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週刊READING LIFE vol.73

あなたは男を、何で選びますか 《週刊READING LIFE Vol.73「自分史上、最高の恋」》


記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)

※この記事はフィクションです。
 
 

私って、本当におめでたい女だな。こんな場所で平然としていられるなんて。
 
「それでは、お二人共通の友人代表の牧野響子さんより、お二人の馴れ初めに
ついてご紹介いただきます。みなさま拍手をお願いします」
パチパチパチパチ。
 
私って、ほんとうにおめでたい女だ。友人代表として、スピーチをしようとしているんだ。あの二人のために。
 
「裕也さん、美知子さん、本日は誠におめでとうございます。
友人代表として、ご挨拶させていただきます、牧野響子と申します。
裕也さんとは、小学校から友人です。同じピアノ教室に通っていました。
美知子さんとは、新卒で入った食品会社で同期でした。
入社して数ヶ月したときに、みんなでキャンプに行くことになり、
裕也さんのお友だちと私や美知子さんのお友だちで出かけました。
で、気づいたら、二人のおつきあいが始まっていて、あっという間に
結婚となりました。二人の友人として、こんなに嬉しいことはありません」
 
自分でも驚くほど、淀みなく、言葉が流れ始めた。
 
「裕也さんは、小学校の頃からおとなしいけれど、頑張り屋さんでした。ピアノ教室では、私より1年遅く入ってきたのですが。その頃は、手が小さくて、細くて、なかなか大きな音が出せなかったのですが、あっという間に追いつき、卒業の頃には、私よりも難しい教則本を軽々と弾きこなしていました」
 
そう、あの小さくて、細い指の裕也。あれは、小学校2年から3年になる春休みのことだった。私の家に、遊びに来た裕也とバイエルを弾いていた。2オクターブがなかなか弾けない裕也。
「違う。こうやって弾くんだよ」
少しイライラした私は、裕也の手を掴んで、2オクターブ先の「ラ」の音に届かせた。
「なにすんだよぉ」
手を払いのけた裕也が真っ赤になった。それ以来、私たちは気まずくなり、お互いの家を行き来しなくなった。
 
こんなことを考えながらも、私はスピーチを続けていた。
「大学に入ってからは、アルバイト先が同じでした。私はジャズバーのスタッフでしたが、彼はピアノの生演奏をしていました」
 
「久しぶり」
なにごともなかったように、裕也が声をかけてきたのは、大学生になったばかりの時だった。私がアルバイトを始めた地元のジャズバーに、彼もバイトで入ったのだ。お客のリクエストに答えて、生演奏をするバイトだ。出来すぎた話のようだが、最寄り駅でバイトしようとすると、場所は限られた。店もプロを雇わず、学生に演奏させることで、お金を浮かせていたのだろう。
 
「違う。こうやって弾くんだよ」
キモっ。
お店のピアノで遊んでいた私の後ろから、からかうように、裕也が私の指に触れた。
マジでキモっ。と思った。が、そのキモい指の印象は、手に残っていた。
子どもの頃は赤くなっていたのに、男ってなんなんだ。
「響子って、裕也くんと幼馴染なんでしょ。紹介してよ」
高校2年くらいから、そんなことを言われるようになった。OLの彼女とつきあっている、という噂も聞いた。どこか自信ありげな男になった裕也、若干気に入らなかった。
 
そんなことは、微塵も感じさせずにスピーチを続ける。我ながら女は怖い。
「私がアルバイト先でミスをしても、フォローしてくれる優しいところのある人です」
 
ガシャーン。
ある日、グラスを割ってしまった。新しいワイングラスだった。
「いいよいいよ。気にしないで」
オーナーに気を使われて、逆に落ち込んだ。
 
バイトの終わり時間に、キモい奴が話しかけてきた。
「気にすんなよ、響子」
私が黙っていると、偉そうに、頭をポンポンしてきた。
「やめてよ、キモい」
「えー。俺たち幼馴染じゃん」
「バカ。頭ポンポンは、好きな人にしてもらいたいのに」
「なんだよ、それ。俺のこと好きじゃないのか」
「好きなわけないでしょ。意味わかんない」
「俺はずっと好きだったよ」
「彼女いるでしょ!」
「いたって関係ない」
「関係あるって」
「ないよ。今度の休み、遊びに行こうね」
また頭をポンポンすると、裕也は帰っていった。
 
キモっ。と思ったけれど、なんだか、落ち込んだことは忘れていた。
キモいけど、嫌じゃない。そんな気持ちだった。
 
あの指だ。指の感触だ。大人になった裕也の指は、細すぎず、太すぎず、指先が
高級な万年筆のように、伸びていた。冷たいのに、触れた瞬間、どこか柔らかい。
そんな指だ。鍵盤を叩くように、私の頭を叩くなんて、マジでむかつく。
 
いや、キモいのは、私だ。裕也の指のことをこんなに考えているなんて。
 
誘ってきてからの裕也はなかなか強引だった。
「どこ行くか、決めた?」
数日後、メッセージがきた。
「行かないもん」
秒で返した。
「じゃあ、日曜の昼、面白いところに連れて行くよ」
「行かないって言ってるじゃん」
5秒待って返した。
 
「面白い場所って、普通に買い物じゃん」
ちょっと離れた駅のショッピングセンター。
私は口を尖らせた。結局きてしまったのだ。
「普通で悪いか」
「まあ、変にデートっぽいところに連れてこられるよりいいよ、裕也キモいから」
「ひどいな」
しかし、17時をすぎたとき、事件は起こった。
「屋上いこうよ」
「なになに?」
ショッピングセンターの屋上は、また色気のない場所だった。
動物の乗り物がいくつかあるだけ、のはずだった。
しかし、裕也は反対側を指差した。
 
遠くに海。そして、夕日がその海に沈んでいくところだった。
そう、指の先に、あの不思議な指の先に夕日があったのだ。
キモっ。なにこいつ。
でも、見たこともない夕日に、思わず見とれた。
その瞬間、手に、あの指の感触がきた。冷たいけれど、柔らかい。
「裕也、ほんとキモい」
と言いながら、繋ぎ返してしまった。
 
当たり障りないスピーチを進めながら、頭の片隅で、私はぼんやり思い出していた。
 
不思議な関係は、大学を卒業しても続いていた。
会う頻度は週に1、2度。夜だけ。話題のデートスポットに行くことはなく、
お互いの家に行くこともなかった。
 
会えば、手を繋いだ。キモいけど、つなぎたくなった。
曖昧なまま、私の友だちと裕也の友だちでキャンプに行くことになったのは、
社会人になって数ヶ月のことだった。
 
私、裕也の友だちになんて紹介されるんだろうか。
「もしかして、彼女、って紹介するつもり?」
とは聞けなかった。前の彼女のこともずっと聞けなかった。
 
「ねえねえ。裕也くんと響子って、つきあってるんじゃないの?」
美知子から聞かれた。キャンプから戻って一週間後だった。
「つきあうわけないじゃん。あんなキモいやつ」
「えー。息ぴったり合ってる感じだったけど」
「そうかな」
曖昧な関係すぎて、美知子には言えなかった。初めての会社の同期には
言いづらかった。付き合っているとも言えない。でも、友だちとも言えない。
いいところは一つだけ。あの指の感触だ。なんてことは言えなかった。
「響子、ほんとに、裕也くんとつきあってないのね」
美和子がもう一回聞いたのが気になったけど、私は大きく頷いたんだっけ。
 
それから数ヶ月後のことだった。
「あのさー。俺、美和子と結婚することにした」
裕也はさらっと言った。
「そうなんだ。えええええええ?」
一回うなずいてから、驚いた。
裕也は、答えることなく、こう続けた。
「二人の紹介、頼みたいんだけど」
頭をポンポンとしながら。
 
キモっ。ほんとキモっ。と思ったけれど、
でも、逆らえない。冷たく、やわらかい指の感触。
 
そして今、私は、二人のなれそめを話しているのだ。
「美和子さんは、入社研修の頃から仲良くなりました。美和子さんは、いつも冷静な人で、感情に流されることがありません。私は仕事で周りが見えなくなると突っ走るタイプで、よくアドバイスをしてくれるのです」
 
よしよし、褒めてるぞ、美和子のこと。
悔しいという気持ちはあまりなかった。負け惜しみではない。
なんだろう、この感じ。むしろ、お似合いだと思っているくらいだ。
 
別に、好きじゃなかったんだよな。裕也のこと。
指の感触だけだったのかも。
でなきゃ、「彼女にして」とか「結婚して」とか言っただろうし。
そこまで言う気にならなかったけど、居心地がよかったから、ずるずると4年くらい。
話はつまらないし、デートはバリエーションないし、だったけど、あの指で撫でられると
ほっとしたし、安心できた。でも、それだけ。ほっとして、安心できるだけ。
そう、この関係は恋なんかじゃない。もっと、さわやかで、お互いを思いやって、
みたいなもののはず。ずるずるなだけの関係だ。
美和子と結婚してくれれば、ずるずるも、終わる。終わりにできる。よかった。
 
「以上、少し長くなりましたが、お二人の紹介をさせていただきました。裕也くん、美和子を幸せにしてあげてください」
 
無茶振りに答えたよ。私。
と、二人の方を向いた時に、あれが見えた。
見えてしまった。
ありがとうと手を振る、裕也の指。指。
 
あの指は、もう、私のじゃないんだ。
 
二人が少し、にじんで見えた。
ちがう。これは、祝福の涙。友人代表としての涙。
何度でも言う。
これは、絶対恋じゃないから。
指が好きだっただけだから。
わたし、キモっ。
 
あなたは男を、何で好きになりますか。

 
 
 
 

◽︎射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.73

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