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週刊READING LIFE vol.43

あの夏の命を背負って《 週刊READING LIFE Vol.43「「どん底」があるから、強くなれる」》


記事:千葉 なお美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

高校3年生のとき、命を授かった。
と同時に、自らの意思でその命を絶やした。
マイ(仮名)は、誰にも言えない恋愛をしていた。

 

 

 

 

マイは、バスケ部の副キャプテンでありエースだった。小学校から始めてメキメキと頭角を現し、中学校で県大会出場、高校はバスケの強豪校にスポーツ推薦で入学した。両親は幼い頃に離婚しており、マイと弟は母子家庭で育った。推薦で入学金が免除になり、少しでも母の負担を減らせることは、マイにとっても嬉しかった。
 
マイの将来の夢は、学校の先生だった。英語が得意だから、中学校か高校の英語教師になり、部活動の顧問として大好きなバスケに関われたらいいなと思っていた。だから、高校の部活はかなり厳しかったが絶対にサボらなかったし、勉強も怠ることなく成績は上位だった。文武両道に励む、真面目な高校生だった。
 
彼と出会ったのは、高校2年のときだった。部活の顧問だった先生が諸事情により退職し、代わりに外部からコーチとしてやってきた。
 
当時のバスケ部は、荒れに荒れていた。ちょうど夏の大会が終わり、世代交代した後だった。顧問が退職したことで部員の士気が下がり、チームとしてまとまらなくなっていた。本来なら秋の新人戦に向けてチーム一丸とならなければならない大事な時期に、部員同士の対立が絶えなかった。
 
マイは副キャプテンとしてチームをまとめる立場であり、エースとして引っ張っていく立場でもあった。コーチを交え、キャプテンのキョウコ(仮名)と3人で何度も話し合った。
 
マイから見て、キョウコはもはや限界だった。キャプテンとして、対立する現役部員の意見を聞くのはもちろん、強豪校の伝統を築いてきた先輩たちの意見も聞かねばならなかった。これ以上キョウコに負担はかけられないと感じたマイは、コーチと2人で話すことにした。バスケ部のことを真剣に考えたうえでの行動だった。
 
話し合いの回数を重ねるごとに、二人の関係性は変化していった。最初は部活の相談をしていたはずが、両親の離婚にはじまり家庭環境の悩みから将来のことまで、なんでも話すようになっていた。
 
いつしかそれは、恋心へと発展した。
彼も同じ気持ちのようだった。
 
いけないとわかりつつも、お互い惹かれあった二人は、自然な流れで男女の関係を持つようになった。マイはその恋愛を誰にも言えなかった。
 
そのまま時は流れて、マイは高校3年生になった。
学校によっては、受験のために2年で部活を引退するところもあるが、マイの高校は3年の夏が最後の大会だった。
 
去年、一昨年と2年連続で県大会優勝し、インターハイへ駒を進めている伝統校のプレッシャーは重い。マイとキョウコの働きかけもあってチームワークは改善し、3年生は高校生活の集大成に向けて、緊張感の漂うなか日々練習に取り組んでいた。
そんなときだった。
 
生理がこない。
 
今まで何度か不順になったことはあるものの、ここまで遅れたことは初めてだった。
まさか。
ひとつの不安がよぎる。
どうか違っていてほしいと祈ったが、不安は的中した。
 
検査薬の反応は、陽性だった。
 
18歳という年齢もさることながら、そのタイミングはマイにとって最悪だった。
大会の1ヶ月前だった。
 
どうしよう。
そう思ったものの、マイの答えは一択しかなかった。
高校生という身分、大会直前というタイミング、そして何よりコーチとの禁断の恋愛。
産むなんてことは、考えられなかった。
 
彼には、決めてから伝えた。
「あ、そう」
反応は、実にあっけないものだった。
それまで親身になって相談に乗ってくれたコーチとは別人だった。マイが妊娠したことで、世間体やら何やらを考え、直感的に「まずい」と思ったのかもしれない。それからというもの、あからさまにマイのことを避けるようになった。その態度を見て、マイは今後一切彼とプライベートで関わりを持たないことを決めた。
 
妊娠中絶にもお金がかかる。ざっと10万円程度。高校生のマイには大金だった。貯金を切り崩したとしても、10万円に満たない。女手ひとつで育ててくれた母にはもちろん、彼にも頼ることができず、苦肉の策で他校の友人に相談することにした。
友人は、マイの恋愛について諌めるでもなく、ただお金を貸すことを了承してくれた。聞くところによると、友人には年の離れた姉がおり、彼女が昔、やむをえず中絶したことがあるらしかった。マイの状況を理解した友人の姉は「未成年の中絶には保護者の同意が必要だから」とマイの保護者代わりになってくれることを申し出た。
 
こうしてなんとか手術を受けられることになった。
悩んだ期間に加え、お金の工面やその他の準備に時間を要し、手術日は大会の1週間前になった。
 
手術当日。
体調不良ということにして、この日は学校を休んだ。
授業よりも、大会直前の部活を休むことの方が辛かった。
 
手術は、15分程度で終わった。
あっという間だった。
手術中、うつらうつらとしながらも、自分のお腹から何かが掻き出される感覚があった。
命って、こんなにもあっけないのか。
その日の夜、マイは声を殺して一晩中泣いた。
 
本来、中絶手術後2〜3日は、安静にしていなければならないのだが、マイにはそんな余裕はなかった。大会まで1週間を切っていた。エースとして、これ以上休むわけにはいかない。お腹に痛みを感じつつもそれを悟られないようにしながら、マイは練習に臨んだ。
 
大会の結果は、県大会準優勝だった。
連覇がかかっていた大会で、マイの世代はその記録を途絶えさせてしまった。
バスケに捧げた青春は、ここで終わりを告げた。
あっという間だった。
 
ふと、お腹にいた赤ちゃんと一緒だ、と思った。
 
マイはまた、泣いた。
今度は、大きな声をあげて泣いた。
それまで抱えていたものが、一気に溢れた瞬間だった。

 

 

 

 

あれから数年が経ち、マイは大学生になった。
教育学部に進んだマイは、教育実習で母校を訪れていた。
数年しか経っていないのに、あの日々が遠い昔のことのように感じる。
 
キラキラと輝く高校生たちを見て、マイは思う。
青春は、儚いから美しいのかもしれない。
 
そして、人の命も————。
 
マイは、お腹の赤ちゃんにしたことを許されるとは思っていない。
だからこそ、あの子の分まで精一杯生きる、と決めた。
あのとき、お腹の中で一生懸命生きようとしていた命を背負って、教壇に立つ。
またここに、戻ってこよう。
そう決意して、マイは教科書を開いた。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉 なお美(READINGLIFE編集部 ライターズ倶楽部)

青森県出身。都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを経て、2019年6月よりライターズ倶楽部に参加。趣味は人間観察と舞台鑑賞。

 
 
 
 

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2019-07-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.43

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