで、いつも新しい世界を見せてくれる。
 
ネタバレになってしまうので具体的には言えないけれど、「宇宙を駆けるよだか」でも、あゆみの温かなまなざしは、容姿へのコンプレックスやイジメ体験によって固く殻を閉ざしてしまった然子の心を次第に溶かしていく。
それだけでなく周囲の人たちをも大きく変えていく。まなざしの持つ力は大きい。
 
大学時代のあの日、もし、私が然子のようにカメちゃんと入れ替わったとしても、どんなに可愛くて性格がよく、テニスがうまくなったとしても、私は決して幸せではなかっただろう。
カメちゃんにはカメちゃんのまなざしがあり、カメちゃんの見ていた世界を、私は決して見ることができなかっただろうから。
 
書くことができなかったダークな日々から、やっと抜け出せそうな予感がしている今、私にできることは、私自身のレンズを日々磨き、そのレンズを通して見えるものを表現し続けることだ。
たとえどんな姿をしていても見つけてもらえるような、私だけのまなざしが持てるように。
 
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