君はスッポンと同衾できるか!?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田 光(ライティング・ゼミ4月コース)
「スッポン料理を食べに行かない? 秦皇島まで」
20年以上前のことだ。当時私は中国の大学に併設の語学センターに留学しており、誘ってくれたのは同じく日本からの留学生だった。
「スッポン? わざわざそんな遠くまで?」
するとそのクラスメートは、某日系商社からの企業留学生Sさんが帰国前にスッポンスープを食べに行きたいから同行者を探しているのだと言った。
Sさんの中国語は現地人が中国人と間違えるほどのレベルだったし、よく一人旅もしていたから秦皇島くらい一人で行けるはずだ。
そもそもなぜそんな遠方まで足を延ばす必要があるのだろう。
市内のレストランではだめなのだろうか。
彼女は、スッポンは高価な食材だし手に入りにくいから、その辺のレストランで注文しても、スッポン料理と称して料金だけしっかり取られて全然別なモノを出されるかもしれない、だから生きているのを買ってレストランに持ち込んでその場で調理してもらいたい、だが市内にはスッポンを売っている場所がない、秦皇島の海鮮市場なら手に入るが一匹丸ごと購入しなければならない、その場合一人ではとても食べきれない、だから数人で行ってシェアしたいんだってと言った。
今では、そこから秦皇島まで一時間ちょっとで行けるようになったと聞くが、当時は交通事情が悪く、日帰りできる場所ではなかった。
だが土日を利用して一泊二日で行くなら授業にも支障はない。
なにより私は、秦皇島にある万里の長城の東の端っこ(実は1990年の実地調査で東の起点は別の場所だと認定されていたが当時は知らなかった)山海関をこの目で見たいと常々思っていた。
後世になって建てられたものではあるが、海にぐっとせり出した万里の長城の姿は壮観で、今で言う「映える」というヤツだ。
正直なところ、スッポンよりもこっちの方に胸が躍った。
だから喜んでこの話に乗った。
出発当日の早朝、Sさんを含め五、六人が留学生寮のロビーに集まり、手配しておいたタクシーに乗り込んで駅へと向かった。
列車に揺られること数時間、秦皇島に到着した私たちはその足で海鮮市場に行った。
ここに来るのは初めてだとSさんは言ったが、市場の場所やスッポンの相場からレストラン、宿泊するホテルまで詳しくリサーチされており、駅についてからタクシーを捕まえて市場へ行き、手ごろで生きのいいスッポンを選んで値段交渉して購入し、ホテルにチェックインするまで何もかもSさん主導でスムーズに運んだ。
さすが商社マン。すべてがスマートだ。
だがスッポンはその日に食べることができなかった。
レストランに入った時間が遅すぎて、「スッポンをさばくのは時間がかかるから明日もっと早い時間に来い」と言われた気がする。
確かなことは、とにかく私たちは、一度噛みついたら雷が鳴るまで離れないと言われるスッポンと、一夜を共にすることになってしまったということだった。
市場ではスッポンを生きたまま箱だか袋か何かに雑に入れてくれたと思うが、そんなものはじきにダメになる。
もちろんホテルのフロントがスッポンを預かってくれるはずもない。
するとSさんが自分の部屋のバスタブに入れておくよとスッポンの管理を引き受けてくれた。
おお、なんと頼もしい。
生きたスッポンが相手でもこの余裕。
社会人男性は頼もしいなあ。
その夜、Sさんは個室を確保して早々と休み、ほかの学生たちは一室に集まってわいわいと、夜が更けても修学旅行気分を満喫していた。
すると、真夜中に部屋の電話が鳴った。
こんな時間にかかってくる電話なんて100%ロクな用事じゃない。
現に私は以前、内モンゴルに旅行に行った際に深夜の電話にうっかり出たところ「女は要るか?」といきなり問われ「私は女だ」と答えると間髪入れずに「じゃあ男は要るか?」と聞かれたことがある(もちろん電話は叩き切った)。
そんなことを思い出して警戒しつつ受話器を取ると、相手はなんとSさんだった。
しかも珍しいことにかなり慌てている。
「えらいこっちゃやで! スッポンどっか行ってもうた!」
「えっ? バスタブを越えて出て行っちゃったんですか?」
「せやねん。部屋のどっかにおるはずやねんけど、見つからへん! オレ、このままじゃ今晩寝られへん! ちょっとみんなで探しに来てや!」
電話を切って周りを見渡すと、女子メンバーの顔には明らかに「えー行きたくなーい」という雰囲気が漂っていた。
そして、
だってさー、うっかり噛まれでもしたらどうするの。
だよねー、Sさんが自分で見つけてくれないかな。だって何でもできる人だし。
でもさー、珍しく困ってるみたいだし、一緒に探さないと悪いじゃん?
だよねー、しょうがないよ、
といった会話が、口ではなく目で瞬時に交わされた。
Sさんの部屋をノックすると、Sさんが憔悴した顔でドアを開けた。
「ずーっと探してんねんけど、おれへんねん。寝るのも座るのも怖いから、ずーっと立ってんねん。もうあかんわー、いややわー、どうにかしてー」
普段は冷静な一流商社のエリート社員Sさんがこんなに弱っている。
だが私たちにしたらパーフェクトの代名詞のような彼がスッポンに怯える様子がおかしくて、申し訳ないがこみあげる笑いを押し殺すのに必死だった。
自分が寝ているベッドにスッポンが滑り込んできたら、Sさんだってたまったもんじゃないだろう。
スッポンと明かした秦皇島の熱い夜。なんつって。
不謹慎にもそんな想像までしてしまった。
Sさん、ごめんなさい。
それから全員総出で捜索活動が始まった。
だが幸いなことにそれからすぐ、スッポンの方が自分でどこからか這い出てきた。
するとSさんが甲羅の上からがっちりと掴んだ。
あれだけ腰が引けていてもいざとなったら躊躇なく捕獲できるなんて、さすが社会人だ!
いや、もはや社会人というワードには何の意味もないが、それでも、
「しゃあないからもう一回バスタブに入れとくけど、今度はちゃんとバスルームの扉を閉めとくわ。あーあ、チェックアウトまでオレ、トイレ行かれへんわ」
というSさんの言葉にはやはり頼もしさを感じた。
ありがとうSさん。
おかげで私たちはまた、安心して修学旅行モードに戻れます。
翌日、レストランで調理してもらったスッポンスープは、苦労の甲斐あって極上の味がした……と記したいところだが、覚えていない。
多分美味しかったのだと思う。
わざわざあんなところまで足を運び、あんな事件まで起きたのだから、そうだったに違いない。
あれほど行きたかった山海関にも結局行けずじまいだった気がする。
「気がする」とはこれも歯切れの悪い話だが、行ったことを確信できる記憶も行かなかったという記憶もまったく残っていないのだ。
結局、はっきりと焼き付いているのはスッポンが逃げ出したことと、そのときのSさんの、眉毛が下がってすがりつくような眼をした姿だけだ。
今、Sさんに会ったら、聞いてみたいことがある。
苦労の末に手に入れたスッポンスープの味と、スッポンに逃げられたときの衝撃と、どっちの方が深く記憶に刻まれていますかと。
***
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