週刊READING LIFE vol.88

垣間見た海外の子育ての本当の闇《週刊READING LIFE Vol,88「光と闇」》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「アメリカ等、海外では子供が親に『クソババア』って言わないんですよ」
 
海外で活躍されている日本人の教育関係者の方が、日本で行われたとある会合で参加者に言った。その言葉を聞いて私の顔は引きつった。
 
なぜなら、私はアメリカに住んでいるにも関わらず、事もあろうに、その日に息子から「クソババア」と言われたばかりだったからだ。
 
教育者の方は続ける。
 
「理由はわかりますか? 海外の子供は親から愛されているので、そんな事は言わないのです」
 
海外の子供が「クソババア」と言わないということを聞いただけでも私にとってかなり衝撃的だったが、理由を聞いてさらに鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。

 

 

 

我が家の息子はアメリカ人の父と日本人の母(私)とのハーフの13歳で、反抗期の真っ只中にいた。イライラした息子の機嫌を取ろうとせめて子供の好きなハンバーグやカレーを夕飯に作っても「量が少ない、おかわりができないじゃないか」と文句を言われ、ちょっと息子の様子を見ていると、「ジロジロ見るな」と吐き捨てられる。「宿題はやったの?」と聞くだけで、「うるさい! あっち行け!」と罵られる始末だった。
 
アメリカ在住の日本人のお母さんとお話していると、男女問わず10代になると程度の差はあれ、反抗期がやってくるのは特別なことではないと感じられた。ただ、息子が時折口にする、「XX(アメリカ人の友達の名前)のお母さんはもっと優しい。XXの所の子供になりたい。こんな家出ていきたい」というのを聞くと、アメリカ人のお母さんは優しいのが一般的で、愛情を言葉でちゃんと子供に伝えているように思えた。確かに、子供のことを悪く言うアメリカ人のお母さんには未だ会ったことがない。しかし、私は子供の反抗期の悩みを相談をするほど親しくしているアメリカ人のお母さん友達もいなかったので現状はわからないままだった。
 
ただ、夫からは、口に出して私が子供に「I love you」(愛しているよ)と言わないことが息子が私に反抗する一つの理由だと責めらたことがあったのも事実だった。けれど、親から「愛しているよ」と言われたことが無い自分が、子供に対して言葉で愛情表現することにものすごく抵抗があったし、考えすぎかも知れないが、「大好きだよ。愛しているよ」とは口では簡単に言えるが、そんなに軽々しく口に出していう言葉なのだろうかという疑問があった。反抗期の子供の問題が「愛しているよ」と言葉にすれば、魔法のようにすべてが解決する簡単な問題なのかもよくわからなかった。

 

 

 

私は、息子が「学校で女子に髪型がキモいと言われた」と悩んでいた時は、かっこよくカットしてくれるおしゃれなヘアサロンを探して連れて行ったり、町のサッカーのチームで、チームメートからダメ出しされて落ちこんで悩んでいた時は、自信を回復させるために有名なコーチが教えてくれるプログラムに参加させて自信を回復させたりした。日本人とアメリカ人のハーフだから友達ができないと思い込んで悩んでいたときには、親身になって話を聞いて、二つの文化を持つことが将来社会に出たときに有利になることを話して聞かせた。また、失敗してもいいからできるだけ息子がやりたいということを優先させて、息子の側に寄り添いサポートしていたつもりだった。それでも息子から「お前なんかきらいだ」と言われることもあり、どれだけ一生懸命息子のためにと思って行動しても、その思いや行動は愛情として息子に伝わっていなかったことは母親としてやるせなかったし、自分の子育てに自信が持てなかった。親子でも気が合わないケースもある。このまま息子の気持ちが離れていってしまうのだろうか。高校を卒業して家を出ていったら、もう親子の関係も切れてしまうのだろうかと悩む日が続いた。
 
そんな時に追い打ちを掛けるように、冒頭の言葉を聞き、普段から自分の子育てに自信が持てていなかった私は、「母親失格」の烙印を押されて、闇の中に突き落とされたような気持ちになった。

 

 

 

それから息子と私の親子関係の改善の兆しは見えないまま数ヶ月がたった。
 
息子が通う中学では、PTA主催で毎月親が様々なテーマで学べるようにイベントが開催されている。ある月は人種差別について専門家を招いて話し合う会、ある月は子供のメンタルヘルスなどについてのセミナー等、毎回興味深いテーマばかりだった。私はアメリカでの子育てが初めてということもあり、文化を知る上でもなるべくそれらの会に参加するようにしていた。今年の年始に開催された会は、小児科医による電子タバコの子供への害についての講演と、ティーンネイジャーの子供が部屋でドラッグをどのように隠し持っているのかの展示を見るというテーマだった。
 
うちの子供はタバコやアルコール、ドラッグなどはしていない。だが、昨年、学校主催のスキーのプログラムの送迎のバスの中で、電子タバコを使用している生徒がいた事を聞いた事もあったし、我が州では近年、マリファナを嗜好品として合法化したこともあり、予備知識として学んでおいて損はないと、セミナーに参加することにした。
 
ちょうどその日も学校から帰ってきた息子と些細なことで口論になった。講演会は夜のため、抑えきれない腹ただしい気持ちのままバタバタと家を出て、会場の息子の通う中学に向かった。
 
会場に到着し、最初に係の人に誘導されたところは、何の変哲もない中高生の部屋の展示だった。勉強机の上にパソコンが置いてあり、部屋の中央にベッドがあり、その横に引き出し付きのナイトスタンドが置いてあった。
 
まず、私は勉強机に近づいた。ラップトップのパソコンの横にUSBの大きめのものが挿してあることに気がついた。
 
「これは電子タバコの充電です」
 
私がパソコンを見ていると、この展示を主催している、青少年の薬物乱用のサポートグループのメンバーが教えてくれた。電子タバコの事は聞いていたが、実際に見たのは初めてだった。充電をパソコンのUSBポートに挿して充電できることを初めて知った。しかし、言われないと大きめのUSBにしか見えないし、それが電子タバコの一部で充電中とは気が付かない。
 
私が驚きで声を出せないでいると、係の方は説明を続けた。
 
「このテニスボールの中に、ドラッグなどを入れて隠しておくんです。このコーラの缶もそうですよ」
 
パソコンの横にはテニスボールが3つ、プラスチックのケースに入っていた。それを係の人が一つ出して見せてくれた。なんの変哲もないテニスボールに見えるが、よく見ると切れ目が入っていて、中の空洞にドラッグを隠せるようになっていた。それから、同じように机に置いてあったコーラの空き缶に見えた缶も実は偽物で、その中にうまくドラッグを隠せるような作りになっていた。他にも分厚い辞書のような本に見えるものがあったが、それも中が空洞になっていた。後でネットで調べてみると、これらはお金を隠すための防犯グッズとして販売されているようだが、ドラッグ利用の際、隠したり手渡したりする時のための道具としても悪用されるようだった。
 
「これは?」
 
パソコンの横に、スパイスの一種のナツメグがあり、私が指差した。
 
「ナツメグは摂取しすぎると幻覚症状や中毒症状が出るんです。シナモンもそうです。それから、バニラエッセンスやマウスウォッシュにはアルコールが入っているので、アルコールの代用品として摂取する子供もいます」
 
知らない事だらけで、知れば知るほど頭がくらくらした。しかし、私はこういったアイテムが薬物摂取を隠すために使われている事実よりも、ティーンネイジャーの子どもたちが、これらの隠すための道具を利用し、親をだましてまでもドラッグを使わないといけない状況の方が恐ろしいと思った。それに、アメリカの子どもたちは愛されているから親に暴言など吐かないとも聞いていたけれど、実際には何か心の問題や現実から逃避するためにドラッグやアルコールを隠れて摂取している子もいるのだろうと推察した。その中には、表面上は良い子の振りをしている子がいるのかもしれない。反抗期で暴言を吐く私の息子も将来、こんな風に私を騙して影でドラッグを利用するようになるのだろうか……。
 
私は、アメリカのティーンエイジャーの薬物利用のリアルを垣間見たような気がして、愕然とした。それに加えて自分の中で子供に対して悩んでいた感情が堰を切ったように溢れ出てきて、私はその場で動揺してしまい、感情が抑えきれずに涙が溢れ出てしまった。
 
部屋の展示の担当のサポートグループの係の人は、私が動揺しているのに気づき、「何でも話してくれたら良いですよ」と優しく声を掛けハグをしてくれた。私はその時の正直な気持ちを聞いてもらった。自分の息子の事、アメリカの子どもたちは親に反抗なんてしないと聞いていたこと、自分の子育てが間違っているのではないかと悩んでいた事等だ。
 
担当の人は返答してくれた。「悩んでいるのはあなた一人ではありませんよ。あなたは悪くない。自分を責めないで。アメリカでもティーンネイジャーの問題はいろいろあります。人に話しにくいことで、何か困ったことがあったり相談したい時は、いつでも私達のサポートグループに連絡して来てください」と名刺を渡してくれた。
 
声をかけてもらって安心した。
 
私の中でのアメリカ人の子育ては、常に子供を褒め、怒鳴りつけることもなく優しく接し、言葉で十分に愛情を示すという印象だった。そんなアメリカ人の子育てが光だとすると、日本人の私の子育ては、しっかりした大人に育って欲しいが故に少し厳し目であり、また、子供から反発されると私も声を荒げてしまうことがあった。こんな私がどれだけ息子のことを思って行動していても、その愛情は息子に届かず、親子の関係は悪化するばかりで闇の中をさまよっているような気分だった。
 
しかし、その日部屋の展示を見て、実際には光だと思っていたアメリカ人の子育てにも、私が想像するよりも深い闇があることに気が付かされた。
 
その日にもらった2018年の調査に基づく資料によると、息子が通う中学校で電子タバコを使用した事がある生徒が19パーセントもいた。高校になるとその割合が45%まで上がる。その中でも電子タバコを常用している高校生は31%だった。私達が住む町の公立の学校は特に不良が多いとか荒れた学校ではない。先生方も熱心だし、教育の環境は恵まれていると感じている。興味本位で電子タバコを始める子もいるだろうが、何かに依存したいという精神的に不安定な状態の子供がいることも否定できないだろう。
 
電子タバコやドラッグやアルコールに隠れて手を出すぐらいなら、私に反抗することで、フラストレーションを言動で表に出しているほうがよっぽど健康的だと思えてきた。
 
自分の子どもを通じていろいろ分かってきたのは、アメリカでもいろいろなご家庭があり、表面的に知り得る情報だけで、親子関係を一般化することなどできないということだ。我が家に関して振り返れば、反抗はするけれど、問題があったときも今の所、私や夫に相談してくれている。そう考えると、反発されること自体は、決して悪いことではないのではないかとそう思えてきた。
 
我が州では3月半ばからコロナ渦で学校が休みになり、そのまま夏休みに突入した。息子がずっと家にいるので、親子の衝突が増えるだろうと思ったが、思っていたよりも口論の数は増えなかった。今までは、地元の学校、宿題、クラブ活動、日本語学校の宿題など、追い立てられるようなスケジュールだったのが、その6割ぐらいの予定がなくなった。よく考えたら、息子は私の中学時代よりも、幼いうちから時間に追われ、学校の成績や友達関係などプレッシャーやストレスが多い生活を送っていたことに気がついた。息子のイライラの原因は親子関係だけでなく、そういったところにもあったのかも知れない。
 
ダメもとで、一緒に息子が好きな肉まんやクッキーを作ろうと誘ってみたところ、案外すんなりと提案を受け入れてくれた。それから、友達のことやゲーム用のコンピュータを自作する話など、世間話もできるようになった。夏休みに入りさらに時間ができたので、自宅やご近所の芝刈りや庭仕事も手伝うようになった。忙しかった時には信じられないことだ。
 
まだ息子の気持ちは不安定なときもあるし、親子間の口論が全くなくなったわけではない。だが、親子関係は以前に比べると改善に向かっているように思う。純日本人の海外での私の子育ては谷底の闇の中だと思っていたが、本当の闇に入る前に少し浮上し、少しだけ光が見えてきたような気がしてきた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語を忘れないように、2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得する。

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2020-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.88

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