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メディアグランプリ

豊かさとは自分の周りの世界を照らすこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
子どもを預けようなんて、どうして考えてしまったんだろう。
 
私は泣きながら、車のアクセルを踏み込んだ。聞こえるはずがない子どもの泣き声が、耳の奥にこびりついて離れない。生命の危機とばかりに真っ赤な顔で泣き叫びながら、必死に私に手を延ばしていたわが子を他人の家に置いてまで、しなければならないことなんて、本当にあるんだろうか?
 
生後10ヶ月の長男を、初めて身内以外の人の手に預けた日のことは、8年経った今も鮮明に覚えている。10ヶ月間お腹の中で育て、生まれてからも昼夜を問わず抱っこして育てた赤ん坊を手放すのは、たった数時間と頭では分かっていても、自分の腕か足を切り落として置いてきたように、心細く不安だった。
 
当時、わが家は引っ越しを間近に控えていて、どうしても荷造りをしければならなかった。そんな時期に、夫が急な長期出張で留守になってしまったのだ。ハイハイで動き回り、何でも口に入れる赤ちゃんが家にいたら、危なくてとても荷造りなどできない。両親は遠方に住んでいて、「ちょっと子どもをお願い」と気軽に頼めるような距離ではない。
 
保健士さんに相談して「ファミリー・サポート」というサービスを教えてもらった。「子どもを預かってくれる人」と「子どもを預けたい人」がそれぞれ会員になり、マッチングしてくれるというものだ。預かってくれるのはプロの保育士ではないが、きちんと研修を受けていて、子育て経験のある人が多いという。、登録して間もなく、「預かってくれる会員さんが見つかりました」と電話がかかってきた。打ち合わせの日時を決め、紹介されたMさんのお宅にうかがう。自宅からほど近い、大きな2階建ての家だった。50代のご夫婦と、中学生のお兄ちゃん、3人家族だという。
 
少し緊張しながら、お世話の仕方や息子の好きな遊びについて説明する私をよそに、長男は目を輝かせて、広いリビングをハイハイで探検している。
 
「私たちが今までお預かりしたお子さんの中では一番小さいけれど…大丈夫。危なくないようにしっかり見ていますし、何かあったらすぐお母さんに連絡しますからね」
 
ファミリー・サポートでは、紹介された会員さんと相性が合わないと感じた場合、ほかの人を紹介してもらうこともできる。でも、にっこり笑って頷いてくれたMさんを信じようと、私は決めた。
 
息子を預かる日、Mさんは、赤ちゃんにとって少しでも危険につながる可能性があるものをすべてリビングから片づけ、テーブルの角には、ぶつかってもケガをしないよう緩衝材をつけて待っていてくれた。私もミルクやオムツ、着替えなど十分な量を準備して、Mさんに託した。
 
だから絶対大丈夫。と頭では分かっているのに、どうして涙が止まらないんだろう。
 
荷造りを始める前に少し気持ちを落ち着けようと、車を止めてファーストフード店に入った。席を確保して、紅茶を注文する。あたたかいお茶を一口飲んでソファに体を沈めたとき、突然、猛烈な解放感がお腹の底から湧き上がってきた。
 
子どもが泣き出すことも、オムツが濡れることも心配せず、ひとりでお店に入って、ゆっくりお茶が飲めるなんて! なんという圧倒的な自由だろうと思った。同時に、10キロのあたたかくて甘い匂いのする重みがこの腕にかからない自由とは、なんと切なくて寂しいものなんだろうと。
 
しかし、感傷に浸っている時間はない。
 
私は涙を拭いて立ち上がった。Mさんと、長男がプレゼントしてくれた大切な時間。全力で荷造りを進めなければ。
 
段ボールと格闘すること3時間。大急ぎでMさんのお宅に迎えに行くと、別れ際の号泣がウソのように、長男は満面の笑みでMさんとボール遊びをしていた。聞けば、私の姿が見えなくなった途端ケロッと泣き止み、Mさんのご主人や、家にいたお兄ちゃんも一緒に、楽しく遊んですごしたという。心の底からほっとした。
 
それからたびたび、Mさんに息子を預かってもらい、何とか荷造りを終わらせることができた。引っ越し当日も、荷出しが終わるまで、息子は安全なMさんのお宅で待っていた。別れ際、家族で見送ってくれたMさんは、「じゃまになるかもしれないけど、車の中で遊んでね」と、息子の好きな電車の絵本とおやつ、手紙を手渡してくれた。
 
『かわいいTくんと過ごすことができて、とても楽しい時間でした。ママも無理をしすぎないで、体を大切に。お元気で』
 
優しい文字で書かれた手紙を握って、私は泣いた。引っ越し直前まで「よその土地」だったこの街が、「息子を大切に思ってくれる人の住む場所」になり、何だか急に、もうひとつのふるさとのように親しく感じられた。
 
その後も夫の仕事の都合で数年おきに全国を転々とし、行く先々で「ファミサポさん」のお世話になった。20数年前、国の事業として始まった制度なので、全国の市町村に同様のサービスがある。赤ちゃんの入浴や食事の支援をしてもらったこともあるし、私が病気のとき子どもの送迎をお願いしたり、習い事の行き帰りに付き添ってもらったりと、わが家の子育ては、ファミサポさんなしでは成り立たなかった。2人の子どもたちもファミサポさんによくなつき、どこへ引っ越しても、全国に実家があるような心強さだった。
 
今、住んでいる街でも、Kさんというファミサポさんにお世話になった。少しずつ子どもに手がかからなくなり、子どもの世話をお願いすることは少なくなったが、今もときどきメールをやり取りしている。私が体調を崩したと言えば、手作りのお惣菜と甘酒を持って来てくれたり、外で友達と遊んでいる子どもに声をかけてくれたりと、まるで身内のように気にかけてくれる。核家族で育児をしている私たちにとって、いざというとき助けを求められる人がスープの冷めない距離にいることは、何よりも安心だ。
 
サポートしてくれる人、サポートしてもらう人、それぞれに理由があり、ひとくくりにすることはできないが、これまで私がお世話になったファミサポさんは皆、子どもと過ごす時間を心から楽しみ、「あなたの力になれることが嬉しい」という姿勢で私たちと向き合ってくれた。それぞれに日々の暮らしがあり、自身の休息や娯楽のために時間を使うことも選べるのに、「誰かの助けになるなら」と貴重な時間をファミサポの活動に充てている。そんなファミサポさんたちは例外なく、多忙でも心の一隅にゆとりを持って、明るく人生を楽しんでいるように見えた。
 
とかく効率が大切にされがちな世の中だけれど、自分が持っている光で、周りの世界を明るくしようと努めること、誰かの喜びを自分自身の喜びとして感じられることが、もしかすると本当の豊かさなのかもしれない。全国の「実家」のお母さん、お父さんたちとの交流の中で、私もいつしかそう考えるようになった。
 
今の私はまだ、自分の子どもを育てながら日々の家事と仕事をこなすだけで精いっぱい。でもいつか、子どもたちがもっと大きくなったら、誰かにもうひとつの家として頼ってもらえるような、安心できる場所をつくれたらいいなと思っている。
 
 
 
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 未分類, 記事

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