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週刊READING LIFE vol.85

ストーリーだけを読むなんて、もったいないと思いませんか《週刊READING LIFE Vol.85 ちょっと変わった読書の作法》


記事:いちのせ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「面白い本だと、すぐに読み終わっちゃう」
「月に10冊以上は本を読むかな」
そう語る人は少なくない。
本好きならば、よくある話だ。それでも時折、違和感を覚えることがある。
面白い本だと夢中になる。
暇さえあれば本を読む。
それくらいに本が好きなんだ。
そう主張する人が多い中、一部、少し違うニュアンスで本への情熱をアピールする人がいるように思えるのだ。
簡単に言えばこうである。
「私は、本を読むスピードが速い」
だから1冊にかける時間は短いし、月に10冊以上の本を読み切ることができる。そう主張する人が、少なからず存在すると感じている。
本を読むスピードに自信のある人と出会うたび、私は根本的に価値観が違うのだな、と境界線を引いてきた。
「私はそんなに速く読めないな」
「月に3、4冊読めれば多いほうかな」
そう答える私に「あ、意外と本を読まないんだね」と返してくる人とは極力、本の話をしないと決めている。
本を読むスピードが速いのが本好きの条件ではないし、読んだ本の数が本に向ける愛情とイコールで繋がっているとは思えないからだ。
読書量を物差しにして「本好き」を決められては、私は一生「本好き」にはなれないだろう。本を読むのが好きなのに「月に3、4冊しか読まないなら、大した本好きじゃないな」と思われ続けなければならないのは、流石に悲しい。
 
そもそもの話、私はスピード感を持って本を読みたいタイプではない。
愛読書がビジネス書や自己啓発書であればそう思っていたかもしれないが、私が主に読んでいるのは小説だ。
そして何より、私は小説の「ストーリー」のみを楽しみたいのではなく、文章に込められたリズム感や、言葉遣いを咀嚼したいのである。飛ばし読みや斜め読みは当然できないし、もしも勢い余って実行しようとしている自分を見つけたら、一度、本を閉じて「ちょっと、落ち着こう」とひと息つかせる。それくらいに、私は速く読むことを自分の中でのご法度としている。
もちろん、過去に何度か速読にチャレンジしたことはある。その上で私は本を速く読むことに向いていないと自分自身にレッテルを貼ったのだ。
残念なことに、私は出来の良い頭を持っていない。
斜め読みすれば、数行分を読まないままに次のページに進んでしまうし、速く文字を追えば追うほど、読んだはずの内容がすぐに頭から抜け落ちる。
最初はある程度の内容がわかればいいや、と思っていたが、今では“ある程度”では納得できない自分がいる。
どうして考え方が変わったのか。
きっかけは恐らく、自分自身で文章を書くことになったからだろう。天狼院書店という体験型の書店でゼミを受講し記事を書いたり、個人的な趣味としてネット小説を書いたり。そうする中で気づいたことが、書くことの大変さである。
好き勝手に文章を書くのではなく、人に読んでもらうための文章を書くのには、想像以上のエネルギーを使う。1時間も書物をすれば身体が糖分を求め始め、2時間経つ頃には、「お腹が空いた!」とついつい声に出してしまうほどに、ガリガリと体力が削られていく。
どんな風に書けば人に読んでもらえる文章になるのか。内容や構成はもちろん、言葉の選び方や表現方法まで、考えることは山とある。
ネットに載せる記事を書くだけでも神経をすり減らすのだから、書店に並べられるような本を書く人は、もっと頭を使っているに違いない。単語ひとつ選ぶだけでも、あれやこれやと悩んでいるかもしれない。文末の文字を「た」にするか「だ」にするか、それとも「る」にするか、そのたったの1文字をこだわっているかもしれない。
そう考えると、本を読むのに速さを用いるのは、どこかもったいない気がしてしまう。作家が悩み、こだわり抜いた1文を、目を通すだけで終わらせてしまうのは、あまりにも呆気ないのではないかと。
だから私は速読をしないと決めている。速く読むのが悪いというわけではなく、本を読むならゆっくりじっくり楽しもう、という個人的価値観を持っている、という話だ。
 
では、実際に本をゆっくり読むだけなのか、と聞かれると、それだけじゃないというのが答えだ。
本のストーリーだけでなく“文章”そのものと真正面から向き合って、まず気づかされたのが、単語への理解の曖昧さだった。
スラスラと読む分には、おおよその理解があれば読み進められたのだが、ゆっくり文字を追い始めると、「あれ、この単語の意味って本当にあれだったかな?」と疑問を持つようになる。
試しに、自分の言葉で単語の意味を説明しようと試みると、ふわっとした説明しかできないときが多かった。
例えば、「懐疑的」という言葉。漢字からもイメージできるように物事を疑っている状態を表す単語だ。でも、実際に「懐疑的」を辞書で引いてみると、十分な証拠がないために判断を保留している状態、とまた少し違った意味を持っていることを知った。
辞書を引くことで、日常生活の中で、いかに自分が単語の表層を撫でているだけなのかを痛感するのだ。
折角、単語の意味に疑問を持ったのだから、少しでもわからない単語は辞書で引こう。そんな思いつきで、私は本を読むときの相棒として、辞書とノートとボールペンを選んだ。
大体の意味を知っている単語でも、自信を持って意味を説明できないと判断したものは片っ端からノートにメモし、都度、辞書を引いて意味を調べた。
そうすると、悲しいことに誤った認識をしている単語が意外にも多いことに気がついた。
そのうちのひとつが、日常の会話でもたまに使う「確信犯」というフレーズだ。私は確信犯の意味は“悪いことだと知りながら悪事を働く”だと思っていたが、本来は“己の信念に基づいて実行される犯罪”、つまり「自分は正しいことをしている!」と信じて罪を犯す意味だと記されていた。(今では“悪いことだと知りながら悪事を働く”の方が一般的な認識であるようなので、絶対的に間違っているとは言い切れないかもしれない)
「辞書を引いていなかったら、ずっと勘違いしたままだったかもしれない」
世間単位で誤認識されている単語が意外にも多いことを知り、私は尚更に本を読むときに辞書を手放すことができなくなった。
 
初めは単語への理解を深めようと初めた作業だったが、実際にやってみると予想していなかった楽しみ方がそこにはあった。
本ごとに、分からない単語をリストアップし意味を調べる作業をしていく中で、本の中に潜む、作家の個性やこだわりが見えてくるようになったのだ。
例えば、推理小説家の場合、玄関で靴を脱ぐ時の表現に、「三和土(コンクリートで仕上げた土間)」という単語を用いる。「玄関」という曖昧な表現ではなく、単語ひとつが推理のキーとなるような明確な表現を用いることが多いのだ。
他にも、フランス人のキャラクターが登場する場面で、「エスプリ(フランス的精神)」や「ノーブル(高貴・上品なさま、フランス語のnobleと同じ意)」とフランス由来の単語を使い分ける作家もいれば、「物見遊山(見物して遊び歩くこと)」を複数の作品に使用している作家もいる。
サラッと本を読んだだけでは気づかなかったかもしれない作家の個性やこだわりが、単語を通して伝わってくるのだ。
これを面白いと思わずにはいられなかった。ストーリーを楽しむだけではもったいない! と声を大にして主張したいほど、本にはストーリー以外の面白さが盛り沢山なのだ。
 
そしてもうひとつ、単語をノートに書き連ねるようになって圧倒されたことがあった。
作家と自分の知識量の差である。
私は普段B5サイズのノートを使っているのだが、文庫本だと平均して半ページ分の単語を書き連ねる。つまりは、半ページ分の語彙力の差があるということだ。
特に、直木賞や芥川賞を受賞した作家が書く本になるとその単語の数はグンと多くなる。
今までで一番、知識量の差を痛感した本は恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』である。ピアノコンクールを舞台にした話で、登場人物も国籍多様だ。『蜜蜂と遠雷』の文章は、音楽に関する専門用語を巧みに操り、登場人物の個性に合わせた言葉選びをしている。
これってどういう意味だろう、とストーリーを読み進めながら単語を調べていくと、文章が映し出す映像がどんどんと鮮明になっていった。単語の使い方が、別格に上手いのだ。
「たゆたう」、「薫風」、「フレキシブル」に「コケティッシュ」。そのシーンに一番似合う単語を惜しみもなく披露する文章を読むと、見えないはずの映像が目の前に現れ、聞こえないはずの音楽が鼓膜を揺らす。
恩田陸のこだわりや情熱が、文章だけでなく単語からもひしひしと伝わってきた。
そして同時に、辞書を片手に本を読むことを習慣としていた自分に感謝した。
これは「なんとなく分かれば満足」というスタンスで読むべきものじゃないと。ひとつひとつの音をしっかりと拾って読んでこそ感動できる本だと。そう気づけたからだ。
『蜜蜂と遠雷』を最後まで読み終えた頃には、書いた単語は3ページ分のスペースを埋めていた。
これが直木賞を獲った作家が連ねた言葉なのだと、感動せずにはいられなかった。
 
辞書を片手に、単語を調べながら本を読むのには、とても時間がかかる。普通に読むときよりも体力を使うし、うっかり飛ばし読みをしないようにと集中力だって使わなくてはいけない。
それでも、私はこの読書スタイルをずっと続けていくつもりだ。
本のストーリーだけでなく、作家の個性やこだわりを推測する作業は、私なりの「作家への敬意」なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いちのせ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京生まれ東京育ち。
元システムエンジニア。現在、クリエイターとして革小物を中心に制作活動をする日々を送
る。

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2020-06-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.85

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