READING LIFE

『小倉昌男経営学』小倉昌男著《READING LIFE》


インターネットで家に居ながらにして買い物ができる。

そう聞くと、ハイテクのシステムが作動して、家までコンピュータが届けてくれる錯覚に陥ってしまうものです。

けれども、そうではない。

いくらネットショップの時代になったからといって、家に届けてくれるのは「人」です。

インターネットの時代になったからこそ、「人」が届けてくれるというアナログなシステムが、より重要性を増してくるというのは、皮肉な話です。

 

高度経済成長期、日本は公共事業によって、長大な道路網を整備しました。工業が爆発的に伸長し、消費が活発化すると、精緻な物流網が構築されました。

その時代の潮流に乗って、宅急便という、実はある意味「発明」をした人こそ、クロネコヤマトの宅急便の生みの親、小倉昌男さんだったのです。

書店の現場にあって、『小倉昌男経営学』は名著だという話は聞いていました。また、店頭でこの本が入れては売れ、入れては売れと、飛ぶように売れる「波」を何度か体験しました。

どうやら、この本はすごい本らしい。

そう思いつつ、忙しさにかまけて、読めずにおりました。それでようやく読む時間ができて、読んでみると、すごいといわれる所以が、そして、何度も売れる波が押し寄せる理由がわかりました。

これは、決して、成功者の自慢話ではありません。そして、単なる会社の成長期でもない。

そうならなかった理由が、「まえがき」に記されています。

小倉さんは、社長時代、執筆依頼が殺到する中で、頑なに断って来ました。なぜなら、

 

成功した経営者が自らの経営談義を出版すると、やがてその企業自体は不振に陥り、一転、失意に陥る―そんな例をいくつも見てきたからである。経営者が本を出すと不幸な軌跡を辿るというジンクスを私は信じ、守ってきた。

 

からです。

現役を退き、ようやく筆を執って書いたのがこの本でした。満を持して、書いたと言っていいのかも知れません。

それだから、格別に内容が濃いのだろうと思います。そして、書く姿勢の真摯さが、内容の質につながっているのだろうと思います。

 

 昭和四十年代、流通関係の講演を聞くようになって、私は二次産業と三次産業の経営の違いを理解し、物流確信の大切さを思い知った。さらに宅急便を開発した昭和五十一年以降に聞いた講演では、マーケティング、業態、全員経営といった、現在のヤマトの経営に直接反映される発想を学んだ。(p37)

 

実は、僕がこの「READING LIFE」を書くに当たって、気をつけている点がございます。それは、単に「面白い本だった」という、いわゆる書評では決して終わりたくないという想いがあったからです。僕はせっかく時間を割いて読んだのなら、そのエッセンスを余すところなく、自分のビジネスに役立てようという強烈な欲求を持ちながら、読み、書いております。

この箇所を読んで、いいんだ、と思いました。小倉さんに僕のその姿勢を肯定してもらえたように思えたのです。

小倉さんは、学んだことを、しっかりと自分の事業に活かしました。それこそが、学ぶ意味なのだと思います。

 

 昭和五十六年、長野で開かれた第十一回集会で、宮下氏が行った講演の題は「変わりゆく流通業界」。その要旨は次のようなものだった。

―流通業界は、戦後、スーパーマーケットをはじめ新しい企業が続々と生まれ、大きく発展してきた。このため、いまや小売業という言葉ひとつではくくり切れないほど、多種多様な企業が群立し、年々変貌を遂げてきている。キーワードは「業態」である。業態化を抜きに流通業を語ることは、もはやできない―。

このとき初めて私は「業態」という言葉を聞いた。それまでは当時新しく誕生したコンビニエンスストアにしても小型スーパーぐらいの認識しかなかったが、たとえばこのコンビニがそれまでの小売業とはまったく違う業態であることを教えられたのである。

 

こうして、小倉さんは、それまでにまったくなかった「業態」である「宅急便」を開発するに至ります。

この部分は、僕も大いに影響を受けました。僕も、天郎院書店を、これまでの書店とはまったく異なる「業態」にしたいと考えていたからです。

 

ここから、小倉さんは、どうやって考え、どのように「宅急便」に至ったのか、「思考の流れ」を要素ごとに披歴していきます。長くて引用はできませんが、これがとても役に立つのです。

なるほど、小倉さんは、そういう思考の変遷の末に、そういう結論に至ったのか、ということが、手に取るようにわかるのです。それは、たとえば、『地頭力』などで有名になった「フェルミ推定」などの実践例と考えてもいい。つまり、この本は、経営学の本であり、サービスの本であるだけではなく、優れた思考・発想のための本という側面も併せ持っているのです。

 

私が唱える「サービスが先、利益は後」という言葉は、利益はいらないと言っているのではない。先に利益のことを考えることをやめ、まず良いサービスを提供することに懸命の努力をすれば、結果として利益は必ずついてくる。それがこの言葉の本意である。(p141)

 

この言葉、じつは他のところでも最近、目にしました。世界で最も影響力のある人物のひとりである、Amazon創業者、天才ジェフ・ベゾスも同じ見地に立ち、そして、それを実践している人です。まずは顧客のメリットを考え、設備投資に資金をかけて、それでから利益を取る。ベゾスは「利益はいつでも取れる」というようなことも言っています。

ベゾスの何十年も前に、日本人が鮮明な言葉でそれを言っていたということに驚きと、嬉しさを覚えます。

 

そのうち宅急便が軌道に乗って取扱個数は飛躍的に増加した。荷物に関するトラブルは、確率では非常に少なくても全体の数が多くなれば増えてくる。そこでSDが持つ荷物事故の処理の権限を広げ、一件三十万円までとした。(p182)

 

ドライバーに三十万円、即断で出せる権限を与えるということは、大きなロスに繋がるのではないか、様々な問題が出てしまうのではないかと普通なら思ってしまうはずです。けれども、小倉さんは違います。もっと「巨視的」な視点を持って、物事を見ているので、結果的に三十万円の権限を与えた方が、損害が少なくなるということが推定できたのです。

これはとても重要なことで、目先の損害を恐れるあまりに、結果的にさらに大きな損害になったということはどの業界でもありえることです。ここで三十万円という余裕を持たせることで、被害の拡大を抑えたということです。

 

 集団主義経営の一番の欠陥は、年功序列制度である。下手な上級生がレギュラー選手にしろ駄々をこねたら、試合には勝てない。日本ではエスカレーター式の昇進制度を取っている企業が多いのが最大の欠陥である。上級生が下級生を引っ張って、率先してグラウンド整備や球拾いをやり、部員全体の気持ちが一つになるようなチームが、強いチームになるのである。上級生が裏方に徹することができるような人事制度を、工夫して作る必要がある。

年棒制度の採用が薦められている。それも良いことだろう。だが何度も言うように、日本の企業はプロ野球ではない。学生野球なのだ。レギュラー選手だけに日が当たるのではなく、陰でグラウンド整備や球拾いの仕事を、下級生を指導してやっている上級生にも、やり甲斐を感じさせる制度を整備することを忘れてはならない。(p186)

 

野球の例えで、見事に日本の人事制度の本質を描いています。日本には日本にあったやり方を選べばいい、と小倉さんは言います。何も、無理してすべてアメリカに合わせる必要はないと。

 

システムは、ハードとソフトとヒューマンを結合して組み立てるものだが、特にヒューマンの部分が大事だと思う。ヒューマンの部分が適当に組み合わされることによって、システムはより良いものになるのである。(p225)

 

この論点は実に重要で、システム化とマニュアル化で、平坦に組織を組み上げようとすると、必ず弊害が出るものです。やはり、それを運用するには、「ヒューマン」がキーになる。

 

現在、経営者にもっとも求められているのは、”起業家精神”である。企業は年を経るにしたがって大きくなり、同時に古くなっていく。経営者は、企業が新しいとか古いとかに関係なく、常に起業家精神を持っていなければならない。経営者が、攻めより守りの姿勢に変わってきたら、次の世代にバトンタッチする必要がある。

 

至極もっとな言葉です。ベンチャースピリットについて説いていて、これから、企業に依存できない時代、経営者ばかりではなく、誰もが抱かなければならなくなるのだと思います。

このように、部分的に引用してきたところだけでも、この本が、本質的なものであり、それゆえに決して古びないことがおわかりいただけることでしょう。

そして、小倉昌男という、一個の巨大なビジョナリーの視点は、すでに未来を向いており、ようやく時代の方が小倉さんのビジョンに追いついてきたようにも思えるのです。

いや、この本は、現在よりも更に一歩未来をいっているかも知れません。

 

これからの時代を生き抜くために、誰もが読むべき本です。

そういった理由からも、この本を読まない理由が見当たりません。

 

 

*ぜひ、お近くの書店でお買い求めください。


2013-02-20 | Posted in READING LIFE

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