週刊READING LIFE vol.72

どうしてあのおじさんは、ナンパに失敗したのか?《週刊READING LIFE Vol.72 「人間観察」》


記事:坂光太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「隣座って良い?」
そのような声が聞こえたので私はふと隣を見たが、誰の姿もなかった。
どうやら私に声をかけたわけではなさそうだ。
 
だとしたら、誰が誰に声をかけたのだろう。
どことなく店内を見渡すと、50代半ばのそれらしきおじさんがカウンター席に座っている若い女性に声をかけていた。
 
木曜日の居酒屋というのは、一週間で最も閑古鳥がなく曜日だとのこと。
この日がまさにその木曜日。やはり、店内は空席が目立った。
つまり、わざわざ他人の隣に座る必要があの日に限っては無かったのだ。
空席がいっぱいあったので、そちらに座れば良い話。
顔見知りなのかな?
とも思ったが、女性も「誰この人?」と言わんばかりにおじさんを見つめている。
どうやら、初対面のようだ。
 
と、なればなぜおじさんは、わざわざ女性の隣に座ったのだろうか。
答えは一つしかない。
ナンパだ。
 
出逢い系アプリ全盛期のご時世でナンパとは珍しい。
しかもおじさんが20代後半と思わしき若い女性にナンパをするなんて珍しいこともあるものだ。
そんなことを思いながら、私は引続き本を片手に晩酌を楽しむことにした。
おじさんのナンパに興味がないと言えば嘘になるが、これ以上他人の恋を見続けるのは野暮というもの。
おじさんのナンパが成功することを陰ながら祈りつつ、私は読書を楽しむことにしよう。
そう思った。思ったのだが。
全くページが進まない。
 
結局、1時間ほどおじさんのナンパ術に側耳を立てていた。
読書に集中したい気持ちは山々だったのだが、どうしてもおじさんのナンパが気になってしまい、活字を読める状況では無かったのだ。
やはり、他人の色恋沙汰になると本能的に興味が湧いてしまうものらしい。
どうか、人間の本能に実直な私を許してほしい。
そして、こんな珍しい光景に対面したのならライティングしたいと思うのがライターの性。
どうか、ライターの性に実直な私を許してほしい。
 
ということでおじさんのナンパの一部始終をレビューしていこうと思う。
 
最初はとりとめのない質問の応酬が2回から3回続き幸先の良いスタートだったと思う。
質問を繰り返していく中で、2人とも住んでいる地区が近いと言う共通点を発見し少し盛り上がった。地元に根付いた個人居酒屋というのは、地元民が多く集まるため、歳が離れていても何かしらの共通した部分がある。
おじさんはそこを狙って地元民が集まる個人居酒屋でナンパを仕掛けていたのだ。
なんと策略的な。勉強になる。
 
女性も最初こそおじさんに警戒をしていたが、共通点が多いことと、おじさんが気さくな事から徐々に心を許していった。
「おじさんの話し相手になるぐらいならイイかな」と思ったのかもしれない。
しかし、お酒のせいなのか、はたまた性格なのか分からないが、終始おじさんの自慢話が名が長く続いた。
「俺は、●●大学を出て、●●会社の部長になった」とか。
「俺は、ここ10年の年越しはハワイで過ごしている」とか。
「俺は外車を乗っている」など耳が痛くなるような自慢話がずらりつと並べられた。
当然、女性も聞くに耐えられなかったようで、スマホをいじったり、あくびをしたりと完全に飽きているそぶりを見せていた。
 
極め付けは結婚感の話になった時だ。
おじさんは以前結婚経験があるとのこと。
2年前、離婚し、今は1人身らしい。
「へ〜そうだったんですね!それじゃあちょっと価値感が合わなくなって別々の道の進むことになったんですね」と久しぶりに女性がおじさんの会話に食いついた。
やはり結婚の話題には敏感なお歳頃のようだ。
結婚の話題で挽回できるかなと思われた思われたのだが。
「まあな。と言うよりアイツがいけないんだよ。俺は頑張って仕事してイイ暮らしをさせてやってんのに、『家事を手伝ってくれない』とか『子育てを手伝ってくれない』とか言いやがって終いには子供を連れて逃げて行きやがった」
とおじさんはあろうことか前妻の愚痴をおじさんはこぼし始めたのである。
すると先ほどまで優しく接していた女性が豹変し、
「え?じゃあ家事とか手伝わなかったんですか?」と冷たい口調でおじさんに問いた。
「当たり前だろ。家事と子育ては女の仕事で、男は稼いでいい暮らし」をさせることが仕事なんだから、俺が家事を手伝う必要なんてないだろ」
と言った。
女性心を理解している方なら、この先の展開は予想がつくだろう。
その予想通り、これ以上話しが続くことはなく、ほどなくして女性は帰って行った。
やはり「家事を手伝わない」や「働くことこそ男の美学」的な思想は今の時代の恋愛事において最もタブーな考えだ。
だとしたらおじさんは何の為に「家事を手伝わない」とか執拗な自慢話を繰り返していたのだろう。
女性と仲良くなりたいならそのようなことを言わない方がいいの決まっている。なぜだ?
その答えは居酒屋のマスターが教えてくれた。
 
ナンパを失敗したばかりのおじさんはしばらく帰る様子もなく、誰もいないカウンター席で一人寂しそうにお酒を嗜んでいた。
ほどなくしておじさんが、カウンターの向こうにいるマスターに声をかけた。
「へへ、女の子に逃げられちゃった」
「あはは、また次がありますよ」とおじさんを優しく慰めるマスター。
「へへ、やっぱりおじさんはモテないねえ。
マスターには普通にお喋りしてたから俺でも行けるかなとか思ったんだけどね」
確かに、あの女性は、マスターとは仲良く話しをしていた
マスターも40代後半ぐらいの年齢。おじさんといえばおじさんだ。
「さあ、なんででしょうね」
「マスターは口上手だからな〜、若い子もコロッといっちゃうんだろうな」
「そんなことないですよ」とその場をにごす。
 
「ただ、昔の女性の感覚と今の子の価値観は違うなって感じます」
「え、どう言うこと?」
「昔は、カッコイイ男の人がモテたじゃないですか。高学歴、高身長、高収入みたいな」
俗に言う3高だ。
聞くところによると昔は自分を高めた人がモテる時代だったそうで、勉強していい学校に入学し、いい会社に入社することがモテるための近道と信じられていたそうだ。
「そりゃあ、モテたいのならかっこ良くあるべきだろう。男なんだから」
「それが違うんですよ。最近の女性は男性に『男らしさ』とか『男のステータス』とかは昔ほど求めていないんです。それより『協調性』とか『優しさ』とかが求められているんですよ」
「なるほどな。通りで自分の実力を言ってもあまり響かなかったわけだな。『男は働くもの』っていうのも男らしさをアピールしたつもりだったんだが逆効果だったんだな」
「今は共働きが普通の時代なので、家事も共に行う時代ですよ」
「時代は変わったな」おじさんは納得した表情で酒を飲み干し店を後にした。
 
私自身20代なので今の風潮や若者の感覚などはそれなりに知っている方だと思う。
だから、今の時代共働きが一般的ということも、「男は働くのが仕事」と言う美学が古いと言うことも知っている。
しかしひと昔を生きた人はそういうトレンドに疎い人もいる。
あのおじさんも女性に嫌われたいから自慢話や美学を言ったわけではない。
3高が男のトレンドだった時代だったらもしかしたら、女性をゲットできていたかもしれないが、今の時代はその考えで振り向いてくれる女性は少ない。
 
つまりおじさんは、おじさんだからナンパに失敗したのではなく
今の女性が好む男性像ではないから失敗したのだ。
 
世の中には「熟男」と言う言葉があるぐらい年上の男性は若い女性から人気があると聞く。
 
おじさんだからモテないと言うわけでもないのだ。
「モテるおじさん」と「モテないおじさん」の差はステータスと言うよりかは今の女性が何を求めているかを知っているか否か、その違いではなかろうか。
 
今私たちはいろんな価値観を持つ人が混在している世の中を生きている。
結婚観、恋愛観、仕事観、人生観。そのすべての価値があうことは巡り会うことは難しい。
 
たとえそれが同世代であっても、親しい友人であっても価値観は当たり前のように異る。
歳が離れているのならなおさら。
 
よくサラリーマンが「上司の頭が古すぎて企画が通らない」や「上の人が昔の人だから会社が古い体系のままなんだ」と赤提灯の店で愚痴を言う姿を見る。
確かに昔の仕事の価値観と今の仕事の価値観は違う。
昔は仕事こそ人生のすべてと言う風潮が蔓延していたとのことで「24時間働けますか?」などとの言葉がトレンドなるほど「仕事」が人生において重要視されていたらしい。
方や「仕事」と「私生活」共に大事にしていこうという意味を持つ言葉、「ライフアンドバランス」が、今のトレンド。
たった30年そこらでトレンドが真逆になったのだから上司と意見が合わなのは仕方のないことだ。
 
ただ、一つ言えるのは、何も上司は若い芽を紡ごうとして若い意見を拒絶しているわけではない。
価値観が違うが為に意見が噛み合わないだけなのだ。
そのことは認識しておくべきだろう。
その認識がなければ「上司は俺が嫌いだから俺の意見を通さないんだ」と卑屈になってしまい、永遠に意見が平行線をたどってしまう。
それより、「上司はこの意見を反対する原因はなんなのだろう」「上司の価値観と何が違うのだろう」と上司を観察し、上司の価値観と自分の価値観の違う点を見つけてあげた方が仕事は前進するのではなかろうか。
 
ナンパの件もまさに同じことが言えよう。
おじさんは、自分を良く見せることでステータスが高い人間だと言うことを女性に伝えようと奮闘した。
それは決して自慢をしたかったわけではない。
きっとおじさんは若い頃、自分のステータスをアピールして女性をゲットしていた成功事例があって、今回も昔のように女性にアピールしたのだろう。
しかし、残念ながらイマドキの女性に昔の手法は通用しなかった。
 
おじさんは幸いにもマスターの説明により、昔と今の価値感の違いに気づけた。
このマスターのようにおじさんの価値観と今の子の価値観が違うとの事実を上手く伝えられればどんな上司でも仕事はできるし、どんな人とも接することができる。
 
人をとことん観察し、生い立ちや、生きてきた時代背景などを知ることでその方の大事にしている価値観がわかるのだ。
 
まず、相手のことを観察すること。
そして、価値観の違いに気づいてあげること。
さらには自分の信じる価値観を相手にわかりやすい言葉で伝えてあげること。
 
この3つさえできればどんな人とも円滑なコミュニケーションができるようになるのではなかろうか。
さらに価値観の違いをお互いが理解し、認め合い、その違いさえも楽しむことができればこんなに素晴らしいことはないだろう。
 
私はそれを実現した人を知っている。
あのおじさんだ。
後日、違う女性をナンパした。
今度は前回の失敗を反省し、自慢を抑え女性の信じる価値観に耳を傾けたことで、素敵な時間を過ごしたそうだ。
その後も何回か2人で来店してるとのことでどうやら順調らしい。
おじさんの春の訪れは意外と近いのかもしれない、
そんなことを感じた居酒屋での出来事であった。

 
 
 
 

◽︎坂光太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
27歳
READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部
東京生まれ東京育ち
10代の頃は小説家を目指し、公募に数多くの作品を出すも夢半ば挫折し、現在IT会社に勤務。
それでも書くことに、携わりたいと思いライティングゼミを受講する
今後読者に寄り添えるライターになるため現在修行中。。。

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2020-03-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.72

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