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メディアグランプリ

66番と17分


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中沢真弓(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
福岡県人は、各人よく乗る番号がある。
県内を網羅するバス路線。誰にでも、馴染みのバス番号がある。
 
私の通勤は、バス利用。
行きはやむなく乗り換えるが、帰りは家の前まで直行したい。
「64」「65」「67」が、私のバスだ。
しかし「67」は、なかなか間に合わない。
終礼が長引いたり、エレベーターが来なかったり、トイレに寄ったらもうアウト。
そんな時は、「66」に乗る。
なぜなら、次の直行「65」まで、17分もあるからだ。
この時間がとても惜しい。
「66」には馴染みがない、家の前には止まらないからだ。
だから、途中でバスを乗り換える。そうしてでも、早く家に帰りたい。
なのに、乗り換えるバス停を、うっかり過ぎた事がある。
……このまま、乗ってみようか。
案外家の近くを、通っているかも知れない。
「早く家に帰りたい」を諦めて、少しの冒険心が湧いてきた。
結果、楽しければいい。
 
ふと、隣のご婦人に目が移る。
菊の花を持っている、いくつか紙袋を抱えている。
「荷物が多くてごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
私の視線が、ご婦人に気を使わせた。
「主人の、お墓参りに行くの」
「今からですか? もう暗くなりますよ」
「だから、行くのよ」
 
だから、行くのよ?
 
「あなた、どこで降りますか?」ご婦人が聞いてきた。
「いえ、実はバスを間違えて、次のバス停で降りようと思います」
「そう」
なぜ私が降りる場所を聞いたのだろう。
乗り過ごしたのだ。
ここからは、なんて名前のバス停があるのか分からない。
私はご婦人に、次で降りるとしか、言えなかった。
 
「ねえ、あなた。時間ある? 私に付き合ってくださらない?」
「え?」
なぜ私が付き合うのだろう。
「申し訳ありませんが、急いでバスを乗り換えますので」
「そう、それなら終点まで行った方がいいわよ、その方が本数あるから」
「そうですか」
終点は分かる、国立病院だ。確かに、その方がいいかも知れない。
病院ならタクシーがあるだろう。それでもいいから、とにかく早く帰りたくなった。
気になっていたのだ。
さみしそうなお墓参り、暗がりでする理由。
ひとりで、なのだろうか。お子さんは、いないのだろうか。
見ず知らずの人間に、墓参りに付き合ってだなんて。
絶対、行かない方がいい。
 
バスはもう病院の目の前だ。
ご婦人も、どうやらここで降りるらしい。
病院の玄関にタクシーが見えた。あれに乗って、家に帰ろう。
少しの冒険をしたせいで、奇妙な場所へ着いてしまった。
あたりはもう暗くなりそうだ。
ご婦人が、バス停から川沿いを歩いて行くのが見えた。
「どこにお墓があるのだろう」
そもそもこんなところに、お墓なんて、あるのだろうか。
ご婦人の姿が見えなくなった。
さっきまで歩いていたのに、もういない。消えてしまったかのようだ。
「まさか倒れた?」
暗くて、よく見えない。気付けば走りだしていた。
 
ついていけば、良かったのだろうか。体調が、優れなかったのだろうか。
幸いそこは病院だ、何かあってもすぐに……。
 
姿が消えたあたりにたどり着いたが、そこにご婦人はいない。
ご婦人は、川へと降りていた。
そこで花を添え、線香を焚き、何かお供えも、置かれているようだった。
線香の、ほのかな明かりだけが照らす。
しゃがみこみ、手を合わせ、じっと動かない。
 
見ては、いけなかったか。
 
そう感じた。でも裏腹に、
訳ありの、でもおそらく真心のこもったこの儀式に、
魅入ってしまう自分がいた。
 
そこは、墓ではない。
墓でないがこの場所で、弔う訳があるのだろう。
「主人」というのも、嘘かも知れない。
しかしご婦人にとっては、きっと大切な人。
 
ご婦人に、気付かれずに帰りたくなった。
ついて行くのを断りながら、覗いた私を見つけて欲しくなかった。
足早に病院の玄関に戻り、タクシーに乗った。
家の場所を告げ、運転手が選んだ道は、あの川沿い。
身を乗り出して川を眺めたが、線香の炎も見つからなかった。
もう、済んだのだろうか。
もう、帰ったのだろうか。
一緒にいたら、教えてくれただろうか。
なぜそこで、そんなことをする事になったのか。
 
今日も会社帰り、「67」のバスを狙う。
5分でバス停に着かねばならない。
これを逃したら次は17分後……。
そう、次は17分後。
もう「66」に乗る気はない。
17分でも待っていよう。
よく知るいつもの道を行き、安心して家まで帰りたい。
少しの冒険心が、行き先を大きく変え、結果、後悔するくらいなら。
 
私は、乗れないのだ、「66」に。
あの日、ご婦人は私を誘った。それだけの理由があったはずだ。
見ず知らずの人間に、頼むだけの理由が。
それを私は断った。
いや、普通気味が悪いだろう。他人の墓参りに付き合えだなんて。
私を乗せる「65」を待つ17分。
その間に目の前を、あの「66」が通り過ぎる。
冒険には勇気がいる。
そしてどこにたどり着こうとも、後悔しないだけの強さもいる。
そんなことを考えながら、17分間をじっと待つ。

 
 
***

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2018-10-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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