週刊READING LIFE vol.89

人生を楽しむためのちょっとしたコツ《週刊READING LIFE週間テーマ Vol,89「おばさんとおじさん」》


記事:菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「え? こんなに白いんだ……」
「そうですね、ちょうど半々くらいかな」
 
床に落ちている自分の髪を見て驚いていると、美容師さんがそう教えてくれた。
 
不思議なことに、鏡を見た時に見える部分はあまり白髪が目立たない。なので、白髪が増えている自覚があったものの、まさか半分までになっているとは……
自分には「おしゃれなグレイヘアだ」と言い聞かせながらも、傍から見れば単なる白髪のおじさんだ。
 
30代半ばから白髪がチラホラ、40歳直前から急激に増え始めた。白髪が目立ち始めた頃は気になっていたものの、染めるのも面倒だなぁと思っているうちに、「もう今さら染めてもなぁ」というほどに増えてしまった。
 
ちょうど急激に白髪が増え始めた頃、他にも体の変化が現れ始めた。
睡眠時間が足りないと翌日がつらい、徹夜なんてもう無理。体力の回復も落ちてきて、疲れがなかなか抜けない。いつの間にかこびりついて落ちないお腹周りのお肉。
 
そんな変化は年齢を重ねるごとにさらに進行していく。
睡眠不足で疲れているはずなのに朝早く目覚めてしまう。「今日は昼までゆっくり寝よう」ということはもうできない。脂っこい食事が辛くなり、何だかだいると感じる日が増えてくる。
 
そう、まさに「老い」というやつだ。
精神年齢的には30歳くらいからあまり変化していないような気もする。それはまた別の問題ではあるけれど。
ただ、身体的には30歳半ばから「あれ?」と思うような変化が増え始めた。30代半ばまでは「運動不足かな」「鍛えれば何とかなるな」といった感じ。それが40歳を過ぎる頃には、次々に変化が現れ始めて、そんな小手先の対応は単なる悪あがきということに気がつき始める。そして、「老い」を受け入れるのだ。
改めて1つ1つの変化を見ていくと、やはり確実に「老い」は進行している。ただ、それは気がつかないほどジワジワと進んでいて、気がついた時には「あれ?いつの間に…」といった感じだ。
 
最近では、趣味のランニングにも影響が出始めている。
ちょっと追い込んだ走り込みをした後の回復が明らかに遅くなっている。表面的にはそんなに変わらないように感じていても、体の芯の部分に疲れが残ってしまっている感じで、回復までに時間がかかってしまう。そうすると以前のようにランニングが楽しめなくなってしまう。そこで、最近ではサプリを飲んだり、マッサージクリームを塗ってみたり。体のケアを怠ることができない年齢になってしまった。学生時代からずっと運動をしていて、なまじ体力に自信を持っていたので、そんな体力的な衰えのショックは大きい。
 
気持ちは若いつもりでも、以前と同じように好きなこともできなくなってしまう「老い」に直面すると、やはりおじさんになることはけっこうつらいものだなと感じてしまう。
 
そんなことを実感していたある日、こんなことを聞かれた。
 
「大人って楽しいですか?」
 
それは外部の社会人として参加した高校でのキャリア教育でのこと。予定のカリキュラムが早めに終わり、少し時間が余ったので「何でも聞いていいよ」と投げかけると、一人の高校生が恥ずかしそうにそう質問してきた。
 
思いもよらない質問に、慌てて教室にいたもう一人の社会人と「どちらが先に答えます?」と、目配せでの無言のやり取りをして、その人が答えることに。
その人は日記や家計簿をつけることを勧めていた。日記や家計簿を定期的に振り返ることで、「あぁ、こんなことがあったな」「あの時の自分はこんなだったな」と思い出すことができる。そんな習慣は日々の楽しさにも繋がってくると。
 
その人の答えを聞いていた高校生の表情を見ると、なんだかちょっと困ったような顔をしていた。きっと、「大人って楽しくなさそう」「大人になるのは不安」と思っているんだろうな、「大人って楽しいよ」と大人が言うのを聞いて安心したかったんだろうなと想像していた。
 
自分はどう答えようかと頭をフル回転させていると、授業時間が終わってしまいました、その質問に答えることはできなかった。
ただ、その後も「大人って楽しいですか?」という問いは、なぜか頭から離れなくなり、「大人って楽しいんだろうか?」とぼんやりと考えることが多くなった。
 
自分が高校生だった頃はどんな風に考えていたんだろう。
時代はバブル景気真っ盛り。うちの家ではそんな好景気を感じることはなかったけれど、テレビで映し出される世界では、大人たちはバリバリ働き・バリバリ遊ぶ、そんなエネルギーに溢れているよう見えた。社会全体が浮かれていたんだろう。
そんな様子を見ていたからか、高校時代、現代の高校生が持っているような大人になることへの不安は持っていなかった気がする。勉強をして、大学へ行き、企業に就職できれば将来は安泰。テレビに映っているような、華やかで楽しげに生活することができる大人になれる、そんなことを漠然と思っていたんだろう。
とはいえ、実際のところは、それから数年後にバブルは弾け、就職活動を始める頃には一転して就職氷河期に。結局、実体験としてバブルを感じることなく、就職活動にも苦労するハメになった。
 
振り返ると、当時の私は現代の高校生のように大人になることを真剣に考えていなかったんだろうと思う。
なんとなく明るい未来を感じていた当時と、実感の伴わない好景気や何かのきっかけであっという間に将来が見えなくなってしまう現代では、大人になることへの真剣さも大きく違うはず。現代の高校生の真剣さは、自分たちの将来への不安の裏返しなのかもれない。だからこそ、これから大人になる彼らは、身近にいる大人に確認したくなるんだと思う、「大人って楽しいですか?」と。
 
じゃあ、実際に大人は楽しいのだろうか?
周りを見回してみると、楽しそうな大人はけっこういる。
 
外国語は全く喋れないけれど、50歳を過ぎてから世界中を旅し始めて、その体験談を執筆・講演している人。
本業のピアノ調律師の技術やネットワークを生かして、街中に誰でも自由に弾くことができるストリートピアノを増やす活動を始めた人。
自分も通っていた50年以上続いた地域密着型の水泳教室がなくなることを知って、その生徒たちを受入れるために新しく水泳教室を立ち上げた人。
自ら起業した経験を生かして、起業する若者を後押しするイベントを立ち上げた人。
学生たちに働いている人の生の声を届けるために、数百人にもなる社会人ボランティアグループを作り上げ、年間数十回ものキャリア教育を無償で開催している人。
自分自身学び続けながらも、同時に多くの人のために学びの場を作り出している人。
趣味で始めたドローンを使って、動画撮影やドローン操作教室といった副業を始めた人。
 
どの大人たちもイキイキとしていて、いつ会ってもエネルギッシュだ。
もちろん、そんな大人たちも時には苦労もあれば挫折もあったはず。ただ、それすらも楽しんでしまうくらいの前向きなパワーを持っている。そんな前向きなパワーは、多くの人を惹きつける力がって、その人の周りには応援する人が集まってくる。そして、一人では乗り越えられない困難を乗り越えたり、できないと思われていたことさえ達成できたり。そんな経験を繰り返すことで、さらに楽しさが増していく。そんな好循環が生まれているようだ。
 
そんな楽しそうな大人たちは、ライフワークと呼べるようなものを見つけた人たち。
それは本業そのままの人もいれば、本業から派生した活動をしている人、本業から全く離れた活動をしている人と幅広い。
 
自分で事業を興した人や個人事業主であれば、「本業」=「ライフワーク」となりやすい。実際に組織を辞めて個人で事業を興した人は、本当に楽しそうに仕事をしている人も多い。
組織に勤めているとなかなかそうもいかない。希望の仕事ができないこともあれば、組織と個人の価値観がずれてしまうことも。そうなると、「組織で働く」=「ライフワーク」という図式は成り立ちにくい。
 
であれば、組織に勤めている人は、本業以外でライフワークとなるものを見つければいいのだ。
といっても、いきなり自分で何かを始めるというのもハードルが高い。そこで、まずは自分の興味があるもの、長く楽しめそうものに関連するイベントに参加してみたり、講習に参加してみたりするのがオススメ。その中で「これだ!」というものが見つかれば、まずは既存のグループに参加してみる。そのグループ内で、しっかり楽しむのも良いし、そこから得た経験やネットワークを使って、新たに仲間を集めて自分で始めるもの良い。
 
個人的なオススメは、やっぱり自分で何か始めること。
思いを同じにする仲間と一緒に何か新しいことを始めることは苦労が多いけれど、その分やりがいもあって達成感もある。さらに、その活動を通じて人とのつながりが次々に広がっていく。
私自身、6年前に仲間と作った本業とは全く関係のないグループがある。社会課題の解決に取り組むNPOを支援したり、「街を元気にしたい」「新しく事業を始めたい」といった人たちとそれを応援するような人たちを繋げるイベントを開催したり、思いがけず誰かとの繋がりに気づくことができる仕掛けを街中に作ってみたり、そんな活動をしているグループだ。その活動を通じて、本当に多くの楽しそうな大人たちに出会うことができた。こんな出会いを経験をするともう病みつきだ。
 
そんな大人を楽しむための「ライフワーク」に取り組む時にはちょっとしたコツがあると思っている。それはほんのちょっとのシェアだ。
自分の体験や知識、ネットワークを他の誰かにシェアする。そういうとハードルが上がってしまうけれど、自分の楽しいと思えることをシェアするといった感じ。
そうすることで、一緒に楽しむ仲間が増やすことができたり、誰かの「ライフワーク」発見の手助けになることも。そうやってシェアすることで、新しく楽しむ大人を増やすこともできる。
そうやって自分自身が楽しみながら、ジワジワと、そして確実に楽しむ大人を増やしていく、これもちょっとした楽しみだ。
 
こんな風に人生を楽しんでいる大人が増えると、世の中はきっと楽しくなるはず。
日本は世界的に見ても、大人の自殺率が高かったり、幸福度ランキングが低かったりと、物質的に豊かな国のはずなのに、どこか幸せを感じることが難しくなってしまっているようだ。
その原因の一つが、人生を楽しいと言い切れる大人が少ないことがあるのではないだろうか。そんな人生を楽しいと言い切れない大人を見ると、こらから大人になる高校生は不安になるんだと思う。
 
人生を楽しくできるのは自分自身。大人にはそうすることができるチャンスはたくさんある。そんなチャンスを生かして、人生を楽しむ大人が増えると、将来に不安を持つ子供たちも減っていくはず。
イキイキとした大人、人生をしっかり楽しむ大人がたくさんいる、そんな社会は何だか楽しそうだ。そんな社会を目指して、まずは自分自身がしっかり楽しむ、そしてその楽しみをちょっとシェアする、そんな人生を楽しむ力を持った大人が増えていくことが大切なんだと思う。
 
結局、授業の終了時間になってしまい、自分が高校生に答えることはできなかった。
だけど、もし答える機会があったらこう答えようと思う。
 
「大人ってけっこう楽しいよ」と。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県北九州市出身。
地方自治体の職員とNPOや社会起業家を応援する社会人集団の代表という2足のわらじを履く。ライティングに出会い、その奥深さを実感し、3足目のわらじを目指して悪戦苦闘中。そんなわらじ好きを許してくれる妻に感謝しながら日々を送る。
趣味はマラソンとトレイルランニング。

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2020-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.89

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