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プロフェッショナル・ゼミ

【痛い話】もしかしたら、頭の中が一番痛いかもしれない。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:べるる(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「子宮頸ガンの検査を、この病院で受けたら痛くなかったよ。お勧め」
今から8年ほど前。子宮頸ガンの無料検診券が市から送られてきたので、職場の人にどこかいい病院はないかと聞いたところ、教えてくれたのがT先生の経営する産婦人科の個人病院だった。
当時私は結婚を機に引越ししてきたばかりだったので、病院の情報を何も知らなかった。
 
「はい、じゃあ子宮頸ガンの検査やね。服を脱いで診察台に乗ってな」
T先生は白髪のおじいちゃん先生だ。でも白髪のわりに実年齢はまだ若く60歳ぐらいじゃないだろうかという話だった。
子宮頸ガンの検査は、足と足の間から器具を入れて子宮の入り口の組織をかき出すらしかった。
「先生、痛いですか?」
「まぁ、器具入れるからそれなりやね。楽にしたほうがええで。力むと痛くなるから」
まぁ、そりゃ痛くないわけはないよね。
私はズボンと下着を脱いでかごに入れて、診察台に座る。
「ぐふぅぅぅ」と声を上げそうになったのをこらえる。金属の器具を入れて空間を作り、その中に採取する器具を入れているようだ。金属の無機質な感触が少し痛い。すごく痛いというわけではないが、痛くないわけではない。例えるのなら、耳に脱脂綿を掴む長いピンセットを入れられ、ほじほじされる感じだろうか。痛い! と言うわけでもないが、痛くないわけでもない……。
 
私はこのT先生の、ぶっきらぼうでおおらかなところが、とても気に入った。「大丈夫?」とも「痛くするけどごめんね」とも言わない。気遣いはないけれど、おおからかな優しさがあるところがいいと思った。だから、1人目を妊娠した時もT先生の病院で産むことに決めた。
 
「あー、赤ちゃんの頭が少し大きいかなぁ」
「えっ? 赤ちゃんが大きい? 先生、私が食べ過ぎですか?」
元々心配症でうじうじ悩む私は、ささいなことが気になった。赤ちゃんを育てると言う重大な任務を背負い、きちんと育っているか、こんな生活で大丈夫なのか心配だった。
「3食きちんと食べたら問題ないわ。食べ過ぎたり、間食ばっかりしてたらアカンけどな。赤ちゃんの頭は大きめやけど、正常の範囲やで。問題なし」
でも、T先生は私の小さな悩みをばっさり切り捨ててくれた。その大らかさが、心配性の私の気持ちをいつも和らげてくれて、心地よく助けてくれた。
 
「先生、私にも出産は出来るでしょうか?」
陣痛は、相当に痛いらしい。陣“痛”と書くぐらいだし。でも友達に聞いても「耐えれるぐらいだよ」とか「あまり不安にさせてもいけないから多くは言わないでおくわ」と言われ、その痛みは想像がつかなかった。
「そりゃ出来んかった人はおらんで、出来るやろ」
やっぱり先生は大らかに答えるのだった。そうか、出来ない人はいないのか。私は先生の言葉に安心して、まぁ大丈夫かーと気楽に思っていた。陣痛で痛いときは赤ちゃんも苦しいのだという。1人ではない。2人で頑張るのだ。
 
その一週間後、私にも陣痛がやってきた。
最初はお腹がどんどん重くなるような感じだった。それが段々ドコドコとお腹の中で太鼓がなるような感じになり、更に進むと臓器をぎゅーっとひねり潰され、絞りあげれるような、刺す様な痛みに変わった。
……い、痛い。
陣痛がくる感覚は5分ぐらい。でも私はまだ冷静さを保っていた。これではまだ産まれないと思いながらも、5分間隔で波が来るのでひとまず病院へと向かった。
 
「あー、切ろうか」
陣痛の強さと赤ちゃんの心拍数を図るテストの結果を見ながら、先生はそう言った。
「切る? 切るって手術ってことですか?」
「そうや。今の弱い陣痛でも赤ちゃんの心拍が下がっとる。もっと強い陣痛が来たら仮死になるかもしれん。帝王切開で赤ちゃんを出してあげてほうがええ」
「お腹切るなんて怖いです……」
私は突然告げられた帝王切開の話に戸惑った。このまま陣痛が来るのも怖いけれど、お腹を切るのも怖かった。それに赤ちゃんは普通に下から産んであげることが一番いいと思っていたから。
「怖いって、そんなに難しい手術ちゃうで。こんぐらい切って、赤ちゃんを取り出すだけや」
先生は親指と人差し指を広げて10センチ~15センチの大きさを作った。
……結構切りますよね。
「痛い、ですよね?」
「そりゃ多少はな。お腹切るんやから」
……ですよね。
でも、私に選択肢はない。赤ちゃんのためにお腹を切るのだ。
 
午前の診察終了後、私の手術は始まった。背中に麻酔を打たれると、すぐに下半身の感覚がなくなっていった。手術がどんなものか、赤ちゃんは無事に生まれるのか、麻酔の副作用はないのか。色々な思いが混じり私の気持ちは高揚しすぎて、血圧は180を超えてしまっていた。
「これ、痛い?」
手術の様子が見えないように、仕切りがあるので詳しくは見えないが、先生は私のお腹に何か器具を当てているようだった。
「……痛い、ような気がします」
痛いのか痛くないのか分からなかった。ただ「痛くない」と答えてお腹を切られて激痛が走ったらどうしようと思うと、痛いのか痛くないのかよく分からなかった。
「じゃあ、これは?」
「……痛くないような、痛いような」
「ん。もう切っとる」
 
えーーーー。もう切ってるの?
 
いつの間にか、お腹を切られていた。
でも麻酔が効いてたから痛くはなかった。
そして先生は、元気な赤ちゃんを私のお腹から取り上げてくれた。
 
「普通に産んであげられなかった」「陣痛で苦しむはずが楽をしてしまった」
私の中にはそんな後悔が残った。そうやって気が張っていたからなのか、麻酔が切れた後も傷口はそんなに痛くなかった。ご飯が食べられない程度の痛みだった。そのことが尚更「楽をしちゃったな」という気持ちを大きくさせた。
 
「すっごい難産で大変だった」「安産て言われたけど苦しかった」
あの時私が感じた陣痛の何十倍、何百倍も痛い思いをして産んだ、普通出産の人を尊敬した。「赤ちゃんが無事に生まれてくることが一番。出産に優劣はない」というのも分かるけれど、どうも私はそう思えなかった。
「あー、帝王切開ね。楽でいいよね」と言われても「そうだよね。申し訳ない」と思っていた。
 
2人目を妊娠した時も、T先生の病院で産むことにした。
「このまま経過が順調だったら、普通分娩も出来るけど、どうするんや?」
一人目が帝王切開だったら2人目も当然帝王切開だと思っていた私はT先生の言葉に驚いた。
「え? 下から産めるんですか?」
「産めるよ。こないだもこの病院で産んだ人いたよ」
下から産めるんだ!
「ただ、子宮破裂の可能性は考えないとあかんけどな。滅多にないけど、わしも今までで1人だけ経験したことはある。あと、わしは母体の治療に当たるから、赤ちゃんは諦めてもらわんとアカンわ」
 
……怖い、ですけども。滅多にないって言うけど、滅多にないことが起こったら、赤ちゃんは諦めるってことですよね!?
一度帝王切開した子宮は、陣痛によって破裂する可能性が普通の妊婦さんより高いそうだ。帝王切開のリスクと子宮破裂のリスクを考え、私は2人目も帝王切開でお願いすることにした。
手術当日まで先生は「ほんまにええんか?」と聞いてくれた。でも、私は帝王切開を希望した。
 
2回目だから大丈夫。
そんな慢心があったからか、2回の目帝王切開の麻酔が切れた後は、とんでもなく痛かった。
下腹部を10センチ程度切った傷口が、焼けるように痛い。高温に熱した鉄をお腹の中から傷口に当てられているような痛みが続く。
お腹に圧がかかると痛いらしく、トイレに行こうと歩く時、座っている時にその焼けるような痛みは襲ってきた。
授乳や沐浴という赤ちゃんの風呂の入れ方を助産師さんに教わっている時に痛みに襲われ、フラフラと血の気が引いて倒れそうになり、ベットに寝かされた。
「なんや、あんた、そんなに痛いんか? 一人目の時もそんなに痛かったか?」
通りかかったT先生は、そう言った。
「いえ、1人目はそんなに痛くはなかったんですけど……」
「ふーん。普通は2人目の時は、痛みに慣れるはずなんやけんどな」
先生は相変わらず「大丈夫か」とも「もうすぐ痛くなくなるでー」とか優しい言葉は一つも言ってくれなかった。
 
それから3日ほど、焼けるような痛みは続いたけれど、日が経つにつれてマシになっていった。
 
この痛みを経験したことで「帝王切開って楽だよね」と言われた時「でも帝王切開も結構大変だったよね」と、心の中で思えるようになった。出産に優劣はないけれど、私の気持ちは少し救われた。
そして、先生が私に2人目の出産方法を選ばせてくれたことで、1人目の手術は赤ちゃんのために、2人目の手術は安全な出産の為にと、自分の出産に対しても肯定的に思えるようになった。
 
 
「子宮体ガンの検査は痛いで」
そんな風に、陣痛も帝王切開の時も「痛い」と言わなかった先生が、初めて「痛い」と言った検査は子宮体ガンの検査だった。
 
「あ、血が出てる」
2人目を出産して1年程してから、不正出血が何度か続いた。私は迷わずT先生に診て貰うことにした。
「内診してみんと分からんけど、一時的なもんと思うで。それと、子宮体ガンの検査をしておかなアカンな。あんたの年齢ではほとんどないと思うけども」
先生の話によれば、30代に多いのは子宮頸ガンで、40代以降に多くなるのが子宮体ガンなのだという。子宮体ガンには不正出血が見られるらしい。子宮頸ガンの検査は何回かしていたけれど、子宮体ガンの検査は初めてだ。
 
「子宮体ガンの検査は痛いで」
 
その言葉に私は怯んだ。
え! 先生が痛いって言うなら相当痛いのでは? 先生は陣痛も帝王切開の時も「痛いで」とは言わなかった……。
でも「痛いからやめます」とは言えないので、ズボンと下着を脱ぎ、診察台に上がる。
 
一体どれぐらい痛いのだろう。
先生が「痛いで」と言うぐらいなのだから、相当なのではないだろうか。
 
私が陣痛の痛みを思い出した。あの臓器がぎゅーっと握りつぶされるような、絞られるような刺すような痛み。でも赤ちゃんが産まれる間際の陣痛はあの10倍以上は痛いはず。その陣痛より痛いかもしれない検査。体験した陣痛の20倍の痛みぐらいの痛さだろうか? それはどんな痛みだろう? と想像してみる。臓器に針をどんどん刺されていって、その臓器を針ごと握りつぶされるような痛みだろうか。
……ぐおぉぉぉ、痛そう。涙でそう。
 
次に帝王切開の後の焼けるような痛みを思い出す。熱した鉄をお腹の中から当てられているような痛み。痛すぎて倒れそうになるほどの痛み。あれの3倍の痛みを想像してみる。熱した鉄を3本押し付けられるイメージ……。
……だめだ。倒れそう。
 
子宮頸ガンの検査も思い出してみた。足の間から、冷たい器具を入れられる。これは例えるなら耳の中に長いピンセットを入れられてほじほじされるようなイメージだ。子宮頸ガンは子宮の入り口で、子宮体ガンは子宮内部のことらしい。つまり、もっと奥の組織を採取すると言うことか。では、ピンセットを耳に入れるのではなく、右耳から左耳へ、貫通させる勢いで刺すイメージか。ビューっと。
……ぐがががが。あぁ、きっと目から星が飛び出る。きっと痛い。痛い。
 
「子宮も卵巣もキレイやし、問題なし。じゃ、検査するでー」
先生の声で我に帰る。いつの間にか内診は終わっていた。
私は覚悟を決めて、両手を握り締めながらも、足は脱力させる。力むと痛いからだ。
 
……。
……。
 
……あれ、痛くない。
先生はカチャカチャと音を立てて器具を操作し、組織をとってような音はする。検査、してるんですよね? 
「終わったでー。診察室にはいりーや」
痛くないまま、検査は終わった。
 
私は診察台を降りて、服を着て、先生の待つ診察室に入った。
 
「痛かったやろ?」
先生が感想を聞くのも珍しい。本当に痛い検査なんだ。
「いや、特に……」
子宮頸がん検診よりも痛くなかった。ほとんど無痛であった。
「へぇ、あんた、珍しいな。ま、わしの腕がええからかもしれんな」
珍しく先生が冗談を言った。
そういえば、この病院を訪ねたのも「子宮頸がんの検査が痛くないよ!」と紹介されたのがきっかけだったなと思い出す。
産婦人科の検査の痛みは、毎回違うので一概には言えないと私は思うのだけれど、先生は検査は上手なのかもしれない。
 
そして私はひとつの仮説を打ち立てた。
「『痛い』と思っていると、そうでもない」ということだ。
 
今回の子宮体ガンの検査の時のように、あらかじめ痛い想像をしておけば、実際はそんなに痛くないのではないかと思ったのだ。
私はそもそも怖がりなので、この方法はベストではないだろうかと思う。痛いことを想像しておく。そうすれば、痛みを受ける覚悟が出来るし「想像より痛くなかった」と思えるから。
 
でも、毎回「痛いかも」と思うときに、臓器に針を刺して握りつぶす痛みとか、高温に熱した鉄を当てられる痛みとか、右耳から左耳へとピンセットを貫通させる痛みを想像している私は、頭おかしいのかな、と少し不安ではあるけれど。
 
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