メディアグランプリ

誘う指の先に……


13133392_1131777900223255_164769593393181273_n

記事:西部直樹さま(ライティング・ゼミ)

「なあ、どう思う」
下町の居酒屋で三人は飲んでいた。
「え、まあ、どうでもいいよ、たまにはカフェとかも行きたいねえ」
「だから、俺の話を聞けよ」
「聞くよ。しかたないなあ。どうしたのよ」
「だから、こんなメールが来たんだよ」

友人は、ゆずワイン梅酒ソーダ多め割の酒で早くも顔を赤くしている。
その赤い顔で、彼は携帯のLINEの画面を見せてきた。

「今日は、亀有にいます。あと3時間くらいで、用事は終わります」
とだけあった。

亀有は、葛飾区の一部、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」こち亀で有名なところだ。有名なところだが、こぢんまりとした下町である。

「これの前とか、後とかは?」
妖艶な人妻が、長い脚を組み替えながら問う。
彼女の今日の服装は、なぜかチャイナドレスである。スリットが深い、無駄に深い。
「前はどうでもいいの。後は、俺の返事だから、とりあえず、この文面を読んで、どう思うよ」
「友達って、○○ちゃんじゃないか。なんで、ダブルスコアというか、歳が半分以下、おまえの娘さんと同い年の、そんな女性から、なんでLINEが来るのよ」
私は珍しく飲みはじめた角ハイボールに酔い、いくらかの憤りを感じながらに友人に詰め寄る。
「え、たまたま、LINE教えて、っていわれたから……。で、この文をどう思うかだ」
「それって、自慢?」
妖艶な人妻が、鼻白んだように言う。
「それは、ツイッターかFacebookに挙げるはずの「今ここにいます」というのを、送信先を間違えたんじゃないか」
突き放すように、私は言う。

「おまえら、冷たいね、ホントに、氷より冷たい。なんで、年若い娘が、父親より年上の男性に「今、ここにいます」とメールをしてくるかだ」
「だから、LINE らろ」と私、少々酩酊付き。
「だから、自慢なの?」と妖艶な人妻、脚の組み替え付き。
「だから、LINEにこんな文がくるのを自慢しているの!」と友人、いささかの赤ら顔付き。

「それで、年若い女性から意味深なLINEが来た。さて、どうする?」
友人は少し鼻孔を広げながら、聞いてくる。
「既読スルー」と妖艶な人妻は、バランタインをストレートで呷りながら。
「亀有は、伊勢屋の大福が美味しいよ、と返すら」と、私は相変わらずの角ハイボールを飲みながら言う。

「だから、おまえら、冷たいね、南極より冷たいねえ。ここにいます。そして、何時には自由になります、ということは、しかも、俺の家の近くだよ、それは……」
「それは、偶然でしょ」とチャイナドレスを直しながら、妖艶な人妻。
「それは、仕方なく行っただけらろ、仕事だから」と、角ハイボールにさらにサイダーを加えながら、私。

「だから、おまえら、冷たいね、宇宙空間より冷たいね。若い、とても若い女性、しかも可愛い女性が、おじさんを誘っているんだよ。会いたいです、と婉曲表現しているんだよ。この恥じらいが、わからないかなあ」
友人は、夢をみるように虚空に視線をさまよわせている。
「ふん、だから」つまらなそうに妖艶な人妻、もう一度脚の組み替え付き。
「だから、そのLINEをもらって、どうしたの?」友人をからかうのに飽きてきた。

「だから、まあ、モテモテってことよ」少し反り返り気味に友人は言い放つ。
「けっ!」私と妖艶な人妻。
「イヤ、もてたという話だけでなく、その後があるのよ」
「後は、聞きたくない」と、角ハイボールを飲み干して、わたし。
「ゲスね」と、八海山の二合とっくりを頼みながら、妖艶な人妻。

「だから、冷たいね、おまえら、マイナス100万度くらいありそうだ、おまえら友人の話を聞く優しさはないのか」
あらごしミカン酒のソーダ割りを嘗めながら、友人は憤慨気味にいう。

「で、」仕方なく、私は話を促す。
「……」妖艶な人妻は、目で促す。

「それで、亀有であまりおしゃれな店は知らないからさ、スタバで落ち合ってお茶したんだ。で、そこにだ、またLINEが来たんだよ、若い娘から」
「はいはい」私と妖艶な人妻は、盛り合わせの焼き鳥を一本ずつくしから外しながら、聞く。
「LINEが「いま、亀有よ、どこにいるの」ときたもんだ。嘘をつくとあとが大変だから「スタバだ」と返したよ」
「鉢合わせ?」一応、合いの手は入れる。私はレバーが好きだ。妖艶な人妻は鶏皮がお気に入りのようだ。

「それが、二つ目のLINEはウチの娘でさ。○○ちゃんと一緒にいるところにやってきて、なんか二人意気投合して、同い年だからな。俺は爪弾きさ。○○ちゃんは、ちょっと仕事の愚痴を言いたかったみたいだし、おじさんに聞いてもらって、同い年の子に共感してもらって、なんか元気なったんだよ」
「よかったじゃない」薄く笑いがこみ上げてくるのを堪えながら、私。
「よかったね、ゲスにならなくて」にっこりと微笑む妖艶な人妻。

「まあ、よかったけど、残念なような気もしないでもないけど……
でもな、そんな役割なんだなって。
もう、俺らは、悟ったよ。」
と、アラウンド還暦の友人は、あらごしミカン酒を飲み干す。

「まあ、そうだな」と私も返す。
「え、そうなの、まあ、成人式を終えたのに、息子は未だに彼女ができなくて、困っているけど。誰かいない? それとも母親が美しすぎて困っているのかしら」妖艶な人妻は、八海山を飲み干し、小首を傾げる。
「スリットが深すぎるからな」と私と友人。
「やっぱりゲスだわ」人妻は蔑むように私たち軽く睨む。

「ところで、いつもの髪の長い彼女はどうした?」
「彼女は、私が紹介した男と一緒になってしまって。
そうしたら、たまたま二人ともイギリスに出張になって。
短くて2年。長ければ一生だそうだ」
妙齢で佳麗な女性は、英国の地にいるのだ。
「そうか、な、そういう役割だろう」少し反り返って友人は、私の肩を叩く。

私は嘆息しながら、頷く。

その歳なりの役割というのがあるのだろう。
人の話を聞くことに慣れ、人を知り、少し世界が広がったなら、それを活かしてゆくことになる。
少しずつ、道を譲り、人と人とのめぐり合わせを考えながら。

「なあ、息子さんと今度遊びにおいでよ。知り合いの女性も呼ぶから」
と、妖艶な人妻に語りかける。
「あら、いいの」
足を揃えて、静かに彼女は微笑むのだった。

まあ、そういう役割だからな。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

【通信受講/日本全国対応】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ2.0」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《この春、大人気ライティング・ゼミが大きく進化します/初回振替講座有/全国通信対応》

 

 

【天狼院書店へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。

【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】

メルマガ購読・解除

【有料メルマガのご登録はこちらから】

バーナーをクリックしてください。

天狼院への行き方詳細はこちら


2016-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事