祭り(READING LIFE)

六月灯は夏のはじまり。《 通年テーマ「祭り」》


記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「六月灯に行かない?」
 
そう誘われたのは5月の終わり頃だっただろうか。
ロクガツドウ?
なんとなく名前は聞いたことがあったのだけれど、実際に足を運んだことはない。
鹿児島で “六月灯” といえば、皆ぱっと思い浮かぶあのお祭りだろう。
鹿児島生まれ鹿児島育ちの私だけれど、中心市街地住まいで無かったためかこれまでの三十数年間、六月灯とは無縁で生きてきていた。
以前、鹿児島を舞台にした映画で、六月灯を取り上げたものがあったっけ……
と、自分の中の六月灯イメージを再生してみるけれど、なにせ行ったことがないので限界がある。
とにかく、まずはこの目で見るために行ってみよう。
 
7月15日、18時30分過ぎ。
そろそろ夕暮れかな、という時間帯だけれどおもてはまだまだ明るい。
車を降りて通りに出ると、交通規制された道路いっぱいにぞろぞろと動く人に圧倒された。
こんなに人出があるのか。
遠くにどーんと見える鳥居まで辿り着けるのは、いつになるのだろう。
半分途方に暮れていると、ふわーっとソースのいい香り。
夏祭り気分が一気に盛り上がる。
浴衣を着た高校生たちの後ろ姿をのんびり追いかけながら、出店が軒を連ねる道をひたすら鳥居に向かって歩く。
イカ焼き、はし巻き、りんご飴。
ヨーヨー釣りにかき氷。
夏祭りおなじみの屋台のぼりの大きな文字が次々と目に入り、思わずひとつひとつ立ち止まりたくなる。
そうかそうか、もう7月だったっけ。
 
“六月灯” と言っても、実は6月にあるお祭りではない。
旧暦の6月のことを指し、現代のカレンダーでは7月にあたる。
7月15日(月)・16日(火)の二日間、県内では一番規模の大きい照國神社の六月灯が催された。
今回はそのお祭りに行ってみることにした。
 
実は六月灯は鹿児島県内の各地の神社で開催されるお祭りで、今回足を運んだ照國神社だけのものではないのだ。
今年は早いところで7月1日に開催される八坂神社から、7月末から8月の頭にかけて、約一ヶ月間に鹿児島県内のたくさんの神社で六月灯のお祭りが楽しめる。
神社の規模も様々で、地域の小さな神社から照國神社のような大規模なものまで色々だ。
六月灯の起源は、島津家十九代当主光久が上山寺新照院の観音堂を造立、その参詣の際に沢山の灯籠を寄進したのが始まり、というのが一般的に知られているようだ。
他にも諸説あり、元々地方にあった習わしで鎮守様などにお灯明を上げ、牛馬の疫病払いや田の病虫害駆除を祈る「六月ノオツメアゲ(お燈明上げ)」という民間の行事が洗練されて六月灯の祭りになったという説、ちょうど干ばつや反対に長雨が降り続いたりする頃で悪疫も流行りがちとなり健康を害することの多い時期であることから、こうした禍を未然に防ぎ、悪疫を追い払い、知らず知らずのうちに受けた罪穢を祓うため、氏子がこぞって氏神様に参ってご祈願をあげるというのが起源、という説もある。
 
なるほど確かにこの時期、鹿児島は梅雨明けしているかどうか、していたとしても今度は台風がちらほら生まれてくるような季節で、気候が不安定だ。
そんな不安定な季節だからこその、これから先の幸いを願うためのお祭りだったのかもしれない。
今では正確な起源は分からないけれど、老若男女、まだ明るいうちから束の間の晴れ間に町に出て夏のはじまりを楽しむ祭りであることにきっと変わりは無いだろう。
まだ小さい赤ちゃんを抱いた夫婦連れから、ポテト串を頬張る小学生、浴衣を着て普段よりうきうきした感じの高校生カップルや、落ち着いた雰囲気でビールを飲んでいる初老の老夫婦まで、思い思いに祭りの活気に溶け込んでいた。
30分ほどかかっただろうか、途中の出店に惹かれて並んだりしながらだったのでようやく鳥居までたどり着いた。
当たり前だけれど鳥居はいつも通りどーんとそびえ立っているけれどその奥が普段とは違う。
あたりが薄暗くなり始めてきて、ほんわりとした灯りが灯っているのが見える。
近づいてみると想像よりもずっと大きい。
“灯籠” と言うと手でぶら下げるくらいのサイズ感を思っていたのだけれど、とても持ち運べるような大きさではなかった。
竹の骨組みの中に四角い灯りがいくつもいくつも連なり、ろうそくのほのかな灯りがその中で揺れていた。
薄い紙越しに見る灯りは夏だからだろうか、儚さが増して見えるような気がする。
現代のお祭りらしく企業名が印刷された表面、きっと昔から地元のお店が灯りを出し、それが連綿と受け継がれていって今に至るのだろう。
ぐるりと裏に回り込んで見ると、小学生や高校生の描いたイラストになっていた。
地元の自治会の描いているものもある。
いかにも土着のお祭り、という感じがして灯りにさらに温かみが感じられる。
大きな灯りをいくつかくぐって参道の奥に進むと、今度は小さいサイズの灯り。
これにもひとつひとつ手書きのイラストや文字が描かれている。
一つ一つ違う灯りの中を進んでいくと、茅で編まれた大きな輪が見えてきた。
見ていると、輪の中を人がくぐってぐるぐると歩いている。
“茅の輪くぐり” というもので、こちらは県外のお祭りでも行われているところがあるようだ。
正月から6月までの半年間の罪穢れを祓い、さらに残り半年間の無病息災を祈願して茅で作った大きな輪をくぐるというもの。
くぐり方にも決まりがあり、大きな輪の隣に写真付きでくぐる順路を示してある。
はじめは輪をくぐり左へ一回転、その後もう一度輪をくぐり今度は右へ……という具合に輪の周囲をぐるぐると回り、参道を更に奥へ進む。
そうか、もう7月だから今年も半年終わったのか。
6月までのお祓いをして、これから残り約半年。
ここまでどんな半年間だったかな……とふわっと意識が過去に向きつつ、もうすぐ夏本番。
今からどんどん暑くなり、もうすぐ夏休みも始まる。
半年をちょっと振り返りつつ、もう目の前に待っている夏が早くおいでと手招きしていて待ちきれない。
そんなまるで終業式の日みたいな、わくわくした気持ちを久しぶりに味わいつつ、最後にたどり着いた境内でお参りをしてまた来た道を引き返した。
来たときと同じようにぼんやりとした灯りに囲まれた参道を歩き、暑いような暖かいような不思議な気分でここを抜けたら、もう夏が始まったのだという気がした。

 

 

 

 

〈参考文献〉
浦野和夫(2017年)『鹿児島ふるさとの祭り』南方新社.
高向嘉昭(2015年)『鹿児島ふるさとの神社 祭りと伝統行事』南方新社.

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。大学進学で宮崎県、就職にて福岡県に住む。
システムエンジニアとして働く間に九州各県を仕事でまわる。
2017年Uターン。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
現在は事務職として働きながら文章を書いている。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

http://tenro-in.com/zemi/86808



2019-08-12 | Posted in 祭り(READING LIFE)

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