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週刊READING LIFE vol.84

環境が変わっても、心は変わらない。《週刊 READING LIFE Vol.84 楽しい仕事》


記事:神岡麻衣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
同世代の人よりも、いろんな仕事を経験してきた。
おかげで「自分の好きな仕事はなにか?」という問いに対する答えが見えてきた。
 
大学を卒業してから約10年。振り返れば多くの仕事を任されていることに気づく。
営業、事務、マーケティング、カスタマーサポート、運用支援。
複数の役割を同時に担当していた時期もある。むしろ同時並行していた時期のほうがほとんどか。頭の切り替えが大変で辛かったけれど、今の私の武器になっている。
 
職種だけではない。経験してきた業務形態もさまざまだ。
ひとつの会社で、派遣社員から契約社員を経て正社員へ登用された経験もある。正社員登用までの期間が1年半ほどだったので、「この期間について話を聞かせてください!」と依頼されたこともあった。
副業でライターをしていた時期もある。
 
ライフステージや周囲の変化に伴い、働き方を変えてきた。
 
仕事や働き方を変えてきたなかで、一貫して感じていることがある。
私はどうやら、単調な作業の繰り返しは合わないらしい。私の心の行き場がなくなってしまう。
「この気持ちをどこで表現すればいいんだ」
つまるところ、この状態の私は感情のやり場に困っている。相当なストレスを感じていた。
 
ただ、このストレスにも特効薬がある。それはただひとつ、「お客様との会話」だ。
 
この特効薬に気づいたのは30歳を超えてからのことだった。つい面白くなって、同僚に話してみた。
話しているうちに、あれよあれよと思い当たるシーンが頭に浮かんできた。
 
実は私、特効薬を気づかないうちに見つけていたらしい。
 
最初に気づいたのは2019年の春。
今の職場は毎年この時期に繁忙期を迎える。私は納品作業に駆り出された。
処理してもキリがない受注。本当なら嬉しいはずなのに、心は完全に疲弊していた。この状態を「吹雪の中の雪かき」と呼んでいた。吹雪いているから、雪かきをしてもどんどん積もる。
あまりの作業量に頭がマヒしてきた私たちは、しだいに納品作業を「雪まつり」と呼び始めた。窓の外は桜が満開だったこともあり、季節感のなさが好きだった。
 
雪まつりから少し遅れて、製品を使い始めたお客様からの問い合わせが届き始める。
「使い方を教えてください!」
「納品内容が違うみたいなんですけど……」
「ログインできません!」
「なんかエラーがでました」
 
本来は問い合わせ対応を担当しているので、これら全ての対応は私の役目だ。
通常であれば、「なんとかするぞ! 非常事態!」と心が戦闘モードに切り替わる。過去の営業経験のおかげで、もともと耐性があった。
だが、雪まつりで疲弊して感覚がおかしくなっていた私、このときは様子が違った。
最初の数件は「うえーん、忙しいのにー(泣)」と正直思っていた。しかし、だんだん変わっていった。
 
問い合わせを解決し、電話を切った時に高揚感を覚えた。これは解決したことに対する感情だけじゃない。
明らかに、「人と会話をした」という事実に対する興奮だった。
「私はそんな寂しい人間じゃないわよ」と正直信じたくなかった。
 
しかし、この興奮が確かなものだとはっきりわかってきた。
雪まつりが激化するうちに、「クレームでいいから、だれか連絡してきて……!」と口に出すようになった。同僚は「冗談でしょ?」と笑っていたが、私はいたって本気だった。
 
雪まつり中の私は、時折舞い込む問い合わせ対応でなんとか持ちこたえたと思っている。
この出来事で、私は「話すことって、ストレス解消になるんだなあ」と気付いた。
 
性格柄、もともと話をすることは好きだ。
テレビか雑誌で、「女性にとって、ストレス解消は話すことです」と聞いたことがある。そのときは「ふーん、そうかもなあ」と思う程度だった。
雪まつり中に感じたことは、この話を裏付ける出来事だったと思っている。
 
これに気づいてからは、お客様と会話をするたびに納得感が増してきた。
ワクワクした気持ちで帰ってくる。
 
特効薬を見つけるずっと前、「私って、話すことが好きなんだ」と思い知らされた出来事がある。
事務仕事を始めたときのことだ。
 
注文書を見て売上情報をデータ入力、納品手配をして請求書発行。たまに見積書作成の代行。
毎日これの繰り返しだった。
 
その前の仕事がゴリゴリの営業だったので、体力的・精神的には楽だった。ただ、物足りなかった。
まだ何が物足りないのか気づいていなかった。
このモヤモヤを友人に相談すると、口を揃えて「それ見たことか(笑)」と言われていた。
 
またしても、時々私に届く問い合わせ。見積書や納品物に関する内容が多かった。
次々飛び出てくる質問に答えて、電話を切る。このときも満足感を覚えていた。
このときの私はまだ、特効薬には気づいてない。
 
時々届く問い合わせは、砂漠のオアシスみたいなものだと思っていた。
会話が武器である営業から転身し、単調作業で心が乾いていた。そこに水が与えられたようなものだ。
 
味をしめた私は、この恵みの水を求めはじめる。
展示会出展の情報を聞けば、説明員として連れて行ってもらうよう立候補していた。営業経験は十分にあるので説明員としては役目をまっとうできる、と。おかげでその会社を辞めるまで、展示会にはすべて参加することができた。むしろ、次の展示会を生きる目標としているところもあった。
6月の展示会が終われば、「よし、次のイベントは9月。9月までは死ねないな」と。このおかげで辛い事務作業も乗り越えられたといっても過言ではない。
 
当時の私は、会話のチャンスに飢えてさまようゾンビのように見えていたかもしれない。
 
「お客様と話がしたい」という気持ちが強すぎて、とんでもない行動に出てしまったもある。
自他ともに認める、どう考えても「狂ってる」としか思えないエピソードだ。
 
昨年の8月、先輩と一緒に岡山県へ出張に行ったときのことだ。
1泊2日の予定だったが、想定よりも早く用事が済んでしまい、初日ですべて終わってしまった。2日目にやることがない。
2日目はもともと単独行動を予定していた。先輩は確か、広島市内で別のアポイントがあった。
 
とりあえず1泊して、朝イチで帰ってしまってもよかった。でもそんなのは嫌だった。
そこで思い出したのは、鳥取県にいるお客様のこと。
思い立ったが吉日、「そうだ、鳥取に行こう」と某有名キャッチコピーのごとく立ち上がった。
 
入社以降、そのお客様を担当している。ただ、意外にも会ったことがなかった。
電話やメールは何度も交わしたことがあり、すでに直接対面したことがあるとすら思いこんでいた。
試しに電話をかけて、アポイントをとってみた。
 
「いま、実は岡山県に来ています。明日の予定が空いてしまったので、挨拶も兼ねてお会いしに行きたいのですが……ご都合いかがでしょうか?」
今思うと、切り出し方からおかしかった。「いま近くに来ておりますので、寄ってもいいですか?」のノリで話していた。同じ市内であればこんな言い方でも不自然ではないが、今回は岡山と鳥取だ。特急電車で3時間ほどかかる距離であることはわかっていた。
 
なんとアポイントが取れてしまった。
先輩と乾杯してビールを嗜み、翌日に備えて早めに寝た。
 
翌日、特急電車で鳥取県に降り立った私。お客様と会って開口一番、こんな会話をした。
「初めて会った気がしませんね!」
「ほんとですね!」
よくぞ東京から、そして岡山から来てくれた!と迎えてくれた。
 
お客様との挨拶を終え、今後の展望や悩み相談、要望を受けて無事に帰ってきた。
「今後もどうぞよろしくお願いします!」と別れて帰路に向かう。
 
帰りは飛行機で、と思っていたが予約いっぱいで叶わなかった。
「また特急から乗り継いで新幹線かー……」と一瞬立ち止まってしまったが、お客様に会えたという満足感が勝ってしまって、まったく苦しくなかった。
満足感は他の感情を超越してしまうらしい。一部インターネットで話題になっている、岡山・鳥取間を結ぶ「特急やくも」の激しい揺れもなんともなかった。
 
好きが高じてしまうと、行動にも表れる。
趣味にお金をつぎ込んでしまうことはこれまでに何度もあったが、このときほど行動に出てしまった出来事はこれくらいか。しかも仕事で。
 
もちろんこのお客様、今年も継続受注。
当時の訪問のおかげで、一層コミュニケーションをとりやすくなったように思う。同僚の方にも紹介をしてくださるなど、効果があった。
 
「話すことが好き」と主張し続けてきたが、結果も出ている。
営業として働いていたころのお客様のなかで、退職して5年以上経つが今でも交流がある方がいる。仲良くなってからしばらくして私が退職することになり、それを伝えると「今後もよろしくね」と連絡先を教えてくれた。今では家族ぐるみでの付き合いだ。
 
話すことが好きだから、お客様の悩み事も親身に聞いてしまう。私も本音で話すように心がけている。
そこがお客様に「長く付き合っていきたい」と思っていただけたポイントだという。
 
営業としてなかなか実績を残せなかったころ、マニュアルのようなセールストークを辞めて本音で話すように心がけたとたんに成績が上昇した。
マナーはもちろん守るが、何が成績上昇の理由かと問われると、これしか思い浮かばない。
無理して本音を抑えていると、ストレスを感じてしまうらしい。「あの時言っておけばよかった」「あの時こうしておけばよかった」と後悔するマネはしたくない。
 
そのおかげなのか、お客様にも信頼していただけるようになった。
展示会に説明員として参加すれば、「会いに来ました」と遊びに来てくれることもある。
「あなたに頼みたいんです」「悩んだとき、あなたが最初に浮かびました」と連絡をくださることも。お客様と話すことは好きだし楽しいが、やはり成果に現れるととても嬉しい。
 
仕事の環境が変わっても、「楽しい」と感じる瞬間は変わらなかった。これだけははっきり言える。
今後も、お客様と会話できる仕事であることにはこだわり続けたい。
 
2020年、コミュニケーションの在り方が180度変わる年になる。
電話やメールの他に、オンライン会議・ビデオ通話が新たにコミュニケーションの手段として市民権を得つつある。多くの方が大変な思いをしている中、実は私にとっては嬉しいチャンスでもある。お客様と会話をするきっかけが増えたのだ。
 
遠くにいるお客様と、移動時間を意識せずに話すことができる。
長距離移動を回避できるようになり、スケジュールに柔軟さが出てきた。移動時間が無くなったので、お客様との会話の機会が圧倒的に増えた。
 
先日なんて、千葉にいるお客様との打ち合わせのあとに、高知にいるお客様との打ち合わせの予定を入れることができた。対面でないと伝えられない話が、東京にいながら済ませることができる。これまでの対面での会話を前提とした社会だったら、こんなことは実現できなかったはずだ。
 
出張が一気に減るんじゃないかとすら思っている。手段を駆使することで、リアルで会えることのありがたさが増すかもしれない。
 
オンラインには、リアルな会話と比べて劣ってしまう点があることも確かだ。においを嗅いだりモノに触れることはかなわない。それよりもむしろ、新しいコミュニケーションの手段を手に入れたことに喜びを感じている。
 
お客様との会話を、これからもっと楽しめると思えばワクワクしてくる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
神岡麻衣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

昭和の生き残り、平成と同い年。大阪生まれ東京育ち。猫好きだが猫アレルギー。とあるベンチャー企業で部署立ち上げに奮闘する毎日を送る。ビールを飲んだ後のオレンジジュースがやめられない。どんな環境でも生きていける人間になることが目下の目標。

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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