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プロフェッショナル・ゼミ

それでいい、全部じゃなくていい。《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:小倉 秀子(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「ボク、期末試験の最終日だけ試験を受けます」
 
息子がポツンとつぶやいた。
 
この言葉を聞いて、母親はなんと答えるべきだろうか?
 
「何言ってるの! 試験は全日受けなさい!」
 
と、4日間の試験期間中の3日もサボろうとしている息子にゲキを飛ばしたいところだが、そこを百歩譲って、
 
「どうして最終日だけなの? ちゃんと全部受けた方がいいんじゃない?」
 
と、優しく諭すべきだろうか。
けれどその時、私が心の中でつぶやいた言葉は、どちらでもなかった。
 
「息子よ、あっぱれ!」
 
だった。
 
なぜなら、親バカにもその一言が、息子の「自分の人生をしっかり歩みます」という宣言のように聞こえてしまったからだ。
 
 
息子は今年の4月から中学生になった。中学受験を経て自ら志望し入学した学校で、楽しく充実した中学校生活を送るものとばかり思っていた。しかしそうかと思いきや、入学式の前日の夜から突然体の不調を訴え出した。
 
「お母さん、気持ち悪い」
深夜で就寝中だった私を、息子が起こしに来た。その直後、トイレに駆け込んだかと思ったら激しく嘔吐し始めた。春休み中は毎日元気だったのに、一体どうしたというのだろう? 薬を飲ませたりして様子を見てみた。でもその後腹痛も相まって、快方に向かうことなく入学式当日の朝が来た。
本人の根性で、何とか入学式には出席できたものの、次の日から学校を欠席することになった。それ以来、時々は登校するけれど、時々は学校を休んだ。ゴールデンウィーク明けには、週1日登校するのがやっとになってしまった。それが夏休み直前まで続き、定期試験も9科目中2科目しか受けられなかった。ほぼ不登校状態になってしまったまま、夏休みに突入した。
 
一体どうしてだろう? 不登校になってしまった理由を見つけて、早く解決したいと願った。
「学校楽しくないの?」「いや、行けば楽しい」
「新しい友達は出来た?」「うん、出来た」
「勉強が難しい?」「いや、そうでもない」
「部活が嫌なら、やめてもいいんだよ?」「嫌じゃないからやめない」
何を聞いても、何が問題なの? という返事ばかりが返って来た。担任の先生にも息子が登校している時の様子を伺うが、始終ニコニコしているという。週1日登校でも、お昼休みにはいつものグループに混じって一緒にお弁当を食べているし、帰宅も同じ方向の友達と帰ると言う。
それなのに、毎日学校へ通うとはならない。
 
本当に何もなかったら、毎日学校に通えているはずだ。親にも先生にも、友達にも言えない何か困ったことを抱えているから、学校から遠ざかっているのではないだろうか。その何かを突き止めたくて、出来ることから解決の糸口を探ろうと考えた。
まず、息子を家から近い心療内科に連れて行った。そこはカウンセリングも熱心に行なっているクリニックで、看板にも「児童、思春期」と言う文字がうたわれていたからだ。
初診で、30〜40分ほど問診をした結果、ある診断がついた。
その診断を聞いた時の心境は、意外とかショックというものとは正反対で、むしろ診断名がついてホッとしたと言うのが正直なところだった。いっそ診断名がついてくれた方が、それに応じた対処法がこれまでの経験により確立されていて、投薬による効果も期待できると思ったからだ。何が原因かわからず、どうしたら良いかを手探りし続けなければならないより、はるかにそちらの方がいい。
 
早速薬を処方してもらい、2ヶ月ほど服用したけれど、特にこれといって目に見える効果はなかった。飲んでも飲まなくても変わらないと言う感じだった。同じ頃、息子の通う学校のスクールカウンセラーさんにもお世話になっていたのでそのことを話すと、スクールカウンセラーさんは、とても大切なことを教えてくれた。
 
「通常は、問診だけで診断をつける事はまずありません。必ず心理検査なり知能検査なりを受けるものです。お子さんにも是非一度、検査をお勧めしたいです」
その心理検査や知能検査というのは、心療内科や精神科ならどこでも受けられるというものではないらしい。専門のスキルを持った人でないと検査を行うことができない。専門スキルを持った人に検査を行ってもらい、その検査結果を鑑みて診断をつけるべきものなのだそうだ。
息子がかかったクリニックでは、そのようなスキルを持っている人がおらず、医師の問診だけで診断したということになる。
 
スクールカウンセラーさんに、検査を受けられる児童の心理・発達専門の医院をいくつか教えてもらった。けれど、問い合わせをしてみたところ、どこも初診までに2〜3ヶ月待ちだと言われた。児童の心理、発達のことで悩みを抱えているご家庭は、想像しているよりも多いのかも知れない。
数ヶ月待ち覚悟で、家から車で30分ほどのクリニックに初診の予約を入れた。幸運な事に、そことは別に、医院ではないけれど検査のみを実施してくれる機関が見つかり近々に予約がとれたので、検査だけはすぐに受ける事が出来た。
2週間ほど後に検査の結果を聞ける面談があり、私だけが結果を聞いた。医療機関ではないのではっきり診断する訳でないけれど、検査の結果から見て、最初のクリニックで受けた診断はどうやら当てはまらないのではないかという事だった。それ以上の詳しい事は、検査結果を新しいクリニックに送って判断を仰ぐ事にした。
 
新たなクリニックでの初診は、夏休みに入った後の8月下旬だ。息子が週1日登校になり始めたのが5月の下旬だ。6月の下旬ごろに検査を受けて結果は分かったけれど、だからと言ってどう向き合っていいのか分からない日々が続いた。週に6日のうちの1日は登校するが、残りの5日は朝起きられず、昼過ぎまで寝ている。起きている時間は、ほぼゲームをしている。あまりにもゲームをし過ぎるので時間制限をかけるが、そうするとやることが無くなったとばかりにまた布団に入ってしまう。君のやりたい事は、ゲームしかないの?? 
1日時間があると、ほぼ四六時中ゲームをしている。それも毎日だ。しかも学校へ行けていない事を悩むどころか、ゲームが出来る嬉しさで笑顔さえこぼれている。
「本来、今は学校に行ってる時間なんだから、ゲームやめなよ」
「明日は行きますよ」
毎日この応酬だが、一向に学校に行かない。1日くらいは行ってもいいかなと思うのか、週に1日だけは行く。
息子の何が不思議って、本人があまり悩んでいる様子がないのが、一番不思議だ。普通なら、この学校へ行けない状況を思い悩み、心を病んでしまってもおかしくない状況だと思うのだけれど、むしろ自ら好んでこの週1登校生活を満喫しているのではないかとさえ思えてしまう。
 
私も私だ。母親ならもっと子供に寄り添い、一緒に解決の糸口を探す為に子供とともにいる時間を割くべきなのかも知れない。でも、この息子の至って元気な様子に甘えて、以前と変わらず仕事を入れ、自分の楽しむ時間を確保し、その上に自己啓発の為に文章を書く勉強まで始めてしまった。
実は長男も、学校へ行くのが苦しかった時期があった。彼は朝起きられず学校に行けない事をとても苦しんでいた。私も、長男を朝起こし、起きられなければその1時間後にまた起こし、それでもダメならせめて午後の授業に間に合うようにもう一度起こし……というように、毎日長男を起こす事に全力を注ぎ続けた時期があった。起こそうとすればするほど長男はストレスを感じ、自分の殻にこもっていった。そして私も疲弊していき、家族総倒れとなってしまった。今おもえば長男に対して過保護、過干渉であったと反省しきりだ。この経験があるので、次男に対してはもっと大らかに、自立を促せるような接し方をしようと決めたのだ。
 
息子の様子を見て行くうちに、学校へ行っていないときに会話を重ねるうちに、ある考えを抱くようになった。
もしかすると、息子は口では学校へ行きますと言っていながらも、本心から「学校に行かなければならない」とは考えていないのではないか。だからこれだけ学校へ行けない日々が続いても、好きなゲームをして日々楽しそうに過ごせてしまうのではないか。
逆に私は、「学校へ行かせなければならない」と考えているから、行けていない今の状況を思い悩み、「なぜ学校へ行けないのか」「どうやったら毎日普通に学校へ行けるようになるのか」という事ばかりにとらわれて考えてしまうのではないか。
 
子育ての本来の目的は、学校へ行かせる事ではない。子供を自立させて、親がいなくても社会で生きて行けるようにする事だ。
自立する為には、社会を知り、人と交わり、学ぶ力が必要だ。それを習得する場が学校だから、学校へ行かなければならない。
でももし、学校以外にも、それらを習得できる場、習得できる方法があるなら、必ずしも学校へ行かなくても良くなるのではないか。
そんな風に考えたら、毎日息子にかける言葉は、「学校へ行きなさい」ではないような気がしてきた。この先自らの足で立って生きて行かなければならない事、その為には自分で稼げるようにならないといけない事、稼ぐ為には学ぶ、社会を知る、人を知るという事。それらの大切さを身をもってしっかり教える事こそ
親が子に出来る、しなければならない、唯一のことなのではないだろうか。
 
だから私は、フリーランスとして生きて行く事を目指すことにした。自分で稼げるようになる為に、今必死で学んでいる。その姿を息子たちに示したい。そんな決意を知ってか知らずか、息子は時々、パソコンの前で必死の形相で何かを打ち込んでいる私に近づき、画面を覗き込む。時には何百枚、何千枚の写真がずらりと並び、時には文書の画面が映し出されている。
 
「この間までは写真を編集して明るさを変えてたのに。最近は何か文を書いているの?」
意外と息子はよく見ているようだ。しめしめ、興味を持ってくれているなら嬉しい。
 
先日、やっと新しいクリニックの初診を受けた。
あらかじめ送付しておいた検査の結果と、本人や私からの話を聞いて、先生はこうおっしゃった。
「どうやら、検査の結果とお話を聞いたご様子から言って、前の病院での診断とは違う様ですね。でも学校には行けていないんですね。また次回の診察で、どのような状況か聞かせて下さい。
全部をちゃんとしようって思わなくていいんですよ。得意なこととか、好きな事とか、あるでしょう。それを一つやりに行くところから始めればいいんです」
 
多感な年頃の息子は、親の話はろくに聞き入れようとしないのに、先生のお話には納得したようにうなずく。こういう第三者的立場の方の存在はとても大切だ。
 
 
夏休みが明け、学校が始まってから2週間が経つ。
先週は、午後からではあるけれど、週のうち3日間登校した。
今週から定期試験で、さすがに急にこれを受けるという訳には行かないみたいだけれど、それでも最終日だけは受けると申し出てきた。
それでいい。全部じゃなくていい。いい点じゃなくていい。
自分で変わろうと決めて一歩踏み出す、それがいちばん大切だ。
その踏み出す一歩が途絶えることがないよう、彼の望むその先の道を全力でサポートして行こう。
 
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