週刊READING LIFE vol.67

世間体を気にする不自由なオンナの生き様《週刊READING LIFE Vol.67 「世間体」》


記事:井村ゆうこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「人生は短い。死ぬときに後悔したくなかったら、世間体なんか気にせず、やりたいようにやって生きろ」
世間体を重んじて自分の言動を制限したり、修正したり、迎合することに対して「自分の人生を生きていない」と斬って捨て、上記のような叱咤激励を口にする人の前に立つと、私は亀のように首を引っ込めて、自らの甲羅に閉じこもりたくなる。
「誰の人生を生きているの? 自分の人生は自分だけのもので、他の誰のものでもない。周りを気にせず、もっと自分らしく生きなくちゃ」
力強い言葉の砲火から身を守るように、自分の体にまわした両腕に力が入ってしまう。
そして、体の中を声にならない叫びが、駆け巡る。
 
『世間体を気にしている限り、しあわせになれない』という世間体を、押し付けないでくれ!

 

 

 

物心ついたころから、私は「自由奔放なオンナ」にあこがれていた。
小学生のとき、いつも絵を描いている同級生の女の子がいた。その子は、国語の時間も算数の時間も社会の時間も、教科書の横に置いた紙に、いつも何かしらの絵を描いていた。最初の頃は紙を取り上げて注意していた先生も、ランドセルから次から次へと紙を取り出しては絵を描く彼女のことを、途中からは半ばあきらめたように放置していた。あれは、4年生か5年生の授業参観のときだっただろうか。参観を終えて廊下に出た彼女の母親と他の子の保護者が交わした会話を、私が耳にしたのは。
「○○ちゃん、今日も授業中ずっと絵を描いていたみたいだけど、あなたよく我慢していましたね。私だったら、恥ずかしくって教室から逃げ出しちゃったと思う」
「恥ずかしくなんかないですよ。あの子の絵、私とっても好きですから」
 
学校では先生の話をまじめにきいて、みんなと同じことをするのが当たり前だと思っていた私は、彼女の母親の言葉に衝撃を受けた。正直言って、絵ばかり描いていて、他のことは何もできない彼女を、こころの中でバカにしていた。当然、親からはいつも注意されてばかりいるものだと思い込んでいた。それなのに彼女の母親は、授業中ひとりだけ勝手な行動をしている自分の子どもを恥じてはおらず、むしろ誇りに思っていたのだ。
 
私の中に「世間体」という存在があることを、このとき初めて気付かされた。
私の中に「世間体を気にしない自由奔放なオンナ」へのあこがれが、このとき生まれた。
 
中学2年生のとき、同じクラスに女子がひとり転校してきた。田舎の温泉町にある中学校に、都会からやってきた転校生。私には、彼女の身につけているものが全て、都会的で洗練されたものに見えた。彼女の言動全てが、大人っぽく見えた。私は彼女にあこがれを抱いた。
彼女は、模範的な優等生として中学校生活を送っていた私とは、真逆の生き方をしていた。学校には好きな時間にふらっとやってきて、授業中は机に顔を突っ伏して寝ているか、保健室に入り浸る。禁止されているルーズソックスを履き、爪にはキレイにマニキュアが施され、スカートは見ているこちらが落ち着かなくなるほど短い。他の女子が数人のグループを作って行動しているのを横目に、彼女はいつもひとりで、大海を泳ぐクジラのように、ゆったりと校内を漂っていた。
 
まじめな優等生の私と、自由気ままな一匹オオカミの彼女。本来は接点などなく、違う世界の住人として生きていく運命の私たちを引き寄せたのは、ちょっとした偶然だった。ある日、私は3年生の先輩女子数名に囲まれて、訳の分からない因縁をつけられていた。どうやら私の髪の毛の色が薄茶色だったことが、彼女たちの不快センサーに引っかかってしまったらしい。黒く染め直すように迫ってくる声に、地毛で元々この色だということを小声で訴えていた私を、偶然通りかかった転校生の彼女が助けてくれた。彼女がどんな技を使って上級生を追い払ったのか、記憶があいまいでよく覚えていないが、その日を境に、私は彼女とよくいっしょに行動するようになった。その結果、私の成績は一気に下降し、高校進学に危険信号が点滅する事態となった。
 
「お前、高校はどうする気なんだ」
中学3年の夏、担任の先生が私と私の隣に座る母を前に、厳しい顔で迫ってきた。
「お母さん、このままの成績だと高校進学は危ういです。でも、いま本気を出して勉強を始めれば、まだ間に合います。2年の途中までは学年でもトップクラスの成績だったのですから」
母は黙って先生の話を聞いていた。
 
結局、私は3年生の2学期から勉強を再開し、学区内で一番の進学校に合格した。あの時、私を自由気ままな中学生から優等生へと引き戻したのは、担任の先生でも母でもなく、2つ上の姉だった。
「高校へ行かないなんて、お母さんが許しても、私が許さないよ。死んだお父さんだって、絶対に許さないはずだよ。こんな田舎で高校にもいかないでフラフラしているなんて、そんなのみっともないでしょ」
 
一匹オオカミの転校生が私に心を許してくれたのは、彼女にも私にも父親がいなかったからなのかは、分からない。勉強を再開し、まじめに授業を受けるようになった私から、彼女はそっと離れていった。
 
私の中に「世間体」があることを、このとき再確認した。
私の中に「世間体を気にしない自由奔放なオンナ」へのあきらめが、このとき生まれた。

 

 

 

以来、私は「世間体を気にする不自由なオンナ」の人生を歩んできた。だけど、私はそのことを後悔してはいない。あの時姉が私を叱り飛ばしてくれなかったら、あの時私に「世間体」を突き付けてくれなかったら、今の私はいない。夫と出会うこともなく、娘を授かることもなかっただろう。
あの時、私と姉が逆の立場だったとしても、私も姉と同じ行動に出たと思う。
あの時、姉がいちばん伝えたかったことが何なのか、私には分かっていた。
「お父さんがいなくなって、必死にひとりで私たちを育ててくれているお母さんを悲しませるなんてこと、絶対に許さない」
 
姉は「世間体」というものを「大切な人を悲しませないために守るべきもの」と捉えていたのだと思う。もし私が高校に進学せず、自堕落な生活を送っていたら、周りのおとなはきっと母に聞こえるように口にしただろう。「父親がいないから、あの子は……」
姉にはそれが耐えられなかったのだ。それが、最も母を傷つける言葉だと知っていたから。
 
「世間体」とは、自分のこころのいちばん奥深くに潜む、自分が守りたい姿を映す鏡だと、私は思う。
その鏡は、自分自身にしかのぞき込むことができない。そこに映る自分の姿がどんなものなのか、誰にも分からない。だから、周りからみたら、私が世間体を気にして言動を制限したり、修正したり、迎合したりしているように見えるかもしれない。「世間体なんか気にしないでもっと、自分らしく生きろ」と背中を押したくなるのかもしれない。でも、そのとき私の見ている「世間体」と、世間体なんか気にするなと口にする人が捉えている「世間体」とは全く別物なのだ。
 
私の「世間体」は、世の中に対して対面や体裁を整えるためのものではない。周りにどう言われようと、どう思われようと、私自身が守りたいもの。自分自身が守るべきもの。自分と自分の大切な人がしあわせになるために必要なもの。それが「世間体」なのだ。
 
だから、言わせてほしい。
『世間体を気にしている限り、しあわせになれない』という世間体を、押し付けないでくれ!

 
 
 
 

◽︎井村ゆう子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
転勤族の夫と共に、全国を渡り歩くこと、13年目。現在2回目の大阪生活満喫中。
育児と両立できる仕事を模索する中で、天狼院書店のライティングゼミを受講。
「書くこと」で人生を変えたいと、ライターズ俱楽部に挑戦中。
天狼院メディアグランプリ30th season総合優勝。
趣味は、未練たっぷりの短歌を詠むことと、甘さたっぷりのお菓子を作ること。

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2020-02-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.67

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