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週刊READING LIFE vol,106

恵まれた子コンプレックス《週刊READING LIFE vol,106 これからのお金の使い方」》


記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
この世に生を受けてかれこれ30数年、今のところ私はお金で苦労したことがない。
 
こんなことを書くと「自慢ですか?」という言葉が飛んできそうでちょっと怖いけれど、自分の実感として素直にそう思っている。
 
だからと言って、特別に家がお金持ちだったというわけではない。
“どこどこの社長令嬢で家にはお手伝いさんがいて” なんてことはないし、 “毎年欠かさず海外旅行に行っています” なんてこともないし、 “マンション経営をしています、駐車場も持ってますよ” なんていう不動産王でもない。
父親は地方公務員、母親は専業主婦という家庭で生まれ育ち、私自身も地方の一般企業で働いて何度か転職したりもした。
ごくごく普通の家庭だと思っている。
ただ、私の住む土地でいうところの地方公務員は周囲と比べて比較的給与水準が高かった、ということに加えて、過去に祖父母が自分で事業をしていてたまたま少しお金があり、私の家族もその恩恵にあずかった。
今でも両親とも健在で、自分自身も大病を患ったことは無い。
それが「お金がない」という経験をこれまでしてこなかった大きな理由だ。
つまり、“絶対的にお金があった” というよりも、身近な周りと比較して “相対的にお金があった” ということ。
そして、大きな額のお金が必要な事件が私の人生ではまだ起きていない、ということだと解釈している。

 

 

 

「私は恵まれた環境にいるのだな」とうっすらと感じ始めたのは、大学生の頃だっただろうか。
当時、私は地元を離れ県外の大学に進学し、初めての一人暮らしをしていた。
周りの友達はほとんどがバイトをしており、生活費の足しにしたり、中には学費の一部を自分で稼ぐためにバイトしている子なんかもいた。
私はというと「バイトばっかりになって単位を落としたりしたら意味がないから、無理してバイトなんかしなくていい、仕送りはするから」という父親の方針に従い、もらったお金で生活していた。
周りの子たちが一生懸命働いて、そのお金で生活しているのをみると、なんとなく肩身の狭い思いがした。
そんなことを言う友達なんて一人もいなかったのに、自分で勝手に「バイトしなくても良いなんて楽でいいね」という視線を浴びているような気がしていた。
 
「私は人からもらったお金で生活している、周りの子は自分で稼いでいるのに」
 
焦りの気持ちもあったけれど、バイトに明け暮れて単位を落とし、留年なんてしてしまったらそれこそ両親に迷惑がかかる。
“私も自分でお金を稼いで少しは自立したい” という思いと “必要な訳でもないのに今やるべき勉強を差し置いて親に迷惑をかけてはいけない” という思いの狭間でぐるぐると悩み、親の言うことを聞くいい子だった私は後者を選んで大人しく勉強した。
おかげで大学の成績は割と良かった。
必要な単位を落とすこともなかった。
 
けれど “私は恵まれているコンプレックス” がどこまでも付きまとってくるようになった。
 
通っていた大学には留学のプログラムがあり、英語が好きだった私は、実際に留学した方から話を聞いたりして「行ってみたい」とぼんやり考えるようになった。
父は「留学したかったら行ってもいいよ、費用は気にしなくていい」と言ってくれた。
でも、私は行かなかった。
留学して、それを活かして何がしたいのか考えると、その時の私には思いつかなかった。
何の目的もなくただ「行ってみたい」という思いだけで両親のお金を使って留学するのはダメなことのような気がした。
 
所属していたサークルでは、定期的に社会人の方を大学に招いて仕事の話をしていただく、というイベントを開催していた。
その流れで、大学の外の方とも接する機会が多く、飲み会や交流会なども頻繁にお誘いがあった。
様々な会社で働いている方々から話を聞くことは、当時大学生の私には刺激的でとても面白く「もっといろんな人の話を聞いてみたい」と思った。
けれど、飲み会は必要最低限のものしか参加しなかった。
自分で稼いでもいないのにそのお金で楽しい時間を過ごすために飲み食いするのはいけないんじゃないか、という気がした。
 
私は “恵まれていた” はずなのに、自分の楽しみのためにお金を使うことはダメなことだ、と思うようになってしまっていた。
お金はあるはずなのに、使えない自分がそこにいた。
 
“これは私が稼いだお金じゃない”
 
というのがまわりまわって
 
“お金を稼げない私は好き勝手楽しんではいけない”
 
という鎖を自らにつけてしまうようになっていた。

 

 

 

祖母はいつも「お金が無いと苦労するよ。うちは恵まれているよ」と口癖のように言う。
学生の頃進学のことなんかを相談すると母は必ず「お金のことはお母さん分からないから、お父さんに聞いてみなさい」と言う。
「稼いで来ているんだ、家のことは全部やってくれ」というスタンスの父は、家事を一切やらない。
 
もちろん、祖母の言う通りうちは恵まれていた。
もちろん、父や母の言う通り、お金を稼ぐというのはすごいことで、使い方を考えることは大切だ。
でも、お金というのはあくまでも目的を達成するための “手段” であって、お金そのものは “目的” ではない。
“暖かい家に住むために” お金を稼いで、
“美味しいものを食べる為に” お金を稼いで、
“色々なことを学ぶために” お金を稼いでいる。
つまり、お金を対価に幸せを手に入れるために、お金を稼いでいるのだ。
 
祖母も父も、きっと自分や家族を幸せにするためにお金を稼いでいたはずだ。
そして、その稼いだお金を自分や家族に惜しみなく使っていた。
けれど、私には「お金そのものを大切にしなければいけない」「お金を稼ぐ人は偉い」というメッセージだけが誇張して伝わってしまった。
結果、お金をどこか神格化し、「人の稼いだお金で生きている自分はダメな人間だ」と思うようになり、さらにこじれて「私は価値を生み出せない人間だ」と思うまでになってしまっていた。
“恵まれていた” はずの私は、お金に対するコンプレックスの塊を抱え、自分のためにお金を使うことをいけないこと、と捉えるようになってしまったのだ。

 

 

 

大学を卒業して就職し、自分でお金を稼ぐようになって、ようやくこの “恵まれた子コンプレックス” は少し影をひそめるようになった。
でも、今でも時折、心の奥底から顔をのぞかせることがある。
「今これは本当に私に必要なものなのだろうか?」
と考えて、余裕はあったとしても、小さな金額のものだったとしても、何かものを買うのを踏みとどまることは多々ある。
 
「お金なんてなくても幸せ」とは思わない。
もしも自分の大切な人が病気になったとき、いざというときにお金が無いと助けられないかもしれない。
何か自分がチャレンジしたいことが出てきたとき、お金を理由に諦めてしまったらきっと後々まで後悔してしまう。
かといって「お金さえあれば幸せ」とも思わない。
お金は手段であり、人生の目的ではない。
「お金なんてなくても幸せ」と振り切れ過ぎず、
「お金さえあれば幸せ」とも振り切れ過ぎず、
自分の生活の中に何があると幸せか、これからどんな人生を歩みたいのかを知りながら、そのために必要な分のお金を稼ぐ努力が出来るようになったら、もっとお金と楽しく付き合えるようになるのではないかと思う。
そして、私の中でお金を使うことに対する罪悪感もきっと減っていく。

 

 

 

あなたも、お金に対する負のイメージが胸の奥に眠っていないだろうか?
 
もしも、お金を使うときにいつも頭をかすめる気持ちがあるとしたら、それは自身が気付かないうちに刻んだお金に対する思い込みかもしれない。
 
お金を使うときに邪魔をするようなものであれば、ちょっと立ち止まってその思いがどこから生まれたのか考えてみると良い。
思い切って、信頼できる人にその思いについて話してみると “実は単なる自分だけの思い込みだった” ということに気付くこともあるだろう。
自分が長年抱いていたお金に対する気持ちが実は思い込みだった、と気づくことが出来れば、もしかすると、明日からお金の使い方が変わるかもしれない。

 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。
 
Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。
 
興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2020-12-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,106

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