私をコミケに連れてって

第1回 3日目——早朝〜開場——《WEB READING LIFE 連載「私をコミケに連れてって」》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
その時、風が吹いた。
同時に周囲がどよめく。
 
2019年12月30日。りんかい線「国際展示場駅」前の広場では、始発電車を待ち構えるスタッフと多くの人々で賑わっていた。
 
その時に吹いた風に皆笑顔でざわめく。
もちろん単なる海風であろうし、つまりはただの自然現象であろう。
 
だが、その場にいた誰しもが想像する。
これは、この風は、これからやって来る同志たちの熱量が起こす熱風なのではないか、と。
 
電車が駅に到着すると同時に、私は固唾を飲む。
しかし中々乗客は現れない。
駅員の方がゆっくりゆっくりと先導してくださっているのだろう。
人々の影がようやく改札口に来ても、直接改札機には向かわない。ぐるりとトグロを巻くように迂回させ、なるべく多くの人々を改札階に入れようとしているのだ。
 
そしていよいよ先頭が改札機をくぐる。
 
ここで一気にダッシュ! をするのは当然過去のことである。いや、今も一部はそうだが。
改札を抜けて同時に走る者はいない。
 
彼らは「早歩き」をしているだけなのだから。
 
スタッフの音頭取りが「セーの!」と声をかけると、周りにいるスタッフはもちろん、その場に参上した我々も唱和する。
 
『走らないでください!』
 
果たして、コミックマーケットC97の3日目が始まった。

 

 

 

2019年冬、第97回コミックマーケットは、前回同様4日間の開催だ。
12月28日〜31日まで。
 
私は今回、3日目と4日目に参加した。
このうち3日目は、友人とともに早朝から参加だった。
 
私が住んでいるのは東京隣県のため、早朝からの参加なら前日入りをしなければならない。もっとも、それ以外の目的もこれといってないので、出発は遅めで29日の17時頃だった。
 
目的地は神田である。そこのネットカフェで夜を明かし、翌日の早朝に出発する。ただ、考えることは皆同じ。幸い部屋は取れたが、コミケ参加者でほぼ埋まっているという。
都内のネットカフェは、コミケ近くになると利用者がかなり増える。予約ができるところもあるそうなので、参加者ならずとも、コミケ期間中はよく注意したいところだ。
利用した店は、ドリンクサーバーはないがシャワーはあったので、その点は助かった。身体を清潔に保つのもまた、マナーの一つである。
 
ネットカフェを出発したのは、翌日の朝4時半頃。ちょうど神田駅のシャッターが開くところであった。
共に参加したT氏は、普段ならここから電車で新木場駅に向かうという。だいたいの方が、そこからりんかい線に乗り換えて、国際展示場駅に行く経路を選ぶだろう。ただ、氏は長年参加している経験から、新木場駅から同乗者を募り、タクシーで向かうという方法をとるという。四人で乗車賃を分割すれば、大体電車の運賃と同じくらいになるらしい。
 
しかし私は足が少々不自由なため、今回は神田から直接ビッグサイトに、タクシーで向かわせてもらうことにした。もちろん乗車賃は高くなるが、背に腹は代えられないというやつである。ただ、早朝のため、走っている空車を見つけるのには少し時間がかかった。
車椅子等で参加されている方も見受けられるので、機会があれば交通手段についてはご意見を伺いたいところでもある。
 
さて、現地に到着したのは午前5時を少し回った頃だった。
すぐに並べるかと思いきや、なんと到着したところは会場の真横あたり。確かに会場には近かったのだが、駅から、つまり入場口からは少々離れていた。
少し歩くことになったが、これも致し方なし。次回は降車場所も具体的に伝えることにしよう。
 
列に並べたのは、大体5時10分くらい。
早い方だと思う。
だが、それでも、やはり、相変わらずの大行列であった。
 
並べた位置は、「石と光の広場」という広場の後方。先頭の正面大階段から200〜300メートルほど離れていたであろうか。幅はその大階段ほど。
まだ暗いうちなのでこれでも少ない方だ。というか階段が目視できる位置に並べたのは僥倖といっていい。
 

*列から少し離れたところで撮影

 
街灯が照らす夜明け前の独特の景色。各々の思いを胸に待機する人々。彼ら彼女らの声。
始まる前のこの光景は、個人的には一足早めの初詣に来ている気分になる。
 
もちろん、並んで待つのは大変だけれども……
 
だがそれだって苦痛ばかりではない。
しばらく並んでいると、後ろから声をかけられた。もちろん会ったことのない方だが、ここにいるのは皆、同志。私が持つ杖に気が付いて、「大変そうですね」と労いの声をかけてくれたのは、素直に嬉しい。
こういった出来事も、コミケの魅力の一つだ。
 
時間は5時を30分ほど回った頃、スタッフの方が順番を確定する旨を告げる。
これをもって、ここまで並んだ人々の、入場の順番が確定する。そうなれば、列から離れることも可能だ。
 
同時に、リストバンド型入場券を着用してほしい旨も伝えられた。
前回に引き続き、入場券はリストバンドのタイプである。私も荷物の中から帯状の入場券を取り出して巻いた。
現地でも購入できるが、各日前売り券500円、当日券1000円という設定なので、混雑のことも考えると前売り券はどうしても手に入れたいところだ。
 
列も確定したことだし、先ほど話しかけてくれた方にことわって、我々はその場を離れることにした。周りの方に顔を覚えておいてもらうのは大事だ。
あと、小雨が降って来たので持参したゴミ袋で荷物をカバーする。本降りにならないことを切に願った。
 
近くの花壇には「C—5」の札がかかっていたが、これ、以前にはなかったと思うので、もしかしてコミケのためにかけてくれたのだろうか。
 
確かに便利だ。
場所を覚えておくための良い目印となる。早速写真を撮っておくことにした。ちょっとした工夫は大事。
 
向かったのは駅前。
冒頭にも書いたが、とにかく始発の電車は人が多く、その熱量はすさまじい。
電車だって田舎の3両編成とはわけが違うのだろうが、その車両がそれぞれいっぱいになっているわけである。
 
改札を出てからの勢いもすごい。
本当に走ることこそしないが(マナーですから)、早歩きで会場に向かおうとするのを、スタッフが上手に先導していく。
 
途中に立つ看板には「コスプレしない」「リストバンドがない人」の文字が書いてある。
そう、基本的に開始前からのコスプレは禁止。また、リストバンド型入場券がない人は買わなければならない。
つまり最初からコスプレしている人(もちろんそんな人はいなかったようだが)は普通の姿に戻り、入場券がない人は当日券販売の列の方に並び直して欲しいというわけだ。
 
改札を出る列が終わるのには、5〜6分くらいかかっただろうか。
見届けた満足感を胸に、私とT氏は近くのコンビニで食料を調達し、隣のTFTビルへ向かう。
道の途中には死屍累々……もとい、仮眠をとる同志たちの姿があった。朝早くからの整列で疲れていたのであろう。数時間後に訪れる決戦を前に、戦士たちは束の間の休息をとる。
 
……というとかっこいいのだが、階段だったり物陰だったり、そこかしこで寝ている方々を見ると、この寒空の下なのでいささか心配にもなる。
防寒は完璧だとは思うが、くれぐれも体調を崩さないようにしていただきたい。いや、私も言えた口ではないと思うが。
 
目的地のTFTビルでも、外の椅子で仮眠を取る方々が多く見受けられた。
私とT氏はある程度は睡眠時間を確保できたつもりなので、そこまで眠気はない。先ほど調達した食料を片手に、空いているテラス席に座って、サークルを回る順番、T氏から頼まれた買い物等、最後の確認をすることにした。最後は地元の雑談になってしまったが。
 
防寒は完璧であるが、それでも寒い。くれぐれも寒さ対策は怠るべきではないが、実はこれが後に裏目に出ることになる。詳細は後の回で話すことにする。
 
午前7時にはTFTビルが開く。そうすれば中に入っている喫茶店やキレイなトイレ(←大事)が使える。
そのため、ここにも開館前から列ができることになる。コミケでは何事も並ばなければ、得るものも得られない。
 
T氏はトイレ列に並び、私は喫茶店の列に並んだ。こういう時、複数人での行動は実に頼もしい。
 
喫茶店で軽食をとった後、私もトイレに並んだが、これが曲者であった。
大と小の列に別れているのか、それとも単純に列が長いのか、それも長すぎて前に並んでいる人も知らないで並んでいる、という変な状況になっていた。
結局は別れて並んでいたようだが、しっかりと確認しないと時間を無駄にしてしまうことにもなりかねない。気をつけたいところだ。
 
そうこうしていると時刻は8時を過ぎ、列に戻る時間になった。
 
戻った時には、雨が強くなってきた。まだ小雨の域ではあったが、折りたたみ傘を忘れてしまったので、これ以上強くなったら、と思うと不安になる。
幸いなことにこの日は降ったり止んだりの繰り返し程度。本降りにならずに済んで本当によかった。
 
列はもう、かなり長くなっている。隣の方が教えてくれたが、SNSに写真を載せている人がおり、そこにはお台場の観覧車が写っていた。最後尾はそこまで並んでいたのかと、みんなして驚愕した。
 
開場時間が近づき、列も徐々に建物に近づいていく。
最初のうちは入場制限があるが、この分ならば開始直後から入れそうだ。
 
時刻は10時少し前。会場入り口から外側の階段を登り、西ホールの4階入り口付近でその時を待つ。4階と言ってもほぼ屋上。相変わらず寒い。しかしそんなことは気にならない。
開いた入り口から中の様子がちらりと見える。並んだ机を見るだけで、心臓が早鐘を打つ。
 
そして、時刻は午前10時。
開始の放送とともに拍手が起こる。
 
いよいよC97 3日目が、今年の冬コミが始まった。
 
 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨で、国語と情報を教えている。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2020-02-24 | Posted in 私をコミケに連れてって

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