週刊READING LIFE vol.88

夢を追う。失う。それでも、光を求めるか。《週刊READING LIFE Vol,88「光と闇」》


記事:ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
東京で過ごす夜。
煌々と輝くビルの明かりを、わたしは淡々と眺めていた。
赤坂のホステルで、ぼーっと本を読んでいると時刻は11時。
明日も早い。
LINEの通知は1件もない。
泣きたいな、と思ったけど、とくに泣く意味もなかった。
そのまま眠りについて、夜の闇に包まれた。

 

 

 

思えば、あの時のわたしは孤独だった。
就活のためにひとり東京に来て、周りの友達と違うことばかりしていた。
学部の子と予定を合わせて合同説明会に行くとか、一緒にSPIを受けるとか、そういうことは一切しなかった。
市役所にも金融機関にも保険会社にも勤めたくなかったわたしは、東京に出るしかなかった。
わたしが通っていた大阪の大学には、東京の大学生ほど広告やメディア関連の仕事を目指す人はいない。
一般的にブラックだと言われているその道を選ぼうとすることは、とてもリスキーなこと。
もしかしたら、心身ともにやられてしまうかもしれない。
それでも、どうしても好きなことを仕事にしたかったから。
わたしは東京で、独自の方法で就活をしていた。
 
東京には、すごい人がたくさんいる。
すごい人と出会って、お話を聞かせて頂くのは意外とそこまで難しいことではない。
学生の特権であるOB訪問。
ツテなんてひとつもなかったけど、ありとあらゆる手段を探して志望業界のお話を聞ける先輩を探した。
週末は毎週東京に来て、業界を目指すための就職講座みたいなものを受けた。
人脈のため。
そういう言葉はこの世で一番嫌いだったけど、そうするしかなかった。
そうしなければならないものだと思っていたから。
 
「よかったら、OB、紹介しましょうか?」
 
ある日、就職講座を行っている会社の社員の方が、そう声をかけてくれた。
その人とわたしは出身大学が一緒だった。週末になるとわざわざ東京に来て講座を受けに来るわたしと就活生時代の自分を重ねて、OB訪問させてもらえる先輩を紹介すると言ってくれた。
必死に頑張っていれば、その必死さを買ってくれる人は必ずいた。たくさんの人に助けられて、東京で生きていた。
 
とある日曜日。
恵比寿で待ち合わせて、3つの会社の社員の方に会わせてもらった。
 
1人目の社員の方は、広告会社のプランナー。終電で帰宅する日が続いていたらしく、すごく疲れていたけど、時間を作って来てくれた。
 
「映画の広告を任されて、クレジットに自分の名前が載ったときは、嬉しかったな」
 
イキイキと話すその人の笑顔は、キラキラして見えた。
 
2人目の社員の方は、広告会社の営業。
飲み会が大好きな女の人で、うちの部署は飲み会が少ない! と怒りながらも笑っていた。
 
「自分の関わったものがテレビとかで流れると、頑張ってよかったーって思うよ」
 
綺麗に整った身なりをしたその人の肌がつやめいて、キラキラして見えた。
 
3人目の社員の方は、広告会社のコピーライター。
日本人なら全員知っているといっても過言ではないほどメジャーな広告のコピーをたくさん書いている人だった。
 
「好きなことを好きで居続けることが大事だよ」
 
仕事を愛しているその人が紡ぐ言葉は一つひとつが重くて温かくて、キラキラして見えた。
 
3人の業界の先輩方が語っていたことを、すべてきちんと覚えていたくてたくさんメモをとった。3人ともみんな仕事が好きで楽しそうにしていた。本当に忙しそうだったけど、自分の生み出したものが世に放たれることを誇りに思っていた。
 
あのビルの明かりを、作っているのはこの人たちなんだ。
それに気づくとより一層、焦がれた。憧れた。
わたしもあのビルで働きたい。
そう思った。
 
泊まり込んでいる赤坂のホステルに帰ると、窓の外を見てビルの明かりを眺めた。わたしもあの明かりを作る一人になって、自分の生み出したものを世に放っていきたい。そんなことを考えながら、深夜になっても決して消えないその明かりを、眠りにつくまでずっと見ていた。
 
結局、このあとわたしはインフルエンザになってしまって、東京にしばらく来られなくなり、講座も終わってしまった。ただの善意で週末を割いて時間を作ってくれた、就職講座の会社の社員の方。お話を聞かせてくれた業界の先輩方。メールで挨拶はしたけれど、あの日からもう全然会っていない。でも、たくさんの刺激を浴びたあの一日のことをわたしは忘れることはなかった。
 
人脈。
その言葉はすごく嫌いだったけど、そればかりを求めていた。
友達と連絡を取る頻度が減って、LINEの通知が鳴らなくなった。
みんな就活を頑張っているんだからこんなもんか、と思っている自分がいた。

 

 

 

「作る人って、何かが突き抜けていたら、何かは絶対欠けているものなんだよ。逆に言えば、何かが欠けていることを受け入れているから突き抜けられるんだよね。まぁ、全部がオール5の人もごくまれにいるけど」
 
仕事で行き詰まっているとき、上司にかけられた言葉はわたしの心に強く染みた。
時は経ち、わたしも社会人になっていた。
 
「ずっとオール4だったら難しいよね」
 
それなりに優秀で、それなりに人に認められて、それなりに褒められて生きてきたわたし。それは、周りに求められているものを、求められているようにこなして、求められることだけをしてきたから、得られてきた評価だった。
 
クリエイターのはしくれになることはできたけど、何も上手くいっている感じはしない。むしろずっと行き詰まっていて、後退している気がする。わたしがそうなってしまった原因は、まぎれもなく「それなりにできる子」でいようと居続けてしまっていたからだった。人に合わせて、求められているわたしだけを出して、日々仕事に励んでいたからだった。
 
「……でもわたし、全部できるようになりたいんです」
 
完璧主義なわたしには、何かをあきらめてどれかを突き抜けようとするのはとてつもなく難しいことだった。仕事に関する知識を豊富に持っていたいし、面白いアイデアを出せるようになりたいし、話も上手い人になりたい。全部欲しかった。オール5が欲しかった。今までオール4しかとったことがないというのに。
 
「何かを得るってことは、何かを失うってことなんだよ。スポーツ選手だってプロで結果を残せる人は、プライベートの時間を犠牲にして技術を磨くことだけに集中してきたから、結果を出せてる。自分が身に着けたいものを自分で選んでる。そういうことなんだよ」
 
どうすればいいかわからなくなって、苦しくて、ぽろぽろと泣くわたしに上司はこう言った。全部欲しくなっちゃう気持ちはわかるけどね、という言葉を添えて。
 
欲張りでいることはきっと悪いことではないのだけど、悲しいことに時間は有限。1日は24時間しかない。だからこそ、自分がいま時間をかけるべきもの、大切にすべきものを見抜かなければいけない。自分が突き抜けたいものを選んでいかなきゃいけない。もちろんそうしない生き方もあるんだろうけど、あいにくわたしが選んだ職種は、そうやっていくべきことが大切にされる職種だった。
 
自分で選んだ仕事なのに、果てしなく難易度が高いように感じた。
 
実際、突き抜けることに抵抗のない人はたくさんいる。
「結婚とかそこまで重視してないから、仕事だらけの毎日になっても全然いい」と明言できる人や「どうしてもこういう仕事がしたいから転職する」と即座に判断できる人。
そういう人こそが本来はきっと、作る仕事に向いているのだろう。
失うことが何よりも怖いわたしは、このままだといつまでも停滞したままなのかもしれない。

 

 

 

あの頃、すごい人になりたくて、ビルの明かりを見ていた。
仕事を全力で楽しんでいた業界の先輩方が歩んできた道は、キラキラ光り輝いているように見えた。好きなことを好きで居続けて、仕事で世の中に名前を残して、週末も会社の人と遊んで士気を高めて。そういうことができる人になりたかった。
人生のなかのほとんどの時間、仕事をして過ごすことになるのなら、全力で頑張れる環境に身を置きたいと思っていた。
 
あえて見ようとしていなかったとは言わない。
ただ、あえてその方向に身を振ろうとしていたとは言える。
光り輝く部分だけに目を配るようにした。
その部分だけを大事にしても違和感を持たないように自分を強制しようとしていた。
闇に消えていくもののことなんて考えたくなかった。
 
仕事が忙しくなると、友達や恋人に会う時間がなくなる。
ビルの明かりを作るということは、夜遅くまで働くということ。
大切にしなければいけない仕事の繋がり上の飲み会ならいけるかもしれないが、業務と関係ない飲み会なんていけるはずもない。
デートをドタキャンしないといけないときだって必ずある。
 
きっとわたしが今まで出会ってきたすごい人たちも、失って、失って、失った分、時間をかけて良いものを作ったから、世の中に名が残るようなものを生み出せているのだと思う。もちろん失ったもののことは、これから社会に出向こうとするわたしに見せようとはしなかったけれど。
 
だからわたしも、失うことへの抵抗感が薄くなるように自分を鍛えていたんだと思う。
就活期間中、友達との連絡は全然取らなかった。
人脈を築くことに注力して友達と会わなかったり、プライベートの時間を削ったり。
でも、「そんなの全然大丈夫!」と思えないとやりたい仕事はできない気がしていた。
 
どの生き方にも、正解はない。
別にずっと「それなりに優秀」を目指して、オール4を取って生きていくのも悪いことではない。突き抜けたら突き抜けたで生きづらくなることは、なんとなくわかっている。それでもわたしは、突き抜けられる人にどうしても憧れてしまう。何かを失うことに抵抗のない人が生み出すものは、たいてい全部面白い。
 
不思議なことに、きらびやかな世界であればあるほど、光と闇は混在している気がする。テレビで活躍する芸能人なんて、もっといろいろなものを失って生きてきている。プライベートで周りの目を気にせず遊ぶことはできないうえ、恋人も簡単に作れない。結婚も自由にできない。本当に酷だ。それでもその世界で、自分のやるべき仕事を、やりたい仕事を、まっとうしているのだ。

 

 

 

もし、遊ぶ時間を割いて、全力で何かに没頭することが出来たなら。
そうすることができたものへの愛は、本物かもしれない。
すべてにおいて中途半端な自分が嫌で、とにかくまず、何かを突き抜けたいと思った。
ひとつでも何かにまっすぐ取り組むことができたら、失うことへの抵抗も薄れる気がした。
わたしは物事の優先順位すら、自分で決められないから。
 
天狼院書店のライティング・ゼミを受け始めたのも、そこからライターズ倶楽部に入る決意をしたのも、こんな風に停滞している自分から脱したかったからだと思う。ほかにも理由はたくさんあるけれど。
 
毎週必ず時間を割いて、一定の文字数の文章を書く。
終電で帰宅する日もざらにあるし、土日に予定だってあるけど、それでも必ず書く時間を作る。
それをすることで、オール4ばかりの自分から脱するチャンスを増やしていこうとしていた。書くことで突き抜けたいと思った。
 
楽しくて全力を尽くせる仕事。世の中に名を残せるほどの突き抜けた才能。
大好きな友達や恋人との長く続く深い関係。家でゆっくりテレビを見る時間。
できることなら全部欲しいけど、すべてを手に入れることはできない。
光の裏には闇があるように、何かを得ることの裏で何かを失っている。
 
そのなかで、何を選ぶか。何を優先するか。
あるいは、すべてを少しずつ手に入れようとするか。
最終的に自分が何を求めるかの判断は、すぐにつけなくていいと思っている。
 
ただ、いまわたしは、自分の好きなことで突き抜けられる人になりたいのだ。
それなら、それに時間を割かなければならない。

 

 

 

東京で過ごす夜。
煌々と輝くビルの明かりを、わたしは作っている。
あの頃焦がれていた場所ではないけれど。
終電に乗る。
明日も早い。
LINEの通知は1件もない。
スマホのメモアプリを開いて、文章を書く。企画を考える。
いつかこれを仕事でいかせるようになれたら。
うっすらと、そう思う。
電車は地下から地上に上っていく。
夜の闇に包まれても、電車のなかは明るい。
この光のなかにいたら、わたしはすごい人になれるのだろうか。
今となってはそれも少し違う気がするけれど。
 
チカチカ点滅する蛍光灯みたいに、わたしの気持ちはぶれていた。
すごい人にはいくらでも会える東京。
でも、それだけだ。
 
わたしは今日も、答えのない答えを求めて、自分の歩むべき道を探し続けている。
まだもう少し、時間がかかりそうだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西出身、東京在住。24歳。社会人2年目。
Webメディアで広告制作の仕事をしている。
趣味はアイドルを応援すること。
幼少期から文章を書くことが好きで、2020年3月からライティング・ゼミを受講し始め、現在はライターズ倶楽部にも所属している。

この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.88

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