週刊READING LIFE vol.87

プロレスにメタファーが欠かせない《週刊READING LIFE Vol,87「メタファーって、面白い!」》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
プロレス復興。
 
最近ファンとして嬉しい言葉をよく聞く。確かに1000人の会場に100人しかいなくてソーシャルディスタンスどころか詰め詰めにしてお客さんが入っているかのように演出していた時代と違ってチケットは取りにくくなっている。
 
特に新日本プロレスは大盛況で、新型コロナウイルスが流行する前に行われた東京ドーム大会では二日間連続で開催をし、初日が実売で4万人を超え、二日目も3万人と満員御礼の札が付くほどだった。
 
そこまで復活してきたのは各プロレスラーが自らのキャラクターをプロデュースして個性を発揮しだしたのが一つだ。
 
わかりやすいのがプロレス復興の象徴と呼ばれる新日本プロレスのオカダカズチカ。
 
彼は2012年にアメリカから凱旋帰国したときに自らを「レインメーカー」と呼び、プロレス界に金の雨を降らすと宣言した。
 
金の雨とは、これはメタファーなのだが、俺がたくさんのお客さんを集めてみんなをもうけさせてやるという意味だ。
 
実際にオカダが帰国して新日本プロレスは売り上げが急上昇。今までプロレス会場にはいなかった若い女性がオカダを見に足を運んだのだ。
 
もちろん、2012年当時オカダなんで世間では無名もいいところ。新日本プロレスの親会社であるブシロードが広報に力を入れ始めてプロレス専門誌以外の媒体で積極的にオカダを登場させたのが大きい。
 
なにせ190cmの高身長、ゴリラみたいなごつい肉体ではなくギリシャ彫刻を想像させる美しい筋肉に100m11秒台を記録する運動能力の高さ、当時24歳と若さ故の強気な発言と女子の心を掴むのにもってこいの存在だった。
 
しかし、今のプロレス復興は古臭いおっさんファンに言わせるとあの頃には及ばないと断言できる。
 
「あの頃って何だよ、このクソ親父」と若いファンから罵詈雑言が飛んできそうだが、おっさん世代のプロレスブームは1980年に初代タイガーマスクやアントニオ猪木が大人気だった頃の話しだ。
 
今では信じられないだろうがプロレスがテレビのゴールデンタイムに生放送をしていて視聴率は平均30%、全国で32連戦で試合をしてもチケットは全て売り切れ。テレビの前で躍動するプロレスラーに多くの人が心を躍らせていたのだ。
 
そのブームに一役買っていたのが実況をしていた古舘伊知郎だ。古館は「過激な実況」と呼ばれ、新日本プロレスでコーチをしていた山本小鉄と一緒にテレビ中継で試合を盛り上げていた。
 
盛り上げに欠かせないのが古館特有のメタファー。
 
例えば、後に格闘王と呼ばれて、総合格闘技(打撃(パンチ、キック)、投げ技、固技(抑込技、関節技、絞め技)などの様々な攻撃法を駆使して勝敗を競う格闘技)の設立に大きな影響を与えたプロレスラー・前田日明を古館は「黒髪のロベスピエール」と表現した。
 
ロベスピエールはご存じの方も多いだろう。フランス革命を成し遂げた一人で巧みな弁舌を駆使して大衆を動かし、バスチーユ襲撃を実現させた。王政を破壊して民主主義制の共和国を実現させたのと同時に独裁者のイメージが強い人物だ。
 
実際の前田も師匠のアントニオ猪木が支配をしていた新日本プロレスを飛び出して猪木がやりたくてもできないプロレスをやろうとして団体から疎まれてしまい、最後は解雇された過去を持つ。
 
その後、同志と理想の団体を旗揚げして選手同士の合議制を実現しようと奮闘。しかし若いレスラーから「前田の独裁に付けていけない」と言われてしまい、団体は空中分解をして独りぼっちになってしまった。
 
正に古館が言ったようにロベスピエールのようなプロレス人生を歩んだのが前田日明だった。しかも前田をロベスピエールに例えたのは理想の団体を旗揚げする前のこと。
 
それを考えると古館の先見の明というのは恐ろしいとしか言えない。
 
他にも古館が凄かったのは200名以上のレスラーに異名を付けたことだ。
 
例えば、身長2m25cmと常人とは思えないくらい背の高いプロレスラーアンドレ・ザ・ジャイアントには「人間山脈」と名付け、一言聞いただけでどんなレスラーなのか想像が付くほどぴったりな異名を付けていたのだ。
 
他にもラリアット(片腕を横方向へと突き出して相手の喉や胸板に目掛けて叩きつける技)を一般化するほど人気のプロレスラーだったスタン・ハンセンには「ブレーキの壊れたダンプカー」と隠喩し、もの凄い暴走をするのだとテレビの向こうにいる視聴者に印象づけた。
 
古舘はプロレス実況をするとき意識していたことがあるという。
 
「ボクのプロレス実況は、どんなプロレスファンが聞いてもタメになる放送を心掛けているということです。自慢ではありませんが、ボクの実況でブローディさんを「キングコング」「怪獣」といったお子様ランチ的な表現で片付けてしまったことは1度だってなかったということです。(中略)プロレスラーを歴史上の人物に置き換えたり、神話の中の人物に当てはめたり、または映画の中の登場人物と照らし合わせたりという、ジャーナリストアイの生きものだと自負しています。それがボクのコンセプトなんです」
 
つまり、メタファーを駆使して視聴者の想像力を膨らませることを意識していたのだ。だからこそあれだけの異名が名付けられたし、そのために数多くの書籍を読み、いつでも引き出しから出せるように準備をしていたのだろう。
 
彼の功績はプロレスだけに留まらない。1980年代後半から90年代に起きたF1ブームでも古館は欠かせない存在だ。
 
当時、初めて日本人がF1マシンに乗ると言うことでフジテレビが放送権を確保したのだが、その時に実況に抜擢されたのがテレビ朝日を退社してフリーアナウンサーになった古館だった。
 
今でこそF1といえば世界各国の自動車メーカーが最高峰の技術を惜しみなく投入して最速のマシーンをサーキットで走らせるというのが定着しているが、当時はよく知られていなかった。
 
マシーンを動かすレーサーもどんな人たちなのか日本では知られていない。そこで古舘はプロレス実況で培ったテクニックを使った。
 
そう、F1レーサーに異名を付けたのだ。
 
有名ところでいうと3度のチャンピオンに輝いて日本でも一番人気だったアイルトンセナには「音速の貴公子」
 
巧みなテクニックと正確無比のハンドルさばきを見せたセナのライバル・アランプロストには「プロフェッサー」。
 
荒々しいドライブで一発の早さならばセナ以上と言われたナイジェルマンセルには「荒法師」、マンセルのチームメイトで粘り強いドライブで一台一台着実に抜いていくドライバーティエリーブーツェンには「振り抜けばブーツェン」とドライバーの個性にぴったりの異名を付けたのだ。
 
この作戦が功を奏し、ともすればマシーンだけしか話題にならない可能性があったF!を人間ドラマに仕立て上げてドライバーを話題の中心にもってきた。
 
それによって老若男女がこぞってF1を見るようになり、少年ジャンプがF1チームのスポンサーになってアイルトンセナの漫画が連載されるほどブームになった。
 
これほどの人気になったのは古舘伊知郎なくしてあり得ないと言える。
 
その古館がプロレス界を去った後、実況には古舘伊知郎もどきがたくさん登場した。毎年大晦日に月亭方正をビンタしている蝶野正洋は「黒のカリスマ」と呼ばれていたが、その前は「ブラックバタフライ」である。
 
蝶野だからバタフライ、悪役だから黒という安直な例えで本人も気に入らなかったのかアナウンサーを襲撃したことがある。
 
その時、蝶野は襲った理由をこう語っていた。
 
「試合なり映像をいかに楽しく観させるか、膨らませるかっていうのは、これはアナウンサーであり、その声の、音響の効果だと思うんですね。それをあの人の場合は雑音なんですよ。自分の言いたい事を言っているだけ。試合とは関係なくに自分が考えてきた語録みたいなものを」
「何にも意味がない。で、それがね、リングサイドで選手に聞こえるんですよ。だから、大きな声でね、一生懸命やるじゃないですか。で、それがどっかで関係ない事を言ってたりすると、もう、チクチクチクチクしてくるわけ。それが溜まって溜まって、みんながそういう風に思ってるのを、俺が実行しただけだよ」
 
全くもって正論だと言える。当時悪役としてお客さんとの真剣勝負をしていたからこそつまらない実況やメタファーではダメだと本能的に気づいていたのだ。しかし、実況アナウンサーの耳には届かなかった。
 
彼はテレビ局を退社してフリーアナウンサーになったが正直言って今どこで何をしているのかわからない。プロレス実況にも呼ばれていない。
 
それが彼の能力と言われればそれまでだが、それくらい古舘伊知郎の影響はプロレスに残ったのだ。
 
プロレスの実況=古舘伊知郎
 
この数式はプロレスファンの間で残り続けていき、実況アナウンサーを苦しめていく。しかし、幸か不幸かプロレスに冬の時代が訪れる。
 
1000人の会場で試合をしても100人しか集まらないほど売り上げは落ち込み招待券をばらまくほどひどい有様。それだけではなく満席に見えるようにお客さん同士詰めて座ってもらう偽装工作をするほどだった。
 
このまま試合をしているだけではプロレスは終わってしまう!
 
そんな危機感を抱いてプロレス復興の活動をしてきたのが「100年に一人の逸材」棚橋弘至だ。
 
この異名、実は実況アナウンサーが付けたのではない。
 
棚橋が自分で考えて自ら名乗ったのだ。
 
当時プロレスラー本人が自分の異名を付けるなんて考えられないが棚橋は自らをプロデュースしてプロレスを売り出すために付けたのだ。
 
そう聞くと考えに考え抜いて「100年に一人の逸材」と付けたと思われるが、実は単なる思いつきである。
 
プロレスファンの間では有名な逸話だが、棚橋はお正月の東京ドーム大会で師匠である武藤敬司とシングルマッチが組まれた。
 
しかも新日本プロレス最高峰と呼ばれるベルトをかけた一戦で武藤は新日本プロレスを飛び出し、ライバル団体のトップとしてベルトを奪い、新日本のレスラー相手に防衛を重ねてきた。
 
戦前の予想も武藤の有利。棚橋は負けてしまえば師匠超えどころか新日本プロレスの威信も地に落ちるというプレッシャーに襲われていた。
 
崖っぷちを歩くような状況で空気を変えるために棚橋は大きなぶち上げをしようと思いついた。
 
それは記者会見で「100年に一人の逸材がベルトを新日本に取り戻す」と言ったことだった。
 
なぜ「100年に一人の逸材」なのか?
 
後日、インタビューで棚橋はこう答えている。
 
「武藤さんが”天才”と言われていたんでそれに対抗するにはどんな言葉がいいだろうって思ったときに”逸材”なら負けないんじゃないかなって。でも逸材だけじゃ弱いから100年に一人を付けたんです」
 
咄嗟の思いつきで棚橋は自らの異名を生み出したのだ。それ以降棚橋はどんな場に出て来ても「100年に一人の逸材棚橋弘至です」と自己紹介をしている。
 
例え、一人しかいないイベントでもリモートであっても変わらない。いつでもどこでも棚橋は最初に「100年に一人の逸材」と言い続けている。
 
自ら生み出したメタファーが一人歩きをして世間に定着したときに本当の意味でプロレスが復興したときだろう。
 
「100年に一人の逸材棚橋弘至」「レインメーカーオカダカズチカ」というだけで誰だかすぐに思い出せてどんなプロレスラーなのかみんなに知ってもらえる日が来るまで彼らはメタファーを生み出していくだろう。
 
それを見届けて助けていくのがプロレスファンの役目であると僕は信じている。《終わり》
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって都内に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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2020-07-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.87

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