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最高の演者は酔ったフリができるシラフだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ゆきもと(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「この音じゃダメ」
中学1年生の8月、ピアノの発表会2か月前。練習を頑張ってイイ感じに弾けるようになったと思っていた私に、ピアノの先生は静かに雷を落としました。
 
 
母が音楽好きだったからでしょう。私は5歳の時からピアノを習っていました。とは言っても、はじめは練習嫌いでピアノから逃げていました。頭の中では自分がかっこよく演奏しているのに、実際に自分の指先から出るのはとんだ外れた音で、ふて腐れていたのです。
そんな私を母は果敢に捕まえて練習させました。
「毎日30分は練習しなさい! ピアノの先生が優しいからって、お稽古というよりお喋りに行ってるでしょ」
お蔭で、小学生になると易しい曲が弾けるようになりました。ピアノの先生も教えていて楽しそうです。練習を重ねて、このまま良い感じに進むと思っていました。
 
事が起きたのは中学1年生の6月でした。
 
「今年の発表会はショパンの幻想即興曲を弾こう」
どんな曲か知らなかった私に、ピアノの先生はその場で1分ほどCDを流してくれました。「ロマンチックでキラキラした曲だなあ。先生が私に曲を選んでくれて嬉しいなあ」とのんびり考えていました。1点だけ気になったのは、楽譜にびっしりと音符が並び、それが20ページに渡って続いていることでした。
 
家に帰って、私は母に伝えました。
「おかあさん、ピアノの先生が幻想即興曲弾こうって言ってたよ」
「ひええええ~!? あなたにそんな難しいの弾けるの? 」
 
母の反応が正解でした。
それから発表会までの4カ月間、私は苦しみぬくことになりました。
 
なにより楽譜の音を読むことが難しい。右手と左手で合わせて同時に6音以上鳴らすので、どの指をどの鍵盤に置けばいいのか、四苦八苦しました。当時私は地元の中学校で運動部に入っていて、18時に家に帰って、夜ごはんを食べたら22時まで3時間練習しました。眠さに目をこすりながらの毎日でした。
 
2か月もして自分の演奏の録音を聞くと、情緒が込められていてイイ感じです。「今日のレッスンでは褒められるだろう」と思って足を運びました。
 
「この音じゃダメ」
先生の言葉にびっくりしました。
 
「演奏する人は自分の音に酔ってはダメ。基礎練習の量を増やそう」
 
私は胸にカッときました。これまでにないくらい練習したのに、ロマンチックでイイ感じに弾けているのに、と悔しい思いでいっぱいでした。
 
それから先生は「基礎練習」を教えてくれました。左手の指を右手でつまんで、鍵盤にぼとっと落とす。ぽろんっと音が鳴る。次の音も同じことをする。これが楽譜20ページ分続くのです。気の遠くなる練習でした。
 
でもだんだんと、曲ではなく、音一つひとつが耳に入ってくるようになりました。そして、先生の言う「ダメな音」を出すとき自分がどうなっているか分かるようになりました。肩に力が入りすぎ。肘が突っ張っている。情緒を入れすぎている。何かやりすぎ状態のときでした。
 
私はピアノのレッスン時にポロポロと泣くようになりました。演奏に酔わないと、自分の悪いところがどんどん見えてくるのです。そして、思うように弾けない自分が悔しくて、悔しくてたまらないのです。ピアノの先生はいつもそっとティッシュを差し出してくれました。
 
そうして10月、発表会の日がきました。
暗闇の中、ステージライトがピアノを照らしました。私はピアノの前に座って、そっと指先を鍵盤に滑らせました。
気持ちを音に乗り込ませないようにぐっと我慢。よく弾き間違えるところは、あえて意識しすぎないようにしました。
 
すると、不思議な感覚になりました。暗闇の向こうに、お客さんの息遣いが感じられるのです。私の演奏を、じっと耳をそばだてて聴いてくれているのが分かるのです。
 
パチパチパチと拍手が鳴り響いて、ふっと我に返りました。お辞儀してステージ袖に戻りました。
 
「音がちょっと変わったね」
そう言う先生の声は優しそうでした。
 
発表会の録音を聞いて、びっくりしました。音が、自分がイイ感じと思っていた頃の音と違うのです。
前の自分の演奏は、例えばバラエティーで司会者が「面白いでしょ!? 」と詰め寄ってくるような焦燥感がありました。音がフワフワしていて、それなのに急に強くなったりして、聞き手がどこで楽しんだらいいのかが分からないのです。
一方で発表会では、曲に気持ちを入れ過ぎずに、一音一音を大切にしようとしていました。何度も音を間違えるし技術的にはまだまだ下手ですが、前よりお客さんが心地よく楽しめます。
 
最高の演者は、飲み会で酔ったフリができるシラフの人なのかもしれません。明るく酔ったように周りに見せて、空いたグラスがないか一つひとつに気を配り、シラフでトークで盛り上げる。それはきっと、仕事のプレゼンでも、大事な商談でも同じだと思うのです。そんな演者は成長するために、一生自分に酔えることはないのだろうなあと想像します。それはなかなか難儀で、かっこいいことですね。
 
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2018-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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