週刊READING LIFE vol.89

人生において、地域において、「おじさん(おばさん)」との出会いは大事である《週刊READING LIFE Vol,89 おばさんとおじさん》


記事:安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
皆さんのこれまでの人生で「○○のおじさん(おっちゃん)、○○のおばさん(おばちゃん)」と呼ぶことができる人物と出会ったことがあるだろうか。もし、すぐに自分の頭の中である人物が思い浮かび、その人とのエピソードを語ることができたなら、それはかなり貴重な、そして幸せな経験をし、おそらく自分の成長に大きく影響があったのではないだろうか。
 
私にもすぐに思い浮かぶ「おじさん」が1人いる。
その「おじさん」は私の人生において、私に大きな影響を与えた人であり、今も感謝しても仕切れない。
 
その人は近所に住んでいた「もりのおじさん」だ。森という苗字であったため、簡単に名付けられたが、周囲の人たちもそう呼んでいた。「もりのおじさん」は奥さんと一緒に住んでいたが、自分の子どもがいなかったため、地域の子どもを非常に大事にしていた。登校時の見守りや、地域行事へのボランティアなど積極的に地域と関わり、何より子どものことをよく観察し、そして気にかけてくれていた。
 
私も「もりのおじさん」の存在を幼い頃から知っていたが、直接、「もりのおじさん」と会話することや、地域行事で交流することもなく、ただ地域にいる1人のおじさんとしてか見ていなかった。近所に住んでいたが、特に自分の両親と仲がよかったわけでもないので、私たち家族が特段関わることはなく、自分からあまり気にかけることもなかった。
 
しかし小学校に入学すると、「もりのおじさん」と急に関わることになる。
 
「おかえり! 今日も学校楽しかったか?」
 
小学校の通学路に「もりのおじさん」が立っていたため、他の小学生と同じように私に声をかけてくれるようになった。しかし、私は黙ってうなずき、少し歩きを早めて通りすぎた。どちらかといえば人と会話するのが苦手だったこともあったが、特に知らない人には話をしない、話しかけられたら逃げるよう親から言われていたため、「もりのおじさん」だとしても、何をされるか分からないという不安から、交流することを避けた。
 
しかし、「もりのおじさん」は私に毎日話しかけてくる。
 
「授業はついていけてるか?」
「帰りが早いな! 友達とはいっぱい遊んだんか?」
「今日は帰ったらどこに遊びに行くんや?」
 
毎日、必ず何かしら話しかけてくれる。
それでも、私はいつも無視に近い形で、会話することなく、話しかけられても対応は一切しなかった。
 
そんな中、ある日、「もりのおじさん」から呼び止められる。
 
「なんでいつも下を向いて歩いてるんや? 何か学校で嫌なことがあったか?」
 
この日は声をかけるだけではなく、私の正面に立って歩き去らないように回り込んできた。
そして、蹲み込んで私の目線に合わせて話しかけてくれた。
 
私は幼稚園の友達とは違う校区の小学校に入ったこともあり、幼稚園時代からの友人が1人も小学校にいなかった。また、小学校では幼稚園ごとの仲良しグループが既にできており、その和に入ることもできず、新しい友人ができなかった。学校でもいつも1人で過ごし、入学式が終わって何日経っても友人ができないままでいた。いや、もしかしたら自分から作ることも諦めていたのかもしれない。先生が私のことを気にかけてくれることもなかったので、別になんとも思わなかったが、幼稚園のときと比べると、1人だけで過ごす学校生活は全く面白くなかった。
 
また、小学校に入ると、私の両親が共働きを始めたため、学校終わりに帰宅しても誰もいないため、ただ家で虚しくなるだけだった。そのため、真っ直ぐ家に帰るのが億劫になり、公園で何もせずに、ブランコに座ってただ時間を潰すこともあった。何日か経つと、公園に同級生が遊び始めたこともあり、自分の居場所を失ってしまった。家に帰ってから何をしよう、と考え込んでいたため、無意識に毎日下を向いて歩いてのかもしれない。
 
「もりのおじさん」はそんな私の様子を毎日見ており、心配になったのかもしれない。
ただ、私は全く知らないおじさんに、自分のことを話す気には全くならなかった。
 
黙って下を見ている私を見て、「もりのおじさん」は言ってくれた。
 
「学校に戻って、おじさんと遊ぼうか」
 
私は何も言わなかったが、何に悩んでいるのか、すぐに察してくれたのかもしれない。
そして、私が警戒心を持っていたことも理解し、第3者がいる、安全な場所で遊ぶことを提案してくれた。
 
私は黙ってうなずき、一緒に学校に戻った。
家に帰って1人で何もせずに時間を潰すよりはマシだと思ったからだ。
 
学校に戻ると、まず職員室に迎い、「もりのおじさん」が先生と何か話していた。
地域でも、そして学校でも有名人だったため、すぐに先生たちが状況を理解してくれ、学校で遊ぶことを許可したらしい。
 
外では同級生や上級生がグラウンドで楽しそうに遊んでいる。
一方、私は「もりのおじさん」と一緒に学校の空き教室に向かった。
 
教室に入ると、「もりのおじさん」は見たことのない鉄の塊を見せてくれた。
 
「これはベーゴマって言うんだ。見たことあるか? おじさんが小さい頃、学校が終わると駄菓子屋の前でみんなでこれで遊んで夢中になったものだ。やってみるか? 」
 
鉄の塊と紐を受け取ったが、何をどうして良いのか全く分からなかった。
「もりのおじさん」はただ私の様子を見て何もアドバイスをしてくれなかった。
 
「どうやって遊ぶの?」
どうしても遊び方が分からなかったので、私は「もりのおじさん」に聞いた。
 
「もりのおじさん」は笑顔で反応してくれ、何も言わずにベーゴマに紐を巻き、そしてそれを引いて投げた。ベーゴマは綺麗な回転で高速に回り、そして安定していた。
 
さっきまでただの鉄の塊にしか見えなかったものが、綺麗に回転している様子を見て、私は俄然、そのベーゴマに興味が湧いた。そして、自分で回してみたいと思った。
 
「僕にもやり方教えてよ」
 
聞こえないほどの小さい声で、私は「もりのおじさん」にお願いした。
「もりのおじさん」は嬉しそうに反応し、回し方を教えてくれた。しかし、あくまで基本的な巻き方と投げ方だけで、上手く回すコツなどの詳細は全く教えてくれなかった。見様見真似でやるしかなかった。
 
当然、遊んだことがないので、ベーゴマが回るはずはない。ひどい時には黒板や壁にぶち当たった。私が回すのに必死になっている様子を見て「もりのおじさん」は笑っていたが、何度も挑戦する私に対して何かをアドバイスすることは一切なかった。
 
30分ほど経ってから、「もりのおじさん」は私に行った。
 
「ベーゴマを自分で回せるようになってごらん。それまでは家でも、学校の帰り道でも練習してごらん」そう言って「もりのおじさん」は私にベーゴマを手渡した。
 
その日はそれで一緒に学校を出て、家の前まで送ってくれた。
 
家では相変わらず1人の空間だったが、この日は今までとは違った感情が芽生えていた。
 
「ベーゴマって、面白いな。毎日練習頑張ろう」
 
「もりのおじさん」が回したベーゴマの美しい回転が頭から離れなかった。どうすれば、自分でベーゴマを回せるのか、そればっかりを考えていた。
 
そして、親が家に帰ってくるまでの間、私は必死になって練習した。学校が終わるとすぐに家に帰り、部屋の中でベーゴマを投げては、回らない理由を考えた。どうしても回らない時は諦めることもあったが、何もしない時間に耐えられなくなり、すぐにベーゴマと向き合った。これまでただ長い時間に感じていた毎日が、ベーゴマのことを考えると、急に1日の時間が短くなったような感覚になった。それほど私はベーゴマに没頭した。
 
ベーゴマを始め3ヶ月ほど経ち、気が付けば1学期が終わり夏休みに入ろうとしていた。
終業式の前日、「もりのおじさん」は地域の見守り活動の一環で、校門の前で子どもたちに鉛筆を配っていた。私を見つけると、すぐに声をかけてきた。
 
「ベーゴマ、回せるようになったか?」
 
私はうなずいた。3ヶ月間、ほとんど家でベーゴマに夢中になっていたこともあり、「もりのおじさん」のフォームを思い出して練習した。何より私の父親が懐かしんで一緒になってベーゴマを練習してくれたこともあり、それ以降はメキメキ上達した。
 
「見といてよ!」
 
私はいつも持ち歩いているベーゴマをスボンのポケットから取り出し、校門の前にもかかわらず、ベーゴマを投げた。ベーゴマは回転が不十分ではあったものの、不安定に動きながらなんとか回った。
 
「すごいじゃないか! うまくなったなぁ」
 
「もりのおじさん」は手を叩いて褒め、私とハイタッチしてくれた。
人から褒められることがあまり無かったのと、何より自分が努力してくれたことを他人に認めてもらったことが嬉しかった。
 
「何それー! すごーい!」
 
気がついたら、同級生だけでなく、上級生も含め同じ学校の人たちが私の周りにいた。
私は急に恥ずかしくなって「もりのおじさん」の後ろに隠れた。
 
「もりのおじさん、僕にもあれ、教えてよ!」
同級生が言った。
 
「ベーゴマはあげよう。でも、これは、この子に教えてもらいなさい」
 
私は心臓が飛び出そうなほどビックリした。
私が教える、誰に?かなり混乱した。
 
「教えて! どうやったら回るの!?」
「公園で遊ぼうよ!」
 
これまで一切話しかけてくれなかった同級生が私を遊びに誘ってくれた。
そのことが嬉しくなって私はその場で泣いてしまった。
 
「もりのおじさん」が同級生に先に公園に行っておくよう伝え、その後私に話しかけてくれた。
 
「頑張ったな。何か1つでもきっかけがあれば、友達はすぐにできる。君は今ベーゴマをきっかけに友達と繋がることができた。これからは下を向かないで、前を向いて歩きなさい」
 
その時は意味はよく理解できなかったが、私は友達ができたこと、そしてそのきっかけができたことがとても嬉しかった。必死になって練習したベーゴマで、まさか友人ができるなんて思いもしなった。
 
「もりのおじさん」に感謝を伝えた後、私は公園で友人とベーゴマを一緒に練習した。
友人は3ヶ月前の私のように、ベーゴマを回すことさえできなかったが、その度に私に聞いてくるようになった。
 
気がつけば、友人が友人を呼び、私の周りには多くの友人ができていた。
何か1つでもきっかけがあれば、共通のツールがあれば人との繋がりができる。
 
幼いながらも、私はその時、人生で大事なものを学んだと思う。その後、すぐにベーゴマのブームは過ぎ去ったが、ベーゴマで繋がった友人とは、ベーゴマ以外でも遊ぶようになっていった。そして、家に帰ってからも学校や友達のことを家で話すようになり、これまでギスギスしていた親との関係も、ベーゴマを練習した頃よりも遥かに改善した。
 
「もりのおじさん」とは小学校を卒業して以来、一度も会っていない。もしかしたら私のことを覚えていないのかもしれない。しかし、私はこの経験を忘れることなく、そして今でも「もりのおじさん」から学んだことは大事にし、実践している。
 
社会において、特に自分が所属する地域コミュニテイにおいて、「おじさん、おばさん」非常に重要な役割を持った人物だと思う。下手したら親よりも子どものことをよく観察しており、そして地域の情報にも精通している。何より各地域で「○○おじさん、○○おばさん」といった呼ばれ方をすると、いかにその地域でその人たちが愛されているかが、すぐに理解できる。
 
私にとっての「もりのおじさん」が、おそらく他の人でも一回は出会い、そして貴重な経験をしてきたのではないだろうか。そう言った存在を大事にしなくてはならないと私は考えている。
 
今、自分が30代を迎え、子どもたちにとって「おじさん」に少しずつ近づいている中で、自分は、自分が関係する人たちにそんな存在になれるのか、まだ不安を抱えている。
 
「もりのおじさん」のように、子どもに何かを示してあげられないのかもしれない。それでも、自分の子どもは当然ながら、地域での関わり方を再度考えて、地域住民との関わりが減っている現代であっても、時代にあった形で、次世代に良い地域、良い大人の姿を見せてあげたいと思う。
 
「もりのおじさん」にはなれないが、地域との関わりが減った中で、今の時代にあった「ニューノーマルなおじさん」を目指し、まずは地域での活動に関わり、「○○なおじさん」と自分も呼ばれるようになって、地域に愛されるキャラクターになっていきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.89

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