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週刊READING LIFE vol.84

楽しい農業は可能か?《週刊READING LIFE Vol.84 楽しい仕事》


記事:黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
今、農業に従事したいという人が増えているそうです。
特に都心で暮らしている人にとって、自分で畑を耕し、自分で世話をした野菜を食べるという、いわゆる「スローライフ」は、憧れの生活様式かもしれません。
 
畑仕事をしたい、自分で収穫した農産物を食べたい、自然とともに生きたい……そう考えることは、自然の一部である人間にとって、ごく普通の感情かもしれません。
 
しれません、が、私にはとても違和感のあることだと思っていたのです。
「農業をしたい」という言葉に、何か素直に賛成できない、引っ掛かりがあるように思えたのです。
 
もちろん、農業に携わることは、とても素晴らしいことだとわかっています。
特に、農村地方で若手の農業の担い手が少なくなってきている昨今、新規農業者が増えることは、大歓迎のはずです。
 
私にもそれくらいは分かります。
農業を志す若者が増えるのは嬉しいし、退職された方が原点回帰のように農業に居場所を求めることも、とても幸いなことだと思っています。
 
しかし、それを差し引いても、「農業をしたい」という言葉を聞くたびに、何か引っかかる、違和感を覚えてしまうのです。
 
これは私の心にひねくれた部分があるからかもしれませんが、大きな要因として、私の育ってきた環境があるからかもしれない、と考えました。すると同時に、あの違和感が解消されるようにもなったのです。
 
私が生まれ育ったのは、都心の代名詞たる東京都のすぐ隣にある山梨県です。
すぐ隣にありながら、多くの山々が重なり、それに遮られるかのように「都心っぽさ」がどんどんと薄れていった場所。
 
要はかなりの「田舎」でした。
 
東京に隣接した他の県と違って、本当に地続きなのかと疑ってしまうくらい、東京の洗練された雰囲気の一欠片もなくなってしまいます。
 
いや、失礼、言いすぎました。
とにかく、良くも悪くも都心から少し移動しただけで田舎になってしまう地方、それが私の生まれ育った地域でした。
 
その山梨県は「果樹大国」です。
県産の桃やブドウは、県の主要な特産物として、全国に知られています。
 
兼業、専業にかかわらず、自分の農地を持って農業に従事している家庭は、たくさんありました。
ちなみに、私の家の周りは、ほぼ兼業農家でした。祖父の代から教員家系でしたが、同時に、農作業もしっかり行っていました。
 
ですから、季節によっては、平日は農作業をしてから学校へ出勤、休日は一日中畑仕事、というスケジュールが当たり前のように繰り返されていました。
 
もちろん、子どもとて例外ではありません。人によっては十分貴重な戦力です。
体力のない私はやはり戦力外でしたが、できることは手伝った理、将来を見越してなのか、手入れの方法をいくつか習わされました。
 
小学校・中学校でも、畑作業というか栽培学習というか、とにかく勉強の一環として、農作業を行う畑を持っていました。小さな場所ですが、それでもたくさんのじゃがいもを植え、実った暁にはみんなで調理(といっても焼いたり蒸したりした程度ですが)して、収穫を喜んだものでした。
 
山梨の農家に生まれた子どもは、大体このようにして、農業のイロハを学んだものです。
ですから、農業は特別なものではありません。普通にあることです。
 
そしてこの「特別なものではない」「普通にあること」というのが、あの違和感に関係していたようでした。
 
すなわち、農業の「喜び」が、当たり前のこととして薄れていたのです。
 
山梨県民「あるある」に、「桃やブドウはお金を出して買うものではない」というものが挙げられます。なぜなら、家で作っているか、そうでなければ周りの家でくれるか、だからです。
いわゆる「はねだし」というやつで、出荷できないような小さなものや少し傷んでいるものは、処分するしかないのです。かといって自分の家だけでは食べきれない。そこでご近所にお裾分け、ということになるのですが、そのご近所でも当然のように桃やブドウを作っている、という状況です。
 
毎年当たり前のように実り、当たり前のように収穫される。
当然、それは当たり前ではなく、その収穫のための並々ならぬ世話や作業があるわけですが、とにかく毎年収穫物を目にすることができるようになると、そのありがたさが曇ってしまうのです。
 
収穫の喜びがなくなるわけではないのですが、当たり前になってしまう。するとどうなるか。
皆さんも思い出してみてください。仕事や趣味でも構いません。あんなに楽しかったものが、回数を重ねるごとにいやなことばかりが目立ってしまうこと、ありませんでしたか?
 
そう、畑仕事も、収穫の喜びより、日々の大変さの方が目立ってしまうのです。
いやな面ばかりが強調されてしまうのです。
 
特に思い出深いのは、中学生の時の登下校の時。
夏場は暑いので、分厚い防護服を着て行う農薬散布の作業は、ちょうど朝方の登校時間や下校時間という、涼しくなった時間にかぶってしまうのです。
 
したがって、その作業をしている畑のそばを通る時には、農薬をかぶってしまう場合もあるのです。もちろん、空気中のごくわずかな量ですので、健康上の問題はないのですが、気分的に不快になってしまいますし、匂いもしばらく続きます。それがどうも嫌でした。
 
他にも、ブドウであればずっと手を上げて作業をしなければならないし、桃であれば脚立に登らなくてはならない時もあります。もちろん、収穫期である夏、あるいはそれまでの炎天下の中です。
 
暑いし、腕は痛いし、蚊に刺されたりするように虫は出るし……とにかく農業にあまりより思い出がないのです。
 
つまり、その大変な農業に、どうして参入したいのか。それは農業の辛い側面を知らないからではないか。
 
私が抱いた違和感とは、おそらくそのようなものだったのです。
今まで当たり前のように目の前にあった農業を、どうして特別に思うのだろう。特別に思うだけではなく、実際にやってみようとする。
 
「農業をやってみたい」と言う人々を、私は酔狂なことを言う人と捉えていたのだと思います。
 
いや、敵視されるのを覚悟で正直に言えば、「農業の大変さも知らないで農業をしたいだなんて、都会人の贅沢な傲慢さだ」くらいに思っていたのです。
 
そして、おそらく、そんな声にならない声が、農業人口を減少させ、地方から若者が流出していった一因になっていたのだとも、思うのです。
 
確かに、農業を志す若者は増えています。農林水産省の調査によれば、2010年の49歳以下の新規就農者人口は約1万7千人ほどですが、2015年になると約2万3千人まで増加しています。
が、それを上回るスピードで、離農者が増えているのです。
 
様々な原因があると思いますが、やはり大きな理由は若者が農業を継がないことがあるでしょう。高年齢化した農業従事者は、体力的にも農作業から離れなければならず、耕作放棄地は増え続けています。
 
農業に囲まれている子どもは、農業の大変さを知っているし、それ以外のことに憧れを求めやすいと思うのです。
 
もしかしたら、これは農業を知らない都会の人々が、農業に参加したくなるのと同じ原理なのかもしれませんね。所詮、人は無いものねだりということでしょうか。
 
ともかく、私のように農業によい思いがない、あるいはそれ以上に興味をかき立てられるものがある。そういった人々が、農業から離れていったのかもしれません。
 
では、これを聞いて、農業に興味を持っていた皆さんはどうお考えになりますか?
 
「やはり農業の楽しい面だけしか知らないで、軽率なことを言うべきではない」
 
なんて思っていませんか?
 
むしろ逆です。
皆さんが想像する、楽しさを、汗水流して働くことの喜びを、そして収穫できたことへの感謝をそのままに、農業に参入していただきたいのです。
そして、農業の楽しさをもう一度、それが当たり前だと思っている我々に、農業は辛いと思っている人々に思い出させてほしいのです。
 
定年退職して、改めて本格的に農業を始めた私の両親も、最初のうちは収穫の喜びを噛み締めていました。私もそうです。新たに実った桃に、言いようのない美しさを感じました。
 
しかしそれが2年3年と続いていくうちに、先にお話しした通り、大変さの方が目立ってきてしまったのです。
 
この状態にある農家を救うのは、他でもない、農業に楽しみを見出してくれる皆さんです。農業に憧れる皆さんです。
 
農業への楽しみ、喜び、そして感謝を忘れずに、ぜひ、皆さんも農業に携わってみてください。
そうして、もっともっと農業を盛り上げましょう!
 
あ、よければ山梨で。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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