僕が嘉村佳奈を選んだ理由《天狼院通信》
運命、という言葉に寛容になったのはいつの頃からだったろうか。
もっと若い時分には、既存の物理学の知識で、ほぼ世の中の事象を説明してしまいたい、ある種の知的支配欲に満たされていた時期もあったが、そうした原理主義的な思考から離れてみると、実に、楽である。
と、言っても、別に僕は神秘について語ろうとしているわけではない。
ただ、こう言いたいのだ。
起きていることは仕方がない。
これを、僕は「運命」と解釈しようと思う。
嘉村佳奈から、初めての電話があったのは5月だった。
相変わらずバタバタしながら、そろそろ本格的に福岡天狼院を作り始めなければならないと思っていたころだ。
それまでも、天狼院ではスタッフを募集していて、正直いってしまえば、応募してきた全ての人を、残酷な魔王のごとくに尽く落としてきたのだけれども、募集についてです、とスタッフが電話を僕に取り次いだ瞬間に、今思えば、何らかの予兆のようなものを感じていたんだろう。
ホームページを見て電話をしている。
今はアパレルで働いているが、どうしても書店で働きたい。
福岡にいるけれども、東京に行くことも考えている。
そういった趣旨のことを、彼女はおそらく緊張しながらもそれよりも高揚が勝る口調で一気に語った。
当然、福岡天狼院のこと準備していることを知っていて、それについての応募だろうと思い、福岡天狼院のことを何気なく言うと、彼女は意外そうにこう言った。
「え? 福岡に天狼院ができるんですか?」
それまで、高揚しながらも、丁寧な大人の女性の口ぶりだっただが、素に戻った彼女の声は幼女を思わせた。
その瞬間に、僕は彼女を採ることを決めた。
もちろん、その時点では彼女が何者なのか、まったくわからなかった。
履歴書も手元にないので、写真も見ることができないし、学歴や詳しい職歴、年齢もわからなかった。
けれども、その時点で、僕は彼女に福岡天狼院を任せるという決断を終えてしまっていた。
僕が、天狼院のスタッフに求めていたのは、まさにこの「高揚感」だった。
どうしても天狼院で働かせてほしいという行き過ぎたまでの強烈な想いを、僕は求めていた。
「ちょうど、来週、福岡に行くのでそちらで会いましょう」
普通、面接するのならば、オフィスがない遠隔地ではカフェなどを使うだろう。
しかし、僕は食事をしながら面接することにした。
面接というよりか、僕の中で彼女を採ることはすでに決まっていたので、今後について食事をしながら詳しく話そうと考えていたからだ。
取次の方や不動産関係の方々、福岡で今後コラボする方々とのアポを終えて、夜、僕は彼女が予約した店に向かった。
おかしなことを言うようだが、もう、この時点で僕はかなりリラックスしていた。
連続した商談のあとで、慣れ親しんだ天狼院のスタッフの元に向かうのと、ちょうど同じ心境だった。
何度か会うために事務的なやり取りはしたが、もちろん、彼女がどういう人となりで、どういう人なのか、そのときにはまるでしらなかった。
それなのに、僕は確信めいた安心感を抱いていた。
「嘉村で予約が入っていると思いますが」
そう、店の店員さんに告げるとある席に案内された。
濃いブルーのワンピースを来た女性が振り返り、立ち上がって、僕に向って頭を下げた。
「嘉村佳奈です」
佳奈を見た瞬間に、正直言うと、笑いそうになった。一瞬、笑うのを堪えた。
もちろん、変だったからではない。
その逆で、佳奈は背が高くて、そして綺麗だった。
「博多美人」を具現化したような、そんな容姿をしていた。
僕が笑いそうになったのは、彼女が見るからに天狼院っぽかったからだ。
「天狼院っぽい」という言葉が天狼院の中で共通認識になったのは、いつの頃からだったろうか。
たとえば、インターンやアルバイトの面接に来た人をみて、天狼院のスタッフたちはこんな表現をする。
「あの人、優秀そうだったけど、ちょっと天狼院っぽくないよね」
「うん、わかる。でも、隣の子は天狼院っぽかったよね」
「そうそう、わかる」
それが、どういうことなのか、言語で説明するのは難しい。
おそらく、雰囲気の問題で、僕もスタッフも、天狼院に馴染むタイプの人を合理的思考というよりか、直感的感性の部分でよく知っているのだ。
嘉村佳奈は、とても、天狼院っぽい人だった。
すぐに採用を決めて、具体的な合流までのロードマップも示した。
佳奈は今の職場を離れることを決めて、そして天狼院に合流した。
僕があの電話の時点で、佳奈の採用を決めていたというと、多くの人は首をひねるだろう。
当然である。
あの時点で、嘉村佳奈がどういう人なのかまるでわからなかったし、およそ900キロ離れているところにいる相手が天狼院っぽいかどうかなんてわかるはずもなかった。
けれども、結果的に、佳奈は天狼院に今こうして合流している。
起きてしまっていることは、しかたがないのだ。
あきらめるしかない。
もし、それを「運命」と呼ぶならば、それはそれでいいのではないかと僕は思う。
今、佳奈は慣れない東京で、不安に耐えながら、まるで映画『天空の城ラピュタ』のドーラ一家のような天狼院で、必死で頑張っている。
傍若無人な僕や、年下のスタッフたちにきめ細やかに気を遣い、宿泊させてもらっている仲のいい友だちにも、やはりどこかで気を遣いながらも、必死で天狼院に食らいつこうとしている。
背も高く、見た目もよく、応対もいいので、一見、大人の女性のように見えるのだが、彼女はときおり、幼女のような不安な表情を見せる。
僕の仕事の量は、尋常ではなく、きっと同行すると普通に引いてしまうだろう。
朝から晩まで1日にアポが7件あった日があったり、
イベント3件とアポ3件をこなしたり、
同時並行で複数の案件をこなし、即断即決して行く様子を見て、軽い、カルチャー・ショックを受けているはずだ。
普通なら、こんな生き物のそばにいれば、怖くて仕方がないはずだ。
けれども、ドーラ一家的な天狼院にも、『千と千尋の神隠し』の坊的な僕にも、そのうち、慣れる。
そう、人は脆く、そして案外、強い。
目が悪い彼女は、机に座って何かを書くときにはやや首を前に出し、ノートに顔を近づけて、落ちてくる髪をかきあげ、持ち前の大きな目で見ながら必死で書く。
そんなときに、ねえ、佳奈と呼びかけると、幼女の顔を覗かせる。
その顔を見るたびに、不安を取り除いてあげないとと僕は思うのだ。
やがて、彼女は僕や天狼院に慣れて、天狼院の中で自分が想い描く自由を見つけていくだろう。
彼女が心から仕事を楽しむようになれば、きっと、福岡天狼院は華やぐに違いない。
福岡天狼院は彼女にかかっている。
僕が彼女のために何ができるのか、いつも考えている。
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