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プロフェッショナル・ゼミ

やるなあ、ライティング・ゼミ!《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【9月開講】READING LIFE編集部ライターズ倶楽部〜実際に発売される雑誌『READING LIFE』の記事を書く!商業出版ライターになるための超実践講座がついに始動!《東京・福岡・京都・全国通信》

 
記事:一宮ルミ(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「人生を変えるライティング教室」
去年の夏、フェイスブックのタイムラインに何度目か、このキャッチフレーズが表示がされた。
天狼院書店の店主三浦さんが書いた、軽妙で、引き込まれるように面白く、広告という臭いの全くしないライティング・ゼミの広告だった。
 
その昔、なりたかったもの。それは、文章を書いて、それを生業にする人。文筆家、エッセイイスト、小説家。本の面白さを知った子供が、まるでウルトラマンやケーキ屋さんになりたいのと同じような軽いノリで、文章を書いて食べていく人になりたいと思っていたことがあった。
ライティング・ゼミの記事を読んだとき、それを思い出した。
「ああ、私、文章を書く仕事がしたかったんだった」と。もしかしてこのライティング教室を受講したら、文章を書く仕事ができるようになるのかもしれない。
そのときの私には、その想像がとてもいいものに見えた。
 
私は1年前のあの時、いろんなことがうまくいってなかった。
その年の春に異動した新しい職場は戦場のようなところで、やってもやっても雨後の筍のように増える不毛な仕事と、それを上手くこなせない自分に嫌気がさしていた。頑張ってやればいいと心の中ではわかっていて、頑張ってみるのだけれど、それが空回りしていた。そのせいで、上司に叱責され、落ち込んで、どんどんやる気を失った。そんな私を後輩たちは一生懸命フォローしてくれて、ありがたいと思う反面、それが余計に辛かった。
異動前に一緒に働いていた、KさんとMちゃんと離れ離れになった。なぜか彼らとはウマがあって、同僚というより友達のように仲良くなった。毎日笑って楽しく仕事した。一緒にランチに行ったり、仕事が終わって、ご飯を食べに行ったり、家に帰ってからもLINEでおしゃべりする仲になっていた。仕事と家事に追われていた中で出会った彼らの存在はとても新鮮で、楽しくて、新しい世界を見つけたようで、心の中の大きな部分を占めるようになっていた。だから異動したせいで、彼らに毎日会えなくなって、まるで失恋でもしたかのように、心にぽっかりと穴が空いていた。会いたくて、寂しくてたまらなかった。
とうとう体調までおかしくなって、救急車で運ばれたこともあった。心理カウンセリングまで受けに行ってしまった。それでも、事態は何も変わらなかった。もうやることなすこと上手くいかなくて、ここから逃げ出してしまいたいと、日課のように思っていた。
なんとかして、ネガティブの塊のようなこの人生から抜け出したい。
そんな自分に「人生を変えるライティング教室」という言葉は、理想を現実にしてくれる、シンデレラの魔法使いのおばあさんのように見えたのだった。
 
気がつけば、申し込みボタンをクリックしていた。
そして、ライティング・ゼミが始まった。
受講期間は4ヶ月間。講義を受講し、毎週月曜の締め切りまでに、2000字の記事を課題として提出することが求められた。受講料が惜しいというケチな性格が幸いしたのか、なんとかここから抜け出したいという藁にもすがる一心だったのか、毎週2000字の課題を提出し続けた。空いた時間は全部書く時間になった。頭の中にある数少ない人生経験を、開かない古い引き出しをこじ開けるように引っ張り出して書いた。書けない、ネタがないことさえもネタにして書いた。
 
そのライティング・ゼミの講義で「ポジ抜け」という言葉を覚えた。ポジティブに抜けること、つまりラストをポジティブに終わらせるということだ。教わったとおり、ポジティブに終わらせることを心がけて書いてみた。
するとどうだろう。書き終わったときに、ふっと心が晴れるような気がした。ちょっと元気になれるような、雲が切れて太陽が見えるような、そんな気持ちになるのだ。
時には、あまりにポジティブに突き抜けすぎて、じんわり泣けてしまうことさえあった。涙が流れた後の爽快感は、長く激しく降った雨が上がって、晴れ間から虹を見たときのようだった。
なんとも気持ちがよかった。
上手くいかない日々の中で、心が晴れるこの瞬間が救いだった。
だから、必ずボジ抜けできるように締めくくろうと苦心した。
そして、それは今も変わらない。
 
ライティング・ゼミの4ヶ月は、長いようであっという間に終わった。
その時、考えなかったといえば嘘になる。
ライティング・ゼミの上級コースのプロフェッショナル・ゼミに進むこと。
それはとても高い山のように思えていた。ライティング・ゼミが高尾山なら、富士山かエベレストか。プロフェッショナル・ゼミは5000字という途方も無い文字数を毎週書くというのだ。私には到底できない。仕事はどんどん忙しくなって、休日さえも仕事の予定に塗り替えられている。家には帰って寝るだけの生活を送っている。2000字さえ、泣きそうになりながら書いていたのに。やっぱり無理だ。そう思って、受講をすることはしなかった。もっと文章をうまく書きたいという気持ちを封印した。
 
数週間後、フェイスブックには、一緒にライティング・ゼミを受講していた人たちの記事が載っていた。ライティング・ゼミの時代から「上手いなあ」と思っていて、名前を覚えていた方たちだった。
「プロフェッショナル・ゼミ」
記事の名前の横には、そう書かれていた。私は焦った。ライティング・ゼミで一緒に頑張ってきた人たちが、もっと上手くなりたいとプロフェッショナル・ゼミへ、新たなステップに進んでいることを知ったからだ。
私も、もっと上手くなりたかった。それなのに、臆病風を吹かせて、あきらめてしまった。いつだってそうだ。先に素敵な山があって、登れば楽しいことを知っていても、それが、高くて登ることが辛そうだと思うと、あきらめてしまう。そして、後悔する。
もうそんな後悔はしたくないと思った。私だけ、陸上のトラックを周回遅れで走り始めることになってしまっているけれど、自分の「もっと上手くなりたい」気持ちを尊重してみようと思った。
私はプロフェッショナル・ゼミの門を叩いた。
そこにいたのは、文章を書くことに、本当に真摯に取り組んでいる人たちだった。書くことを愛し、書くことに真剣に悩み、それでもなお上手くなろうと必死に努力する人たちだった。
いつだったか、人見知り気味の私にMちゃんが言ってくれた。
「同じ目的をもった人の集まりなら、もうみんな仲間だよ」
プロフェッショナル・ゼミは、本当に同じ「もっと上手く書きたい」という目的をもった人の集まりだった。友達の言葉を借りるなら、プロゼミの受講生は「仲間」だ。
プロゼミでは、受講生の書いた記事にコメントすることができる。講師の三浦さんに認められた記事に、受講生からも心からの賛辞を送った。それは、次への励みになる。そして、コメントし合うことで受講生のつながりがどんどん強くなっていくのが分かる。仲間なんだと実感した。
 
でも、プロゼミの山は、本当に高かった。思っていたとおり、富士山かエベレストか。5000字を書くためには、相当の構成力と表現力がなければならなかった。思いつきで書き始めたとしても、それは単なる文章の羅列でしかなくて、面白くもなんともない。まして、読んだ人を感動させるということなど到底不可能だった。
書いても書いても掲載されない。
「読者のメリットを考えてください」
「2000字のコンテンツです」
講師の三浦さんからの、鋭くも厳しいコメントが胸に突き刺さる。
何が読者のメリットなのか、何が5000字のコンテンツなのか、考えても考えても答えは見つからず、それでも書いて書いて。その繰り返し。
その本当の答えはまだ見つかっていない。何が読者にとってメリットになるのか、今日のこの文章はどうなのか、いつも不安でいっぱいだ。
でも一つだけ分かったことがある。
「自分も読者」
だということだ。
私は、相当に好き嫌いの激しい読者だ。ラストが暗い話は苦手だし、長文は全く理解できない。難しい言葉は知らないし、世の中の知識も薄い。そんな人間に面白いと思って読ませられる、納得させられる、理解させられる文章なら、きっと日本語を読む人なら誰でも読めるのではないかと思っている。
そして、これは結構当たっていると確信している。
腹落ちするくらい納得して提出した文章は、かなりの確率で掲載してもらえた。その一方で、ちょっと不完全燃焼だなと思う文章を無理に提出した時は、やっぱりダメなことが多かった。最近、自分という読者をかなり信頼し始めているところだ。
 
気がつけば、プロゼミを2期も受講していた。期間にして約半年。ライティング・ゼミより長い間、5000字という途方も無い高さの山を登り続けてきた。
始めたときは、書いて掲載されるという達成感だけを求めて書いていたのだけれど、いつしか、山に登るその道中を楽しむようになっていた。
上手く書けてなくて、掲載されなくて、悔しくて悔しくて暴れそうになったことも、落ち込んで泣きそうになったこともあった。
でも、そんな時もプロゼミの仲間や夫や友達が励ましてくれた。次、また頑張って書こうと奮い立たせてくれた。
上手く書けた時には、ありったけのほめ言葉をいただいた。
他の人の書いた記事から、アイデアをもらうこともあった。話し合っているうちに、新たなネタを見つけることもあった。
そんな、山を登る道中の美しい花々を見つめながら、苦しくも楽しい、プロゼミの山を一歩また一歩と登ってきた。
 
「プロゼミは次期で終了です」
6月から始まる第8期を前に、講師の三浦さんから、こんな宣言が出た。
ああ、とうとう終わるのかと寂しい反面、ほっとする気持ちもあった。
山を登り続けることは楽しかった。できればずっと山を登っていたいとも思った。でもその一方である疑問が浮かんできた。
 
私の本当にやりたいことは、書くことを仕事にすることだったのだろうか。
 
いつだったか、講師の三浦さんが、プロゼミの受講生に聞いたことがあった。
「みなさん、私がライターの仕事をオファーしたら、受けてくれますか?」
三浦さんは何気なく聞いたんだと思う。その時の受講生の反応はすごかった。
「ぜひ、やりたいです!」
「やらせてください!」
「もちろんです!」
フェイスブックのコメント欄に、こんな言葉が並んだ。
私は、そこに「やりたい」と書き込むことができなかった。
その時気がついたのだ。
私は、文章を生業にしたいわけではなかった。
 
1年前、仕事も友人との関係も思うようにならなくて、それが自分のイライラを増幅させて、ますますやる気を失わせて、できなくなって、どんどんマイナスの方向に向かっていた。
それで、人生が変わるというライティング・ゼミに逃げ込んだ。
書くことのネタを探して、過去の経験や感情の記憶を辿り、自分の人生を棚卸しし、ポジ抜けするまで考えてきた。
上手く書けなくて悔しくて、それでも書き続けてきた。
奇しくも、書くことに真剣に取り組むことになった。
すると見えてきたのは、今の仕事、今の暮らしを懸命に生きてきた自分の姿だった。
私は、今の仕事が好きで、周りの人が好きで、この街が好きで、幸せだった。
そして何より、上手くいかなくて悩んだり落ち込んだり、それでもなんとかしようとする、そんな自分が愛おしくなった。
1年前のあの時、私は、どんなに辛くてもできなくても、それでも自分が納得できるまでやりきるべきではなかったのだろうか。
私に必要だったのは、素直にできないことをできないと認める勇気と、自分の力を持てる限り使って努力することだったのだ。
1年間、書くことに真剣に取り組んできて、気づいた。私が本当にやりたかったことは、「真剣に何かに取り組む」ということだった。
 
私は、選択を間違っていたのか。ここは私の来るべきところではなかったのではないだろうか。もう終わらせるべきなのではないだろうか。真剣に悩んだ。
プロを養成するこのプロゼミで、一人違った志をもった人間がいることは、講師の三浦さんや天狼院書店のスタッフ、そして受講生の皆さんの迷惑ではないかと、申し訳なくて心が痛かった。
 
そんな矢先の「終了宣言」だった。
それでも、最終期を受講することを決めたのは、最後までやり通したかったからだ。何もかもが中途半端で、人生が上手く行かなくなって、逃げ出した先にあった「ライティング」の世界。ここでも、中途半端にやめてしまったら、私は何もかも宙ぶらりんなままだ。プロゼミは今期で終わる。ならば、結果はどうあれ、最後まで走りきってゴールしてみよう。私のわがままかもしれないけれど、真剣に真摯に、書くことに最後まで向き合ってみようと思った。
書きたいことに忠実に、伝わりやすいように、読んだ人が元気になれるような文章を目指して、書き続けた。
ありがたいことに「情景が目に浮かぶようでした」「一緒に旅をしているようです」「描写力がありますね」と、思ってもいなかったありがたい言葉をたくさんいただいた。本当に嬉しかった。
 
人生に「たられば」はないと思う。
人生は成功も挫折もある一本道。分岐点にたっていると思っていたとしても、実は選んだ方の道しかない。選ばなかった他の道は幻だ。
だから、私がこうしてライティングに没頭した1年もまた、そうなることが決まっていたということだと思っている。
 
今、私がやりたいこと。それは、今与えられた仕事に真剣に向き合うこと、友達や家族と心で向き合うこと、そして、書くことをやめないことだ。
 
私は、自分に宛てた長い長いラブレターを書いていたのかもしれない。
文章のポジ抜けを覚えたことで、書くことで辛い気持ちから何度も何度も自分を奮い立たせ、励ましてきた。
そうやって、ポジ抜けを繰り返しながら書くうちに、知らないうちに自分がどうありたいのかをずっと考えていたかもしれない。
私はやっとそれに気づくことができたのだ。
 
文章に真剣に向き合った1年間。
残念ながら人生はそう簡単には変わらない。けど、ライティング・ゼミ、プロゼミを受講してきて、自分の心の奥にあった本当の気持ちをたくさん見つけた。
新しい仲間ができたし、書くことが好きな自分という新しい自分を見つけた。
 
1年の間に仕事が変わった。今、新しい仕事が好きで、大事にしたい、もっと自分の今持っている力の全部を使って頑張りたいと思う。相変わらずKさんとMちゃんと毎日会うことはできないけれど、時々LINEで話して、たまに会って溜まりに溜まった話題を持ち寄っておしゃべりを楽しんでいる。Mちゃんとは、毎年夏に旅行にいくようになったし、Kさんは、少しずつだけど、最上級の敬語から普通の丁寧語で話してくれるようになった。世の中は変わっていく。
そして、私も変わっていた。昔ほど、人見知りにならなくなったし、くよくよしなくなった。ポジ抜けのおかげで、物の見方をポジティブに変えることを覚えた。自分の本当にやりたいことを見つけた。そして、書かずにいられない体になってしまった。
 
「人生が変わるライティング・ゼミ」
三浦さんの広告に偽りはなかった。
感謝してもしきれない。
出会うべくして出会ったライティングの世界。
ここに来られて、本当によかった。
おかげで、私の人生はもっともっとハッピーになりそうだ。
やるなあ、ライティング・ゼミ!
 
そして、天狼院書店に、私の周りにいる人すべてに感謝の言葉を。
ありがとう。
 
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