天狼院通信

僕はやつに対して強烈な殺意を覚えた。《天狼院通信》


そのとき、彼は法廷の証言台に立たされていた。
傍聴席は、彼に憎しみを向ける多くの人で満たされていた。
マスコミ関係の記者たちも、固唾をのんで、裁判の行末を見守っていた。

「あるいは、僕がやつを殺そうと思いはじめたのは、随分前のことだったろうと思います」

一向に悪びれる素振りを見せずに、かといって、開き直るでもなく、彼は淡々とした口調で言った。
声がいくぶんか低かったので傍聴席のどよめきはひき、法廷全体が息を潜めて彼の言葉を待った。

「2009年の4月以来、いつもいつも僕はやつに苦しめられてきました。苦しめられるのは、自分が悪いからで、そんな状況になった自分の決断と自分の無力を毎夜、呪いながら生きてきました。ところが、ある日、あれは久方ぶりに山手線に乗ろうとしてホームに立っていたときのことだったろうと記憶しています。僕は、ふと、あることを思いついたのです。そうだ、何も、僕が苦しまずに、やつを消してしまえばいいのだと」

「すると、被告人は殺意を認めるのですね?」

裁判長がそう言うと、彼は裁判長の目をすっと見上げて、確かにうなずいてみせた。
傍聴席にさざなみのように動揺が走った。

「考えてもみてください。やつさえいなくなれば、僕は方々に頭を下げずともよくなるのです。恥を忍んで頭を下げて、それなのに拒絶され、しがみついても振りほどかれ、涙を流して途方に暮れずともよくなる。いっそ、飛び込んでしまえば楽になるだなんて、ほんの一秒たりとも考えなくなる。今まで自分を愛してくれた、これからの自分を信じ愛そうとしてくれる人に対しても不安を与えずともよくなる――」

彼は、そこで言葉を区切り、そして、自分に言い聞かせるようにひとつ頷いてこう言った。

「僕にとって、やつを殺すことが、生きるための唯一の道だったのです」

「ふざけないで!!」

彼の言葉に被せるように、傍聴席から悲鳴に近い女性の言葉が飛んだ。

「あの人を殺すことで、どれだけ多くの人が露頭に迷うと思ってるの! 私たちはあの人がいたから、生きていられたの! あなたみたいな自由を楽しんで生きている経営者には、奴隷のように働いている私たちの気持ちなんてわかるはずもない!」

彼はその言葉に対して、脊髄反射的にこう答えた。

「すべてのリスクを委ねて、毎月決まった給料をもらって生きているお前たちに、経営者の苦悩の何がわかるっていうんだ!」

それは、この一連の事件で、彼が初めて見せた激昂だった。白い面立ちを紅潮させて、胸を上げて、彼は吼えるように傍聴席に向かってそういった。

「静粛に」

そう、裁判官が言う前に、法廷は彼の咆哮によって静まり返っていた。

彼は自らなだめるように、何度か深呼吸をして、裁判長、とまた穏やかに言った。

「従業員は、多くの法律で守られています。正社員として雇用してしまえば、よほどの事がない限り、この国では解雇することができません。最近では、まるでインフレのように、最低賃金が上がっています。彼らはリスクを負うこともなく、努力をすることもなく、自動で時給が上がっていく。なのに、我々経営者は、なぜ法に守られないのでしょうか? 失業したとしても、失業保険が出ることもなく、自分たちがいくら働いたとしても、止める人はおらず、けれども、従業員には手厚い保護をしなければならない。これは、ひとえに僕の経営力がないことが原因でしょうが、資金がショートしようとしたとき、もちろん、僕自身には一円も給与を出すことができなかったのですが、従業員は、沈むと見て、すぐに自分の給与だけ確保して、退職の手続きを速やかにすませ、給与と『会社都合』で即座に失業保険を手に入れて、今まさに沈もうとしている僕の会社を省みることもない。また、銀行からお金を借りる際も、株式会社なら会社の資産内での有限責任なはずのに、僕のような小さな会社の場合、ほとんどの社長が連帯保証をしなければならない。つまり、会社が潰れたとしても、それだけで済まずに、借金が追い打ちをかけてくることになる。失業保険ももらえないのに、です。憲法には平等がうたわれていますが、なぜ、社長だけがこうも守られないのでしょうか? リスクを負っている我々は、死んでもいいと、そう法律は言っているのでしょうか?」

裁判長は、困ったように、他の裁判官と顔を見合わせて、肩をすくめるようにしてため息を吐いた。
そのため息をマイクが拾って法廷内にくぐもって響いた。

「これは、私見ではありますが」

と、書記を手で制してから続けた。

「あくまで、私見ですが、民主主義が長い年月をかけて自由と平等を勝ち取る過程において、民衆が誰からそれらを勝ち取ったかといえば、支配層からでした。そして、封建主義がほとんど終焉した現代において、新たな支配層として台頭したのが、資本家、つまりはあなたがた経営者です。民主主義は、強者から弱者を守る仕組みが強力に組み込まれていて、そもそも、あなたは法律上は『強者』に分類されることになる。つまり、もし、あなたが言うように『弱者』だとすれば、法律が救い出せない”バグ”のようなものです・・・・・・」

「裁判長」

と、隣の裁判官にたしなめられて、裁判長ははっと我に帰ったように目を見開く。

「いいんです」

と、彼は言った。

「わかってます。強い資金力と経営力を持たない社長は、法律上のバグであることくらい、自分がよくわかっています。でも、しかし、おかしなものです。民主主義って、いったい、何でしょうか。おそらく、社長と従業員の人口比は、1:10では済まされないくらいの開きがあるはずです。たとえば、とある法律を通そうとしても、社長の主張するほうに圧倒的な正義があったとしても、その主張が通ることがないですよね。社長と従業員の投票権が同一だとすれば、10倍の票数の開きがありますからね。だとすれば、彼らは本当に弱者なのでしょうか。『弱者という名の圧倒的な多数』つまりは、リスクを取らずに努力をしない彼らこそが圧倒的な強者なのではないでしょうか」

これに対して、傍聴席から抗議のヤジが飛ぶ。
証言台に向かって物も投げ込まれる。

「静粛に! 静粛に!」

裁判長が言っても、なかなか、やまない。

それに構わず、彼は言う。

「もし、リスクを取らずに努力をしない彼らに、さらに権利を拡大していけば、その怠惰を許していけば、いったい、この国はどうなるでしょうか? 亡国へとまっしぐらになる。ギリシャのようになる。『なるべく働かなくていい努力しなくていい権利』を声高に叫ぶようになる。そんな危機に対して、一石を投じるために、僕はやつを殺そうとしました」

「というと、正義のために、殺そうとしたと?」

裁判官の言葉には応えずに、彼は続ける。

「やつが死ねば、どうなるか想像して見てください。給与の支給が止められることになります。1ヶ月給与がなくなれば、リスクを取らない『弱者という名の強者』は、さすがに目覚めるのではないでしょうか?」

「詭弁だ!!」

と、傍聴席がふたたび騒がしくなる。もはや、警備員もどうすることもできない。

「静粛に! 静粛に!」

と、裁判官は木槌を叩く。その音が、喧騒の中に響く。それが繰り返されると、やがて、木槌の音だけが、キンキンと耳を震わすように響き続けることになる。
静寂が訪れる。

「判決の前に、もう一度、被告人に確認します。あなたは殺そうとしたことに間違いがないのですね?」

彼は、少しもためらうことなく、うなずき、こう言った。

「はい。まちがいありません。『月末』を殺そうとしたのは、僕です」

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天狼院書店のレジカウンターでは、店員の田中七生がいる。
七生は、出来たばかりのカプチーノに、砂糖を一本入れて、マドラーでかき混ぜながら、目の前のカウンター席に座る店主の三浦に言う。

「なるほど、月末さえなければ、支払いに追われることもなく、給与も払わなくてもいい」

と、言って、カプチーノを差し出す。

カプチーノの泡をヒゲに白くつけながら、三浦はふっと笑う。

「うん、月末さえなければと、いつも思うよ。でも、まあ、しかし、月末に怯えるってことは、まだ会社の力が小さいってことの現れってことになるよね。ちゃんとした経営さえしていれば、月末なんて少しも怖くないはずだから」

「12月から始まる”天狼院起業ゼミ”は、月末の恐怖から経営者を救うためのゼミ、にすればいいということですね!」

それだよ、と三浦は七生の顔を指して言う。

「まさにそう。社長という肩書きを背負った多くの本当の『弱者』を救えるゼミにできればと思っている。ななみ、マネージャー、よろしく頼むね!」

「はい!」

でも、三浦さん、と七生は思いついたように言う。

「たとえ、月末を殺せたところで、絶対に殺しきることはできませんよ」

「ん? どうして?」

「だって、今月月末を殺せたとしても、来月また月末は来ますから」

と、七生は笑う。

たしかに、と苦い顔をして、三浦はカプチーノをあおる。

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【天狼院起業ゼミ12月20日開講決定】

社長という名の本当の「弱者」を救うための「天狼院起業ゼミ」の開講日が12月20日(日)に決定しました。

東京・福岡での同時開催となります。

半年間の集中ゼミです。

まもなく、お申し込み受付開始しますので、続報にご注意ください。

*説明会には、東京、福岡ともに、満席でのご案内になりました。ゼミの席には限りがございますので、イベントがアップされ次第、すぐにお申し込みされることを強くおすすめいたします。

 

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