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魔法の靴を買ってみた

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:柴沼由美子(ライティングゼミ平日コース)
 
 
靴を買おうと思う。
楽しみにしていた旅行が、コロナウィルスの影響で取りやめになった。
SNSにはイベント中止のお知らせが次々と流れてくる。
ネガティブな書き込みも多くみられる。
重く、暗くなった心を上に向けるために、外を少し歩きたい。
「不要不急の外出は避けてください」
テレビからは繰り返し訴えかけられるのだが、明るい街角を歩きたい。
旅行に使うはずだったお金が浮くから、気持ちが明るくなるような春らしい靴を買おう。
その靴で街を歩こう。そう決めたら少し元気がでた。
 
さて、どんな靴を買おうか。
通勤にも使えるベーシックな靴がいい。脚が綺麗に見えて、歩きやすくて、安い靴が欲しい。
服さえも通販で買うことが多くなっていたけど、靴とバッグは自分の目で見て手で触れて確かめたい。
街を歩く靴を探しに、街を歩くことになった。
靴は夕方に買え、とよく聞く。午前中に靴を買ってしまうと一日で一番足がむくむ夕方に靴がきつくなってしまうからだという。
では夕方に街に繰り出そう。そう決めて、それまで靴の選び方の情報を求めてネットに張り付いた。
 
靴は夕方に買え、は間違い。見つけたサイトにはそう書いてあった。夕方に靴を買うと、夕方以外の時間は大きめの靴を履くことになってしまうが、
靴は大きめの方が歩きにくいそう。私は多少きつめの柔らかい素材の靴が好みである。
慌てて予定を変更、すぐに出かけることにした。靴の選び方など調べている場合ではなくなったのだ。
 
デパートの靴売り場に直行したところ、冬物のセール中で在庫が少なくなっていた。
売り場を見て歩く。いくつか気に入ったデザインのものも見つけたが、友にしたいと思える靴には出会わなかった。
靴は服ほどにはたくさんの種類を持たないのが普通だろう。用途別、季節別に1、2足がせいぜいではないかと思う。そのため、同じ靴を履く機会は同じ服を着るより多いのだ。
慎重に選ばざるを得ない。恋人というほど唯一無二ではないが、親友レベルで一緒に過ごすのだ。
 
ここは靴のプロである店員さんの助けを借りることにする。声をかけてくれた店員さんが的確に私の好みや目的を聞き取ってくれる。
「カジュアル寄りで、歩きやすいこと」
「足が痛くならないこと」
「色は黒」
それを基に、数足の靴を選んでもらった。私の選んだ靴も合わせて試着する。
 
柔らかい素材のものを選んでもらったので、どれも履きやすく快適だが、私の足の形と微妙に違う靴はそこだけきつさがあったり、逆に緩くて脱げそうだったり本当にぴったりハマる靴はなかなか見つからない。何度も履き替え、感覚を確かめる。帯に短し襷に長し、少しの差だが気に入らない。シンデレラの靴は魔法によるオーダーメイドだからサイズはぴったりなのだろう。ただし素材は固いガラスなので足は痛んだようだ。
そこで店員さんから
「ストッキングで試着してみますか?」
と問われた。私がその時履いていたのは少し厚手のソックスだった。そこで試着用のストッキングを借りてもう一度全部試着してみた。
すると、不思議なことが起きた。
デザインがそれほど気に入らず、候補から外していた靴が突然最有力候補になったのだ。
ストッキングに履き替えてその靴を履いたとき、その柔らかく包み込まれる感触に
「私の靴だ」
と感じたのだった。まるで魔法にかけられたように。
靴が私の足に合わせて形を変えた、と感じた。実際には足がストッキングを履くことで靴の形に近づいたのであるが。
他の靴も試着しなおしたが、その「魔法の靴」にはかなわず、迷いなく私の靴にすることとなった。
「これ、お願いします」
店員さんに告げると、彼女はにっこり笑って
「そうですね、それが一番合っています」
魔法使いは言った。
私は予算をだいぶオーバーした靴をにこにこしながら抱え、売り場を後にした。
 
明日はこの靴を履いて通勤しよう、そう思うとそれだけで月曜日が楽しみになった。ネガティブな心が浮き浮きしだした。
地味でありきたりに見えたデザインも、今は上品で素敵な靴に見える。
やはり魔法の靴だったのだ。
 
靴は親友、そう思っていたがこの靴は相棒と呼ぶ方がむしろふさわしい気がする。通勤用と考えていたがそれに限定せずどこへでも一緒に行こう、そう思えた。
さて、相棒と一緒に行動するにはストッキングが必要だ。それと靴クリーム。長い付き合いにするため大事に扱おう。
似合う服も買おう、ヘアスタイルもついでに変えようかと溶けない魔法を思い切り楽しみながら次の売り場へと向かった。
いつの間にか街には春が来ていた。
 
 
 
 
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2020-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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