「大人」ってなんだろう。
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記事:りんごまる(ライティングゼミ平日コース)
「何考えてるんですか?! 」
私は先輩に向かって叫んだ。
「こんな短納期で完成させろなんて。 しかも、ボリュームだってこんなに!! 1ヶ月でなんて絶対無理!無理ですよ!! 」
いつも、何かと無茶の多いクライアントからの案件だった。
私より8コも上の先輩は、いつもそのクライアントに振り回されていた。
「わかってる、お前の言い分も良くわかるんだけど、どうしても、どうしてもなんだよ…… 」
会社の中でもよく目立つ大きな体が、その時ばかりは小さく見えた。
「今回だけですよ。 ただし、私の進行に口出ししないでください 」
その日から約1ヶ月、その先輩とは口をきかなかった。
案件に関する伝達があれば、同じチームのデザイナーから聞き、
私はひたすら、情報集めて構成をつくり、コーディングチームへ指示を出す作業を続けた。
その時私は、「天狗」になっていた。
この構成を、あの人に考えられるわけがない。
この情報集めを、誰かに頼めるわけがない。
この作業を…… この作業を……。
先輩営業を見ず、クライアントを見ず。ただひたすら、自分だけで仕事をまわしている、そんな気持ちになっていた。
1ヵ月は足早に過ぎ、約束の納期が来た。
「色々あったけど、どうにかOKもらったから。ありがとう 」
その報告を聞いた時、久々に先輩営業と合い対峙した。
大きかった先輩の顔が、体が、やつれきっていた。
先輩営業との間をつないでいてくれたデザイナーが、その時静かに、私に言った。
その口調には、静かな怒りが込められていた。
「お前に口きいてもらえなくて、クライアントにもせっつかれて。あいつひどい心労だったんだぞ 」
案件の進行中、私は先輩営業と基本的に話はせず、やりとりはデザイナーを介してか、メールのみ。
同じ仕事をしていたはずなのに、私は気づいていなかった。
先輩営業が、私やチームをずっと守っていてくれたのだ。
これ以上、迷惑をかけないように。これ以上、作業に無理が生じないように。
クライアントの要望通りに内容をつくり、少しでも早く形にしていくのが、私達の仕事だ。
けれど、人間には誰しも限界があり、私達はその限界を超えていた。
そんな私達とクライアントとのバランスを、崩壊寸前で引き止めていたのが、先輩営業だったのだ。
それまではずっと、一人で戦っていた気になっていた。
それまではずっと、誰も助けてなんてくれないんだと思っていた。
でもそれは、周りが見えていないだけの、ただの独りよがりだったのだ。
私が一人でテンパっている間、隣の席の先輩が、私に来るはずの別の案件を黙って代わってくれていた。他に同時進行していた案件も、誰かがフォローしてくれていた。私だけが、私は一人なんだと思い込んでいた。「本当に、本当にすみませんでした!! 」私は謝るしかなかった。最終的にOKがもらえたのも、先輩営業がクライアントをなんとか説得してくれたからだった。「いや、俺も、無茶だってわかってお願いしたわけだし、お前の気持ちもよくわかるから。今回は本当にありがとな 」先輩は、大人だった。どうして、やつれるほどひどいことをした後輩に、こんなことを言ってくれるんだろう。このときの私には、不思議でしかなかった。
案件が年末で終わり、そのまま正月休みを迎え、実家に帰省した私は、さっそく母にこの話をした。
大変だったね、と言いながら、母はその答えを諭すように教えてくれた。
「それは、その人が謙虚な人だってことだよ。自分は色々頭を下げながら、謙虚な姿勢で、すべてを任せてくれてたんじゃないかな」
それでも私がピンと来ない顔をしていると、母は続けた。
「謙虚ってね、大人を図る一つの「ものさし」なんだよ。自分よりも周りを立てて、一歩引いたところで折り合いをつけていく。その責任は自分で請け負いながらね。それって、子どもにはできないことよね。つまり、それにも気づかなかったお前は、まだまだ子どもってことだよ」
頑張っていたつもりだった。
仕事が少しできるようになって、調子にも乗っていた。
自分ができていないことには、ずっと目をつぶっていたことにやっと気がついた。
大人になろう。もっと周りにも、クライアントにも謙虚になろう。そうすればもっと、周りを犠牲にせずにできるはず。もっと、信頼してもらえる「大人」になれるはず。
こんなことを思ったのが、2年ほど前のこと。
そのあとすぐに大人になれたかと言えば、そうとは言い切れない。けれど、この案件を思い出すたびに、いけないいけないと、ふんどしを締め直している。
とはいえ実は、この案件。これで終わったように思っていたのだが、実はもう一波乱が待ち受けていた。
ただその時は、先輩営業とがっちりタッグを組んで切り抜けた。二人とも謙虚に。クライアントに頭を下げながら。
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