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週刊READING LIFE vol.82

NOと言えなかった人生を取り戻すために、生きるんだ《週刊READING LIFE Vol.82 人生のシナリオ》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
「あんたも、変わってるわね」
「何が?」
「いつも1人で、もがいてるだけじゃないの」
 
母は言った。
 
「別に、何かやらなくたって十分じゃない? 今更」
「まあ、そうだけど」
 
13年前。
専業主婦から脱却したくて、社会復帰したくて、懸命に職探しをしていた頃だ。
ああでもないこうでもないと、メールで祈られ面接を受けては落ちまくっている私が相談した時、母はそう言った。
 
まあね。確かに、その通りだよ。
おっしゃる通り。
だけど、やめないと思う。
引き下がる気は、全くないから。

 

 

 

自分の半生を考えてみると、親には一度も、「〜〜しなさい」と言われた記憶がない。
そこから更に小さい頃の記憶までさかのぼると、たぶん、親に面と向かって反抗した記憶もないのだ。
 
思えば、小さい頃、これでもかという数の習い事をしていたっけ。
幼稚園の時は、受験のための幼児教室。
小学校1年生に上がると早速、エレクトーンとスイミング。
2年生になると、絵画教室と美術教室。
3年生になると、書道教室とアスレチッククラブ。
5年生になると、学習塾。
 
こうして書き出してみると、自分から「行きたい」と言ったのは、小1の時に始めたエレクトーンだけだ。
でもそれもよくよく思い出してみると、一番最初は、
「小学校に入ったら、ピアノがやりたいの」
って、言ってた。うん、間違いない。確かに私はそう希望した。
 
でも、どうしてそれがエレクトーンになっちゃったんだろう?
あんなにピアノを習いたかったはずだったのに、結局私はピアノを習っていない。
どこでピアノからエレクトーンに変わったんだっけ?
 
おぼろげな記憶を頼りに、考えて考えて、思い出した。
ピアノがやりたいと言って、音楽教室に申し込みに行ったその窓口で、母はこう言ったんだった。
 
「ピアノは、鍵盤が重たいから、子どもじゃ弾くのが大変よ。バネ指みたいになるって言うじゃない。エレクトーンなら鍵盤が軽いから、エレクトーンにしなさいよ」
 
そうだった。窓口で母はそう言ったんだ。
そのことに、私は結構不満だった。
 
えー、なにそれ!
私は、ピアノがしたいんだよ、お母さん。
なんでエレクトーンをしないといけないの? なんでピアノはダメなの?
 
そんな風には、言えなかった。
いや、正確に言えば、「言わないのが普通」だと思っていた。
駄々をこねる、ということをまるでしなかった私は、そのままピアノではなくエレクトーン教室に通うことになった。
 
それからの習い事は、ほぼ母が決めてきた。
「あなたは泳ぎが上手くないから、日曜日はスイミングクラブに行きましょう」
「絵が下手だから、昔行ってた幼稚園にあった、絵の教室に行ったら?」
「図工の成績がよくないから、近くの美術教室に申し込んでおいたわよ」
「習字が始まったから、どこか行かないとね。この間、曜日も時間も決まってなくて、空いてる時ならいつ行ってもいい習字の先生がいるって聞いたわよ。そこはどう?」
「体育の成績がよくないし、運動もできないから、水曜日は学校から帰ってきたらアスレチッククラブに行きなさいよ」
「そろそろ内部進学試験があるから、国語と算数だけ塾に通ったら? 教え方がいい先生がいるそうよ」
 
覚えている。どの習い事も、私は母に連れられて見学に行った。
みんな母の発案だった。母の言い方は、ゴリ押しでも無理強いでもなかったけど、私はNOを言わなかった。
実際に見学に行くのも、母は無理やり私を引っ張って行くのではなかった。嫌々行った記憶もない。
 
ではなぜ、全部の習い事に異を唱えず、くっついて行ったのだろう。
1つには、自分が子どもだったということはある。
幼稚園小学生の子が、親から「これはあなたにとって必要なことだから」と言われたら、よほど気が進まない限り、大抵は言うことを聞くだろう。
 
あとは、多分、母に対して頭から反抗する気持ちがなかったからだと思う。
言われたことに対して強烈に、「これはやりたくない!」「これは嫌だ!」と反抗することがなかったんだな。考えもしなかった、と言った方が正しい。
裏返すと、それだけ母が好きだったし、逆らうなんて夢にも思わなかったからだろう。
 
幼い時はなんとも思わなかった沢山の習い事を今振り返ると、よくもまあこんなに、自分の意思ではないことをしていたものだと感心する。それと同時に、そんな自分がどこかで歪まされてしまってたのではないかという気もしてくる。

 

 

 

「人に言われた通りに生きる」ということについて、もう1つ鮮明に思い出すことがある。
 
結婚が決まり、色々なところに挨拶に行った時のことだ。
仲人宅にも挨拶に行った。仲人をしてくれる人は、夫の上司だった。当然だけど失礼のないようにしないといけない。
 
緊張しながら、私は挨拶をした。話が進み、場がほぐれてきた頃合いで、仲人からこう切り出された。
「あなたは、お仕事は続けるの?」
「はい、続けたいと思っています」
「そうかあ。でも遠くなっちゃうよね。大変だったら、辞めちゃえば?」
一瞬、この人はなんてことを言うんだろうと思いながらも、私は答えた。
「とりあえず続けるつもりですので……」
「まあまあ、せっかく入った職場だから、続けますよね」
仲人の奥様が助け舟を出してくれたので、その場は収まったが、私の心の中は不快な気持ちでいっぱいになった。
 
人が仕事を続けるのか、続けないのか、そんなこと、あなたに口出しされたくないよ。
 
もちろん夫とも話し合った。そして結婚後も仕事を続けるということは決まっていたけど、周りはそんな目でしか見ていなかったのだった。それが平成の初めの頃の「ものの見方」であり「常識」だった。
 
結婚後は新居が職場からとても遠くなり、通勤や家事に負担が増すことはわかっていた。
わかってはいたけど、辞めたくはなかった。
こうして仕事を続けていた私の周りでは、どういうわけか、私が仕事をすることに対して否定的な感想を持つ人が多かった。
 
「そんなに朝早くから夜遅くまでお仕事じゃ、ご飯の支度大変でしょう?」
「旦那さんの方が帰りが早いの?」
「しばらくしたら辞めるんでしょう?」
 
声の主は、職場の人だったり、義母の友人だったり、夫の同僚だったり、様々だった。
なんでこの人たちは、私が仕事をすることにこんなにネガティブな意見をぶつけてくるんだろう?
そんなことを思う隙もなく、会う人会う人ごとに「いつかは辞めるんでしょ?」と言われていた。あの頃、私が仕事をすることに積極的に賛成してくれた人はほとんどいなかったと思う。賛成していた人は、自分の両親くらいなものだった。
 
そして、夫も、義両親も、いつの間にか遠回しに「私が仕事を辞めることを前提とした会話」をしていることが、私にとってはとても苦痛になっていた。
 
嫁に面倒を見てもらうことが前提の会話。
楽をさせてもらいたいということが前提の会話。
 
義両親は地方出身だ。日本でも指折りの封建的な地域の育ちだから、関東のリベラルな考え方などは到底受け付けない。そんな感覚のズレも徐々にわかって来てはいたけど、本音をポロポロこぼされる会話を聞かされるこちらとしても、キツかった。
 
あんなに、結婚後も仕事を続けたいと話し合ったのに。
やはり、生さぬ仲のこの人たちには、私の気持ちなんてわかってはもらえないんだ。
 
そう思いながらも、若かった私は、そこに大きく反論することはなかった。
わかってはもらえないという気持ちもありながらも、「親だから逆らえない」「目上の人だから、逆らっちゃいけないんだ」という強迫観念のようなものがあった。
 
そんな想いを抱えながら仕事を続けていたが、1年ほどして体調を崩してしまった。
絶対安静と言われ、1ヶ月くらい仕事を休むことになった。
 
休んでいる間、色々考えた。
このまま仕事を続けるべきなのか、それとも辞めるべきなのか。
散々考えたが、結局退職することになった。
 
今思うと、あの時、希望を言って、意地を押し通して、「仕事を続けたい!」と叫ぶ選択肢もあったのかもしれない。でも、私はそれをしなかった。
みんなに負担をかけ、心配をかけてまで、仕事を続ける気があるのか? 私は死ぬほど自問自答した。
もちろん続けたい。でもこうして身体を壊している自分がいる。これ以上、迷惑をかけられない。
 
私の近くにいた人からは、誰も「頑張って仕事続けて!」という声は聞こえなかった。
私さえ辞めればいいんだ。
誰に面と向かって言われたわけではないのに、次第に外堀を埋められたような、常に常に責められているような感覚に襲われた。
責められることから解放されるのなら、仕事は辞めよう。そちらの方に自分の気持ちの軸が向いた。そして私は退職届を出し、新卒で入った職場を3年で辞めた。

 

 

 

こうして私は専業主婦になった。
子どもなども生まれてしまうと、昼も夜もない忙しさになった。
あんなに仕事仕事とこだわっていたはずなのに、面白いもので、絶対的に責任感が必要とされる母親業が降ってくるとそっちに夢中になってしまった。夢中というよりも、面倒を見ないことにはどうしようもないのが小さい子どもなのだから仕方がない。
 
子どもたちは赤ちゃんから幼児になり、幼稚園、小学校と育った。
上の子が中学に上がる頃、ふと思った。
 
「私は、このままでいいのだろうか」
 
世の中には、結婚してもそのまま仕事を続けている女性は多くいる。出産して育児しながらも何人も育てている母親も沢山いる。最初の仕事を、半ば周囲に折れる形で辞めてしまった根性無しの私だけど、それでも社会復帰をしてみたいと思う気持ちもあった。
仕事を探してみようか。何年振りかわからないくらいブランクの空いた私の職探しが始まった。
 
とは言っても、正規の職を辞してブランクのある女性には、なかなか世間は仕事なんて与えてはくれない。
実家の母に相談すると、別にいいんじゃない? とは言われたけど、
「今更、あくせく仕事を探さなくてもいいんじゃないの? 今のままで十分やっていけてるんでしょ?」
とも付け加えられた。
 
確かに、何にもしなくてもやってはいける。でもそれじゃ絶対に後悔する。
もう、自分の気持ちを押し殺して生きたくない。
私が本当にやりたかったことを探したいんだよ。
 
そう心の中で叫びながら、就活をした。
一体何社落とされたかわからないくらい、落とされた。そしていくつかの職を経た。
社会復帰したのが2007年、目の前の仕事を精一杯こなしてきた。うまくいった仕事もあれば雇い止めもあった。無我夢中で過ごし、気がつくと13年も経っていた。
 
仕事とは、その多くの割合で、辛いことは発生する。
もしも途中で社会復帰しなかったら、悠々と勝手に呑気に暮らせていただろうし、こんなに嫌な思いもしなかった。屈辱的なことだって鬼ほどあった。
 
嫌なことなんて、誰だって避けて通りたいに決まっている。それでも自分が今まで、やりたいことはやってきたつもりなのに、考えてみると実は本当にしたいことは何もできてなかった人生だということに気が付いたから、再び仕事をしてみようと思ったんだ。
 
仕事には嫌なこともあるなんて、そんなこと、わかり切っている。
それでもその強い信念があったから、今、働くことができている。
 
振り返れば、自分の人生には言いたくても言えなかったことが山のようにあった。そのために随分遠回りもしてきた。
でも、もう迷わない。
今まで散々、NOと言えなかった人生を取り戻したくて、私は生きていきたい。
本当にやりたいことをするためには、時には堂々とNOを言わなくてはいけない時も来るだろう。
人生のシナリオがどうなって行くかはわからないけど、最後に絶対に後悔だけはしたくない。そのためだけに、生きていくと決めた。
この先、誰が何を言おうと、それだけは譲るつもりはない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属。
東京生まれ東京育ち。3度の飯より映画が好き。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-06-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.82

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