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週刊READING LIFE vol.82

今こそ本気の臥薪嘗胆を!《週刊READING LIFE Vol.82 人生のシナリオ》


記事:綾 乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
恥の多い生涯を送って来た、などと言う程度では済まない。
私の人生は失敗ばかりだ。
 
小学生の頃は、まったく勉強をしなかった。そのくせ、先生には目をかけて欲しいと熱望した。教師は出来がいい子か問題児を構う。可もなく不可もない私は、当然ながら、放っておかれた。その結果、私は学校が楽しくなくなり、いじけて、登校拒否を繰り返した。
今思うと、学校生活をもっとまじめに取り組んでいれば、先生にもかわいがってもらえ、日の当たる幼少期を過ごせたのではないかと後悔する。
 
高校時代、志望大学だけは早々に決めた。友人たちが悩んでいるのを尻目に、早めに進路決定したことに安心し、受かったような気分になった。そして安心した。
結果は、またもや勉強をしなかったので、受験に惨敗した。友達が大学生として青春を楽しんでいる陰で、予備校生として勉強に身も心も捧げる羽目になった。
 
その後、大学入学後や社会人になってからも、失敗をやらかすのだが、いちいちあげていても切りがない。
 
そう言うわけで、私は座右の銘を「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」にしている。
負け戦のあと、やり返すことを誓い、その決意を忘れないために、薪(たきぎ)の上で寝たり、苦いキモをなめたりするという、中国の歴史書由来の言葉だ。
誰かに聞かれたり、街頭でインタビューを受けた時は、そう答えるようにしている。
ただし、今まで誰からも聞かれた尋ねられたことはない。
 
「それほど失敗ばかりしているのだから、さぞかし、次の経験に活かせるでしょう」と思われるに違いない。
私もそう考える。しかし、現実は上手くゆかない。
 
失敗をすると、当然ながら落ち込む。
落ち込みようは大抵深く、泥だらけの沼底で殻に閉じこもる。
しかし、しばらくすると、「これではいかん」と少しだけ外の様子をうかがい、たまたま耳にした音楽やテレビドラマに、勝手に励まされ、殻からはい出て立ち上がる。
そうしてまた普段通りの生活に戻ってゆく。
 
この繰り返しなのだ。
失策を後悔しても、飽きっぽいのか持続性がない。そのうえ単純なので、目の前に転がっている物事が自分のことを応援していると前向きに解釈して、図々しいくらい、さっさと立ち直る。
 
このことは、自分のメリットだと思っていた。
失敗を引きずるのは周囲の人たちに迷惑がかかるし、後悔が長引くと自分の心身にもよくない。
けれども、どうにも回復が早すぎる気がする。そのせいで、また失敗をしでかすように思える。
 
後悔はするのだが、反省をしない。それでいて時がたてば回復だけはする。そう、「恥」を恥とも思わずに、しれっと普通の生活を再開するのがよくない。
 
「恥の多い生涯を送って来ました」
そのように、自分のことを客観的に見て、分析をしている「人間失格」の主人公・大庭葉蔵(おおばようぞう)の方が、よほど人としてやり直せる見込みがあるではないか。
 
それに比べて、私は。
「大丈夫だよ、またチャンスがあるよ」と根拠のない希望の言葉で自分を慰め、甘やかすだけだ。
臥薪嘗胆どころか、ふかふかの布団に身を休ませ、甘い汁で肥え太らせているだけではないか。
クリアしたい目標があるのに、臥薪嘗胆を座右の銘にするだけで安堵し、実践をしない。
だから、目標達成もできないし、何事にも失敗する。そしてしくじってもその経験を次に活かせず、また似たような失敗を繰り返してしまう。
危機感がなく、進歩がない。
 
目標を達成するために、計画を立てていないわけではない。立てるには、立てる。
ただ、実行できたためしがない。
 
会社の仕事で企画書を書いている。当然、締め切りがあるので、それに合わせて、いつまでに何をやって、何月何日までに仕上げて、誤字脱字をチェックする……と予定を立てる。
しかし、締め切り日が遠ければ遠いほど油断をし、他のことをやってしまい、結局は締め切りの前日に、泣きながら仕上げることが多い。
 
仕事の現場だけでなく、日常生活でも計画性を持って、生きているつもりだ。
例えば、会社にゆく時、7時45分に家を出ようといつも決めている。だが、やはり家を出るのはいつも7時50分を過ぎる。そして大概、予定をしていた電車の一本後に来る地下鉄に乗ることになる。
 
私は小説家を夢見て、せっせと新人賞に応募しているのだが、ここでももちろん計画を立てながら、書いている。
しかし、やっぱり、どういうわけか予定通りにことが進まない。挙句の果てに、今年の三月に応募するはずだった原稿は時間切れで「当日消印」に間に合わない事態まで起きた。
 
ただ、何でもかんでも立てた計画が実行できていないわけではない。こんなぐうたらな私にも、唯一成功している計画がある。
それは貯金だ。
 
お盆休みに旅行に行くために、5万円が必要だとする。わびしい給料なので、1か月分の給与の中から、いきなりその額を使うと後が苦しい。なので、月々1万円を5か月かけて貯める。
こんな具合だ。
このやり方で、結婚資金を貯め、車を購入し、家も買った。
貯めては使うので、残金がいつも、すってんてんであることは言うまでもない。
 
なぜ、貯蓄計画だけ上手くゆくのだろう。金銭に細かいからだろうか、それともケチだからだろうか。
それもあるかもしれないが、何か違う気がする。
 
「将来、〇〇を買うために、□□円を、△か月かけて貯める」
そこには、ストーリー性がある。
私が今までこしらえていた他の計画は、そう言えば、すべて箇条書きだった。
・小説の構想を練る
・〇月△日から小説を書き始める
・休日に原稿用紙10枚を書く。
・締め切りの1週間前に仕上げて、見直す……
 
計画である以上、こういう形式でもいいのかもしれない。しかしこれには、流れがない。ひとつひとつがぶつ切りで、単なる「やることリスト」になっている。
貯金計画の時とは、かなり異なる。
 
小説を書きたい、と言いつつも、実はその手法をまるでわかっていない計画を立てていたのだ。
 
小説では、前後の脈絡がなく、偶然、うまい具合に人や物が現れる「ご都合主義」はNGとされる。
また、納得できる理由が示されていない「論理的に破綻」しているストーリーもよくない。
それらを理解していたつもりで、私は少しもわかっていなかった。
 
私の計画は、前後がつながっていない唐突な「ご都合主義」で、やる理由が明らかになっていない「論理的に破綻」しているものだった。
私が実行するためには、これでは駄目だったのだ。
 
では、どうすればいいのか。
 
「〇〇するために、〇〇になるために、今は□□をやっておく。△か月かけて、準備する」
こうでなくてはならなかったのだ。私には、ストーリー仕立ての計画が必要なのだ。
つまり、それは「シナリオ」だ。
 
小説家になりたいと念じていて、他人の物語ばかりを書いていた。けれども、今の自分に、まず必要なのは、自分の人生のシナリオを書くことだ。
自分のものがたりを書かないで、どうする。
 
私は、ストーリーを持った計画を、自分のために書き始めた。
その効能がまだよくわからなかったので、すぐに結果が見える、小さなところからスタートさせた。
日常生活に「シナリオ」的な予定を盛り込んでみたのだ。
 
在宅勤務中の現在、やらねばならないのに、なかなか手がつかない仕事があった。
2か月先に行われるコンペの、勝ちどころを見極めて、文書化すると言う内容だ。
まだ日にちに余裕があるので、先延ばしにしていた。けれど、この油断のせいで、いつも最後に泣くのだ。それを嫌と言うほどわかっている。でも、着手しないで他の仕事をしていた。
 
そこで「シナリオ」だ。
「勝ちどころ」を早めに作り、メールで配信する。それはチームのメンバーから「お、早いね」と感謝されるためと、自分で提案の方針を決めることで、これからの企画書づくりなどの作業をやり易くするため。
時間は、その日の午前中に集中して一気に仕上げる。そしてやり終えることができたら、昼休み中に録画していたDVDを見てもいい。
そんなエサまでつけ添えた。
 
そうしたところ、今まで放置していたのが嘘かと思うほど、はかどった。
2時間足らずで書面にまとめ、「えいっ」とメールで流した。それからランチとともに大河ドラマを楽しんだ。
 
この結果には自分でも驚いた。
いい気になって、他にも応用した。
今まで無駄にだらだらとやっていた掃除が、時間にしてそれまでの3分の2くらいに縮まった。
さらに、だらけてボケっとテレビを見ていた時間を、読み物に充てることができた。
 
これらのことは、普通の人たちにとっては当たり前であるのかもしれない。けれども、ぐずで先延ばししかしない私にとって、ほぼ予定通りに物事が進むことは、画期的で、本当にびっくりする出来事だ。
 
この調子で、人生の最大目的である、物書きとして食べてゆく計画も、ストーリー仕立てにすることができるだろうか。
その前に、まず、小説家になるための、シナリオが必要だ。
 
新人賞に応募するための原稿を書く。
そのためには、3か月間かけて準備をする。
それと同時に、応募する賞のかつての受賞作に目を通しておく。小説の作法を身につけておく。その他、現代作家の作品を読む。
 
長さは箇条書きの時と、大して変わらない。けれども、きちんとストーリー仕立てになっている。「足りないことを補う」と言う動機づけも、同時に示している。
あとは、これに日々のやることを細かく書き出して、それに日付をつければいいだろうか。
 
自分に甘い人間であることは、十分にわかっている。だから口先だけ「臥薪嘗胆」と唱えて、何もしてこなかった。まだ時間に余裕があると甘く見積もり、だらしなく時を無駄にしてきた。
けれど、いつかはシナリオを作らなくては、夢なんか叶わない。シナリオに基づいて、自分のドラマを生きなくては、誰かが作った、どこかで見たような、新鮮さも面白さもない、他人の人生をトレースするだけだ。もしくは、誰か輝く主人公の後ろで、森の木となって、突っ立っているだけだ。
 
それは嫌だ。
だから私は、今こそ本気で臥薪嘗胆をする。それは単に、辛いことを戒めとしてやるだけではない。
ストーリー性がある計画を立てて実行する。そんな現代に合った臥薪嘗胆を、だ。
そうして、小説家の夢に向かって修練しよう。人生の時間切れにならないために、今こそ取り掛かるのだ。

 
 
 
 

□ライターズプロフィール
綾 乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「天狼院書店」主催のライターズ倶楽部で文章修業をしている東京在住の会社員。
先日、同書店の店主であり、師でもある三浦氏より、小説講座をすすめられ、受講。小説家・千澤のり子先生の熱血講義にはまり、自己流では補えない、たくさんのことを学ぶ。

この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-06-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.82

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