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週刊READING LIFE vol,110

引き止めるぐらいなら、後悔させてやれ《週刊READING LIFE vol.110「転職」》


2021/01/11/公開
記事:成田陸(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
友人が転職する。次の職場は彼のスキルや経験が活きる場所のようだ。
「待遇は今よりも良いし、上司との相性も良さそうなんです。以前から、仕事の相談にのってもらっていて、尊敬してる先輩なんです」と彼から電話で話を聞いた。
「そうなのですね、尊敬できる上司のもとで働けるのはいいことですね」。
1年前ぐらいから転職をする予定があると聞いていたから驚かなかったが、実際に聞くと寂しさを覚える。
 
「いや~、成田さんには転職を後押しして貰ってありがとうございます。おかげで行動できました」と彼はどこか晴れやかな声で話す。
「ははは、それは良かったです」。わたしは乾いた声がでる。
「はじめて出会ったときから成田さんには色々巻き込まれましたが、これからは少し難しくなりそうですね」。申し訳無さそうに話す。
 
「そうですよ~。これから関西で企画を立てるときは誰を頼りましょうか~」冗談めかして、笑い飛ばす。
「そんなこといって、どうせすぐ頼れる人を見つけるでしょう。あなたはすぐ見つけて、たぶらかす」と彼も冗談交じり返す。
「だといいですね。では新天地で頑張ってください!」もうこれ以上話していると、なんとも言えぬ感情が溢れそうで、強引に電話を閉める。
 
「ありがとうございます。もうこれであの“危険”な職場を離れられます。ではまたどこかで」
「はい、またどこかで」電話が切れた。
 
「そっか~、転職するかぁ。まぁしょうがないよな」電話が切れた夜道でわたしはそうつぶやく。
 
彼の職場は聞くだけで気が滅入るような場所だった。しかし彼は3年間勤め上げた。
 
友人はキコリだ。
キコリとは木を伐る職人だ。ヘルメットを被り、チェーンソーを片手に持ち、チェーンソー用のガソリンやロープ、昼食などを合計10キロに届きそうな荷物を背負い、山に登って木を伐る。夏は朝日が登ると同時に行動し、おやつの時間が来る前に家に帰る。冬もおなじように行動し、日が暮れる前に帰宅する。8時間程度働く。工場やオフィスで働くのと違い、農業と同じように自然の中で働く。彼は自然に合わせて働くリズムを決める。
雨が降れば、滑落の危険性がでる。彼らの休日は雨の日だ。雨がやまなければ働けず、晴れれば無理なスケジュールで働く。労働基準法に照らし合わせたら、アウトと認定されるかもしれないだろう。しかし、それは起こり得ない。なぜか。彼は会社に属しているように見えて、労使契約上は個人事業主だったからだ。
 
ただ、それでも上司はいるし、雇用主に近い存在はいる。
 
別に彼の話は特別ではない。
林業界ではワリとよくある話だ。わたしは林業界の業界紙の記者をしている。似たような話は聞くし、一般企業のような人事制度を採り入れたといって先進事例だと言って担ぎ上げるような業界だ。だからいつも人手不足な業界だ。
ただ新型コロナウイルスに強い業界であった。そもそも職場は密ではない。広大な森林の中に2~5人しかいない。くしゃみをしても、飛沫が届くことは決してない。また地球温暖化対策や治山・治水対策といって、国からの補助金も潤沢にでたとは言えないが、コロナ禍以前と同じような生活をできた人は多い。
加えて、芸能人のヒロシやオリラジの藤森が山を購入してキャンプするなど空前のキャンプブームを巻き起こしている。これが追い風となって、林業にも働きたい人が増えている。密にならない仕事場、自然のなかで働くのはどうでしょうか?
そんなことをいいながら、新規就業者を募る。
ただこの業界が人手不足なのには理由がある。国が発表しているデータによると、5割の新規就業者は、5年以内に転職する。
 
つまり、業界の構造的な要因によるものだった。この要因は一部を除いて、転職が多い職場と共通項になるだろう。
 
賃金が安い。
厚生労働省が発表しているデータによると、サラリーマンの平均年収は約410万円だが、林業従事者の平均年収は約300万円。およそ100万円近く開きがある。これが最も大きい理由ではないだろうか。「あなたが働く理由はなんですか?」とテレビのレポートがマイクを構えてインタビューしたら、だいたいお金と答えるのではないだろうか。わたしがブラック企業よりも真っ黒な心を持っているだけかもしれないが。けど、往々にして収入というのは、キャリアを選ぶ理由になるだろう。わたしは売れないバンドマンのように、収入よりやりたいことを選択した人間だからか、あまりその心理はわからない。けど、わたしもより多くの収入がほしいと思っている。別にこれはわたしに限った話ではない。ほとんどの人がより収入をほしいと思っているだろうし、昇進したいと思っているだろう。その流れの表れとして、近年副業をする人が増えているのだろう。
 
話を戻して林業が賃金を安い理由は、扱っている商品の販売価格が低く、利益率が低いのを通り越して、赤字だからだ。業界全体が赤字なのに存続する産業があるのかと思ったことだろう。あるのだ。補助金という麻薬を入れて成り立っている産業だ。年間約4500億円の税金が投入されて、市場規模が同額程度だ。……。読んでいて呆れるだろう。けど、それが現実だ。
 
なぜ、それほどまで安いかというと、木材が安くなったからだ。木材は国際商品だ。船でカナダやヨーロッパ、ニュージーランドから木材が輸入される。海外で効率化された技術で生産される木材価格に引っ張られる。国際的に木材価格が安くなったのだが、それだけではない。鉄やコンクリート、プラスチックなどの代替材が増えたからだ。ビルなどの建造物を建てるときに、コンクリートや鉄筋と比較されて価格が決まる。そして、だいたいそういった物質は価格が安い。売上が立てづらくなれば、収入も低くなる。当然の原理だ。
 
また林業を仕事にしている企業の90%以上は中小、零細企業だ。スケールメリットを活かした生産体制や営業、事務など全体の経営体制が効率化されていない。さらにいうと企業ではなく、一人親方、個人事業主も多い。ここに事務処理などが負担で生産効率を下がる要因になっている。
 
つまり、業界全体として成長しておらず売り上げが伸ばしづらく、企業体としても中小、零細、個人事業主が多いため、スケールメリットを活かした戦略が取れないことが、林業に携わる人の収入を下げている。結果、年収が満足に得られない。
 
第二は、とても危険な産業である。
厚生労働省が発表している死傷千人率というものがある。産業で働いている人を1000人と仮定して、死傷者数を割り出す。全産業の死亡率は2.2%だが、林業は31.2%で、およそ15倍だ。
これは主に伐採時に発生する。全長2m、重さ1トンになる重量物という樹木に挟まれ、亡くなる。命を落とさずにも、下半身不随などがある。別になにか特別な理由で発生しているわけではない。ただ単に疲れたから、集中力が切れたから、少し楽をしたいと思って、油断して命を落とす。10キロの荷物を持って移動し、自然にあわせた働き方をして、毎日変わらずに高いパフォーマンスを発揮できるのか。そんな人間いないだろう。付き合いで二日酔いなって、現場にでることもある。そのなかで、一瞬の気のゆるみで怪我をする。
東京スカイツリーなどで働いてる鳶職よりも危険な仕事である。鳶職だったら、今では安全帯をつけて、もし足場から踏み外しても命を落とすことはないだろうが、林業は安全帯というものがない。クレーンで釣り上げていた荷物が落ちてくるようなものだ。どうやって防ぐというのだ。スーパーマンでもなければ、木を殴り飛ばして回避することはできない。
 
一度怪我をしてしまえば、復職は身体的にもメンタル的にも難しい。下手したら一生病院生活みたいなものありえるのだ。実際、お世話になった先輩に会いにいったら、下半身不随で車椅子生活だったこともあった。
 
第三に、変化ができない人が多い。
これが友人最大の転職理由であった。
収入も満足に得られず、危険も多い。しかし裏を返せば、まだそれだけ改善の余地がある。いまもコミュニケーションツールのほとんどは電話かFAXだ。写真が送れば、ビデオ通話ができれば、指示も容易になり、生産性も向上するのだが、そういったツールを導入する気配はほとんどない。林業に従事している50%は60歳以上で、メールも使いこなせない人がいる。「SLACKを使いこなしてほしいとは言わないから、せめてLINEを使ってほしい。それだけで、連絡ミスが減ってだいぶ楽になるのに」と飲みながら聞いたことがある。
「危険な作業している自覚がない」、友人が顔を歪ませながら話したことあった。
「足袋なんてチェーンソーで、一発で切れてしまうのだから、鉄入のスパイクシューズを履くべきだし。同じ理由で安全ズボンを履かないのが理解できない。あの人達は自分達が扱っているものがどれだけ危険なものなのか知らないのか」。そのときは、飲みながら話をしていたから、目が据わっていて怖い表情なのを覚えている。
チェーンソーにはキックバックというものがある。いくら仕入れたから、購入者にお金が入るアレではない。チェーンソーのある部分に物があたると、チェーンソーが跳ね返るものだ。強い力で跳ね上がるために、人の手では抑え込めない。跳ね返った鋸歯で腕や脚を切るのは珍しくない。
「もちろん、先輩方が働きはじめたときは、そういった道具がなかったのは知っている。けれども、ツールがでたら勉強をして使いこなすものではないのか。自分達の身を守るものだから」。彼の提案は、仕事仲間を思いやったものに関わらず、拒否された。もしかしたら、彼の言い方に問題があったかもしれない。それよりも入ったばかりの若造に言われて面白くなかったのかもしれない。
 
なにはともあれ、変化を恐れ、昔と変わらない業界だ。そして変化しようとしても提案を受け入れず、いつの間にかゆでガエルのように逃げ道が失っている。
 
友人が転職する理由は、収入が満足に得られず、危険な作業をしており、改善策を提案しても反映されない職場だったからだ。これは林業に限らないだろう。満足に収入が得られず、ブラック企業で精神をすり減らして働き、よりよい変化を受け入れない。
どう考えても魅力的な職場ではない。
先にも書いたが、いま林業界は転職を受け入れ傾向にあるが、その多くは定着しないで転職していく。それで人手不足だと嘆くのだ。勘弁してほしい。
 
ではどうするのか。
簡単なことだろう。今の反対のことをやればよいのだ。
まず、変化を受け入れる土壌をつくる。この姿勢がなければ意味はない。最新OSをインストールしていないのに、最新アプリは動かないように、変化できるマインドを育てなければ安全なツールを導入できないし、収入を上げられるような施策が打てるわけではない。
 
それから、装備を整えていく。いつまでもはじまりのまちの装備では、成長できないように最新の装備を揃えて着実にレベルアップしていく。余裕があれば、建設現場で見るような重機をいれて安全性を確保するのも有効だ。アトムのような人型のロボットが作業してくれるまでの我慢だ。
 
変化して、安全に作業できるようになったら、いよいよ大本命だ。生産体制を効率化して、さらに高く売れるようなブランドを展開していくのだ。従事者がフェラーリを買えるようになれば、人も集まるだろう。
 
転職しようとする人間を引き止めることはできない。業界に残る人間にできることがあれば、より魅力的な産業にして、転職したことを後悔させるような業界にするしかない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
成田陸(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

埼玉県出身。2020年8月から天狼院書店のライティング・ゼミを受講。学生時代には北海道から沖縄まで森林を旅する。森林の良さを広げるため、文章をうまくなろうと思い受講を始めた。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-01-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol,110

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