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週刊READING LIFE vol.87

卵巣腫瘍はチョコレート《週刊READING LIFE Vol,87「メタファーって、面白い!」》


記事:金澤 鮎香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
現在絶賛入院中だ。
 
7月1日に良性の卵巣腫瘍を摘出するため、腹腔鏡手術を受けた。
入院前夜に誕生日を迎え(記念になるんだかならないんだか)、29年生きてきて人生で初めての手術、全身麻酔。
腹腔鏡手術とは内視鏡を使った手術のことで、私の場合おへそに3センチほどの穴を開け、内視鏡を挿入。更に下腹部に1センチほどの小さな穴を3か所に開けて、内視鏡で中を見ながら1センチの穴に器具を挿入し、摘出手術を行うというものだ。(簡単に先生から聞いた説明なので、私が勘違いしている部分はあるかもしれない)。
 
現在手術後3日目、病院のベッドの上でこれを執筆している。
正直お腹が痛い、尋常じゃなく痛い。動かなければ痛みはマシなのだが、寝返りをうったり、トイレに行ったり、座ってパソコンに向かうのは辛い。できれば文章も書きたくないし、ベッドの上でごろごろと寝ていたい。
 
ただこんな入院生活も正直なところ、「悪くないな」と思えている。もちろん手術なんて受けないに越したことはない。私も「もう一度無料で受けられますよ」と言われたってまっぴらごめんだ。
でも腹の痛みに毎日耐えかねている入院生活でも楽しくなれる秘訣がある。
それこそメタファー、比喩のおかげなのである。
 
そもそも私の病気の正式名称は、左卵巣内膜症性嚢胞(のうほう)である。
聞いたところで「はい?」と聞き返すだろうし、見たところで読むのも難しい。
簡単にいうと本来なら生理の時に子宮の中にできる子宮内膜という血液が、なぜか卵巣内にできてしまうという病気である。男性には中々イメージしづらい話かもしれない。子宮内膜症自体は女性にはそう珍しい病気でもなく、私のこの病気も20代〜30代の女性によく起こる病気らしい。
ただ大きさが問題で、4センチ以内だと薬で治療することが可能だが、それ以上だと基本的に摘出手術を薦められる。良性とはいえ腫瘍は腫瘍。まれに癌化する恐れがあるのと、卵巣がぐるぐると捻転してしまって元に戻らなくなり、血管が捻れて卵巣が壊死してしまう可能性があるからだそうだ。私の腫瘍は約7センチ。「ちょっと大きいので手術したほうがいいです」とのことだった。
ここまで聞くと大層な病気でちょっとナーバスになりそうなものである。だが私は先生の次の言葉を聞いてちょっと和んでしまった。
 
「別名チョコレート嚢胞って言うんですよ」
 
チョコレートって!
嚢胞内にドロドロと茶褐色の子宮内膜、血液が溜まっている様子がチョコレートみたいだから。だそうだ。
どこの誰が付けたのかは分からないが、卵巣の中に溜まっているドロドロの血液を見て「チョコレートみたいだなぁ、よしチョコレート嚢胞って呼んじゃおう」
と思えるそのセンスがすごい。なんだか美味しそうじゃないか。そんなに身体に悪いものでもないんじゃないか、そう錯覚させられてしまいそうなポップなネーミング。
 
「チョコレート嚢胞って、ふふっ」
いやもう身体には悪いものだとは分かっていてもちょっと気が抜けてしまった。
手術まで、私の体の中には美味しいチョコレートがあるんだな、取り出すまで待っとけよ、私のチョコレートちゃん。みたいな感じで少し気楽に捉えられるようになった。
 
といえども手術当日は、生まれて初めての手術ということもあり緊張した。
 
言われるがまま着せられる手術着。
実家から会いにきてくれた家族と手術室前にてお別れ。
そして生まれて初めて入る手術室。
立ち並ぶなんだか高そうな手術器具。
ふわっと香るラベンダーの香り。
軽快に流れるジャズ。
……ん?
 
どこの病院でもそうなのかは分からないが、少しでもリラックスできれば、とアロマを焚いてくれるのである。そして音楽もリクエスト可能。(ただし事前にC Dを準備する必要あり。特にリクエストしなかったらジャズになっていた)。
いやいやどこのエステだよ! と突っ込みつつ良い香りと落ち着く音楽に和む。いやもうエステみたいな手術室っていいかもしれない。たかが例えでも気持ちが大事。
 
そして手術室のベッドも何とも言えない硬さと弾力性なのだ。
聞いてみると手術中は頭を下にしたり、無理な体勢で長時間いることで身体に負担がかかることから、ベッドはかなり拘っているらしい。人間の脂肪に限りなく近いように作られているらしい。例えるなら人間のお肉ベッド。
人間のお肉にのってお腹のお肉に穴を開けられる私。ちょっと笑えてきてしまった。
 
全身麻酔も左手の点滴から入れられるのだが、左手からビリビリと溶けていくような何とも言えない不思議な感覚。オタクの私が例えると新世紀エヴァンゲリオンの人類補完計画で人がL C Lの海にどんどん溶けていくような感覚だ。(人類補完計画とは、不完全な人類が完全になるためにみんな物理的に一つになってしまおうという無茶苦茶な計画である、興味を持たれた方はぜひ観てみてください)。
 
ここまで読んでいると「なんて呑気な患者だ」と思うかもしれない。正直言うと現実逃避である。もはや何でもかんでも面白おかしく例えて、ちょっとでも手術の恐怖から自分を遠ざけようとする自己防衛だったのかもしれない。
ただこれが私にはよく効いた。手術への恐怖より、例えることで何だかよく分からないワクワクが勝ってしまった。
何だか手術が楽しくなってしまい、寝ていたら一瞬で終わった。
 
手術後、病室で目が覚める。
「痛い……」
呑気に手術をいろんなものに例えていた自分を恨めしく思うほど、痛い。手術直後は、酸素マスク、点滴、ドレーン、尿管などなど色々な管が身体から出ており「医療ドラマみたいだ……」とぼんやり思った。ドラマじゃなく本物だけど。
腹腔鏡手術は、開腹手術より身体の負担が少ない。術後の回復も格段に早い。術後1週間で退院できるし、2日後からシャワーも浴びられる。そりゃお腹を切るより、1センチ大の穴3つと3センチの穴1つで済むのだからそうだろう。と話には聞いていた。正直舐めてかかっていた。
話には聞いていたが、実際経験してみるとまた違う。お腹以外にも手術をする時にお腹を膨らませるガスを入れる影響で上半身、肋骨や肩が尋常じゃなく痛い。
「なんだこれ! 想像してたより100倍しんどい!」
寝返りを打つのも一苦労、トイレに行くために歩くのもよろよろ、生まれたての小鹿状態。
まともに歩けたもんじゃない。
「たかがお腹の穴4つでこんなに痛いの!?」
 
だとしたら「鬼滅の刃」(鬼と人間が闘う週刊少年ジャンプで連載していた大ヒット漫画)で全身に穴が開いても戦っていたり、腹やら腕やら足やら斬られても走り回って鬼と戦っているキャラ達、痛覚忘れてない?いや彼らは最早人外みたいなものだからいいとしても、「キングダム」(古代中国、秦の始皇帝の中国統一をテーマにした大ヒット漫画)のキャラクターは一応人間だけど、彼らも身体に4つどころか10個くらい穴が開いていても走り回って敵と戦い続けるのだ。
現実はそんなに甘くないな……。と改めて痛感。
漫画の世界に例えるもんじゃないかもしれないが、身体に穴が開くなんて滅多にない経験なので、他にもなるべく「人間」がバトルしている漫画を思い出して例えてみる。
あのキャラもお腹に穴空いてたけど走ってたな……。絶対あの後吐き気でぶっ倒れただろうな。
勝手に想像して妄想する。ベッドの上で痛みに耐えながらできることなんてこれくらいだ。ただ気はとても紛れたし、ちょっと痛みも楽しくなってくるから不思議である。
 
その後、摘出した卵巣腫瘍の皮部分の写真(中身は先に吸い取ってしまい、小さくしてから摘出するため)を見せてもらった。
 
その皮を見て家族が一言
「牛タンみたい」
いやいやいや! 確かに肉だけど。そこで牛タンをイメージするか? そもそもチョコレートからの牛タンって! 美味しいもののオンパレードか!
突っ込みつつも確かにその皮はほどよくピンクで赤みもあり、牛タンそっくりだった。
人間の臓器って肉なんだなぁと改めて実感した瞬間であった。
 
そんなこんなで人生初手術入院生活も折り返し、残り数日になろうとしている。全快とは言わないものの日に日に身体は楽になってきている。もちろん痛いものは痛いけれど。
 
この入院生活中「なるべく前向きに過ごそう!」と努めた結果、色んなものに例えてみる楽しさに気付いてしまった。きっかけは病名のチョコレート嚢胞。初め聞いた時はネーミングセンスを疑ったけれど、今思えば分かりやすいしポップだし中々良い病名じゃないか、と今は思う。
そのお陰でしんどい手術も乗り切れた。現在は術後も良好、自分の容体を色んなものに例えて妄想しながら、入院生活も比較的楽しく送れている。
 
例えるならばメタファーって日常生活をちょっぴりH A P P Yにするスパイスみたいなものなのかもしれない。スパイスがなくても料理は食べられるけどそれだとちょっと味気ない。スパイスが加わることで、料理のバラエティもテイストもぐんっと広がる。それこそ大昔スパイスを求めて戦争になったように、生きていく上で実は必要不可欠なものなのだ。
日常生活を送る上で、何気ないこともメタファーで例えることでちょっと楽しくなったり、前向きになれたり。ちょっと大変な事件が起きた時も、ユーモアを持って例えていくことで、ポジティブに捉えられるきっかけになる。
 
私にとってこの手術は、人生初めての手術以上の経験、大きな気付きを与えてくれた出来事になった。
 
まだ入院生活は続くので、引き続きメタファーという名のスパイスでもって、一見味気ない入院生活をスパイシーに彩りを加えていこうと思う。
そしてここで訓練したことを日常生活でも続けていって、もっと人生をちょっぴりH A P P Yにしていこう。今はそう考えている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
金澤 鮎香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-07-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.87

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