週刊READING LIFE vol.83

「振りかぶってその一球を」《週刊READING LIFE Vol.83 「文章」の魔力」》


記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
「だって、俺、作文きらいやもん」
 
お母さんに連れてこられたAくん。席に座ってふくれっ面をしている。横ではお母さんが困った顔で無理矢理笑顔をつくっている。
 
あぁ、そうだよね。うん、君の気持ちはよく分かるよ。私自身、作文が好きではなかったから。
 
4年前の夏休みの初日。セミナー会場には10組ほどの親子が集まっていた。私が開催する夏休み親子読書感想文教室。3時間で読書感想文を書くという講座だ。もう100組近くのお子さんの読書感想文を見てきた。親が申し込むこの親子読書感想文教室。子どもたちは連れてこられる立場の子たちがほとんどだ。
 
9月に入って、Aくんのお母さんから電話があった。
 
「うちのAが文ちゃんに話したいことがあるって言うのでお電話しました」
 
お、Aくん、久しぶり、どうしたの?
 
「俺さ、作文得意かもしれん」
 
え? なになに? どうしちゃったの?
 
「市の読書感想文の優秀賞に選ばれたんだよね」
 
そうか、よかったじゃない! そう電話で話をしながらAくんの照れ笑いしたような、得意げにしている顔が目に浮かんでいた。
 
何よりうれしかったはAくんが、自分が作文を書くのが得意と思えたことだ。賞をもらえたことももちろん嬉しいことだったと思う。でもそれ以上に「自分の思ったことが文章として表現できた」喜びが大きかったのに違いないと思う。
 
夏休みの読書感想文は、宿題のラスボスだ、と言ったお母さんがいる。
 
読書感想文教室でも、横からお母さんがあれこれと子どもの作文に指図する光景はよくみる。最初にそれはしない、とルールを決めていてもつい言いたくなってしまうのだろう。
 
そのために私はある秘密兵器を用意してある。
 
「お母さんたちで、作文に興味がある方が多いようなので、ぜひご自分でも書いてみませんか? 3分で読める名作を印刷してきましたから、ぜひどうぞ!」
 
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とか梶井基次郎の『檸檬』とかすぐに読める文章を印刷して何部か用意してある用紙を取り出して見せる。
 
すると、この言葉への反応はだいたい2パターンに分かれる。自分が作文を書く? と急にシーンと黙りこんで目を合わせなくなるお母さんか、「書いてみようかしら」と手を上げるお母さんか。
 
あるとき、「書いてみようかしら」のお母さんが多い回があった。手を上げたものの、普段は全く文章を書かないお母さんが、ウンウンとうなって文章を書いていた。隣に居た、小学校5年生の男の子が嬉しそうに「お母さん、僕がおしえたろか?」
 
文章を書くのが好きでない子どもと、はやく文章を書かせようとするお母さん。最後は親子で大喧嘩になりながら、泣きながら子どもが作文を書くという話をよく見聞きする。なぜだろう。
 
文章は何のために書くのだろう。何かを説明するため、誰かに伝えるため。でもその一番の原点は自分が思っていることを見えるようにすることだ。その方法が文章にする、という事だ。そしてそれは本来、簡単でもないけれども、それができたときはとても気持ちのいいことなのだ。
 
夏休みの宿題は早々に済ますタイプと、最後の最後までもちこむタイプがいる。私はもちろん後者だった。
 
夏休みの8月30日。目の前には原稿用紙。横には読み終わった課題図書。本は好きだった。むさぼるように読んだ。ところが、宿題の読書感想文を書こうと原稿用紙を目の前にしたとたんに何を書いたらいいかわからなくなるのだった。
 
一番嫌だったのが、それでもそれなりのことを書こうとしてしまう自分だった。なんとなく求められそうな、なんとなく大人が喜びそうな文章にまとめていく。
そして、問題はそれがそれなりにできてしまったことだ。そのせいで時折、作文の賞などをもらったりもした。でも自分が一番よく分かっていた。本当に自分が書きたいことをかけてないことを。
 
世の中では何を言いたいのがが曖昧な文章が、見栄えがいいというだけで評価される側面が未だにある。もちろん見る目がある人が見ればすぐに分かるだろう。しかし、日本では未だに読書感想文も、大人の企画書や文章も、そのなんとなくの文章が評価されるのもまた、事実だ。でも書いた人は心のなかでわかっているはず。それが本当に自分の感じたことなのかどうなのか……
 
もう2年前の話になる。
天狼院のライティングプロゼミに移籍して2期目の時。当時のライティングプロゼミでは、天狼院の三浦さんご自身が原稿の講評をされていた。プロゼミ1期目、ビギナーズラックでそれなりに掲載されていた私の原稿が、ほとんど掲載されなくなったのだ。どうしてだろう。心のなかでぼんやり原因は分かっていた。ある日、やはり掲載されなかった原稿に三浦さんから講評がついた。図星の内容だった。
 
「青木さん、これ悪くないんですよ。多分ライディングゼミなら掲載レベルなんです。でもここはプロゼミです。青木さん、この文章書くの、置きにいってますよね?」
 
この講評をFacebookのコメント欄で目にしたとき、胸の奥で心臓がドクンと鳴った。正直、ショックだった。
 
「置きにいく」
 
もともと野球用語だ。ピッチャーが打たれることや、フォアボールを恐れて無難なところにボールを投げることを言う。思い切って投げずに、緩やかにストライクを無難に取りにいこうとすること。転じて、リスク覚悟で思い切ってやらずに、間違いがないように安全牌をとりにいくことを指すようになった言葉だ。
 
あのときと一緒だ。
それらしい読書感想文を書いていたときと一緒だ。
苦さを思い出した。なんとなくまとめて、なんとなく喜ばれそうなことを置きに行って書いている。自分が本当に伝えたいことに向かい合わずに、逃げている。三浦さんは見抜いていたのだ。私がその記事を思い切って書いていないことを。それらしいところでまとめようとして書いていたことを。
 
もう、やめよう。
 
置きに行くのはやめよう。それがフォアボールになっても、打たれたとしても。曖昧なボールでそれっぽいストライクを取りにいくのはやめよう。だって自分が一番わかっているのだから。
暴投になったとしても、力一杯振りかぶって、マウンドから思い切りボールを投げよう。次のプロゼミの12本の記事は今でも自分の中で思い出せる記事ばかりだ。結果論だけれども、次のプロゼミの期で私ははじめてメディアグランプリで総合優勝をいただいた。
 
親子読書感想文教室の2年目だったろうか。ある女の子とお母さんが受講してくれた。女の子は成績優秀。目がぱっちりとしていかにも聡明そうな彼女は、今まででも読書感想文で賞をもらったことが何度もあると聞いた。
 
その子が読書感想文教室を終わって、近くの図書館で、お母さんと一緒に書きあがった内容を原稿用紙に清書したという。そのときにお母さんにこう言ったらしい。
 
「私、今まで書いた文章の中で、今日書いた文章が一番好き。賞はもらえないかもしれないけど、私が本当に思ったことが書いてあるから」
 
お母さんからのメールにそう書いてあった。
小学校の時の私がほしかったもの。私はその実感がほしかったのだ。自分が本当に思ったことが文章に表現したかった。その文章を読んでみて「私が言いたいことはこういうことなの!」と自分にうなずけるような文章。
 
2020年大学入試改革の目指すのは「考える教育」だという。誤解を恐れずに言えば、考える教育に不可欠なのは文章を書けるようになることだ。どこかのコピペではなく、ありがち 内容でなく、本当に自分が思ったことを文章に書く力をつけること。
 
自分が考えていることが見えるようになる。これこそが文章の力だ。不思議なことにそれは文章に書いてみないとわからない。逆説的だが、書くことによって自分が考えていくことの輪郭がくっきりしてくる。
 
自分の輪郭をはっきりさせることが生きることの一部でありたいと私は思う。だから、今日も私は文章を書こうと思う。無難に置きに行くのでなく、大きく振りかぶって思い切り一球一球を投げようと思うのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-06-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.83

関連記事