プロフェッショナル・ゼミ

子どもを“天才”にする第1歩は?《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:関谷智紀(プロフェッショナル・ゼミ)

由佳ちゃんは引っ込み思案だ。

由佳ちゃんは中学3年生。私とは4つ年の離れた妹・亮子の長女であり、いわゆる姪っ子にあたる。
妹は旦那と共働きで深夜まで両親が帰ってこられないという環境だったから、姪っ子の由佳ちゃんはそれこそ生まれて2ヵ月を過ぎる頃から実家に預けられ、彼女にとってはおばあちゃんおじいちゃんに育てられた。

それこそ私もおむつを替えてあげる頃から彼女の成長を見守っている。

実家で祖母祖父の世代に育てられたという環境のせいか、由佳ちゃんはとてもおとなしく、自己主張のない性格に育った。

おばあちゃんが「由佳ちゃんや、今夜はどんな夕食にしましょうかね」と聞いても、「うん、何でもいいよ。おばあちゃんの作りたいもので。楽なものでいいよ」と言うし、「もう遅いから片付けて寝なさい」とおじいちゃんに言われれば「はい。分かりました」といってこたつの上の勉強道具などを片付けて素直に寝室に戻っていく。

しまいには誕生日のプレゼントですらも「おじいちゃん、おばあちゃん達お金ないでしょ。だから今こうやって一緒にご飯できてるだけで十分」
と言って、辞退するそぶりすら見せる、おとなしくて、ある意味ではけなげな女の子だ。

由佳ちゃんがこたつの上で一生懸命勉強しているところを良く見れば、母親ににてまつげが長く色白美人系で、それこそ着飾ればそれなりに可愛らしくなってクラスの人気者にでも……、と伯父としては勝手に思うのだが、本人としてはそうやって目立とうとすることをよしとせず、至って普通に目立ちたくない、という性格がいつも垣間見えるような女の子だ。
由佳ちゃんが小学6年生の頃の冬、私がおもわず聞いてしまったことがある。
「由佳ちゃん、将来はどんな仕事をしてみたいかい?」
すると、こたつの中に両腕を突っ込んで温まっていた由佳ちゃんは、伏し目がちに「うーん。よくわかんない。特にこれといったものはないんだなぁ」
とつぶやいた。
その口調がちょっと寂しそうだったので、そこから私は伯父として由佳ちゃんになにか助けてあげることはできないかと思うようになったのである。

1970年台生まれの私は、小6で「将来は?」と聞かれたら、答えきれないくらいの「夢」があった。
小学校の体育の授業で行われたマラソンや器械体操などではいつもできるのが最後の方だったので、流石に野球選手、とかサッカー選手、といった男子のなりたい職業ランキングの上位にいつもなっているような職業は挙げられなかったが、
世界を旅して写真を撮るカメラマンにもなりたかったし、電車の運転手も面白いかなと思っていたし、それでいて近くのお祭りのゲストでやってきた落語家の軽妙なしゃべりを聞いて落語家になるものいいかな、などと妄想をたくましくしていた時もあったし、時々遊びに来る親戚の叔父さんの影響で、トラックの運転手にも憧れていた時期もあった。

そう、あのころは、頑張ればきっとなんにでもなれると思っていた。
真っ青な空の下にまっすぐな道が続いていて、地平線の先には大人になったらきっとできるであろう楽しいことがいっぱい待っているはずだと信じていた。
ここから先、僕はどんな事でも挑戦できるはず、と子どもながらに勝手に思い込んでいて自分の将来はキラキラ輝く野原をどんどん進んでいくようなイメージだった。

それだけに、40年以上の時を経て、姪っ子である由佳ちゃんが将来をイメージできていないことに驚いたのである。

「なぜなんだろう、どうして由佳ちゃんはこんなにテンションが低いんだろう?」、と思っていたある日。その理由の一端が私にも分かってしまう夜が訪れた。

深夜、実家に由佳ちゃんを迎えに来た母親と由佳ちゃんが激しく口論をしているのを目撃してしまったのである。

その晩、母親である妹・亮子はどうやら会社でいろいろと仕事上の不手際を叱責されていたようで、実家に着くなり非常に機嫌が悪かった。
むすっとした表情のままで、用意された夕食を掻き込んだ亮子は食べ終わるなり、娘・由佳の左手をむんずと掴み、「帰るよ」とひとこと言い放った。

しかし、その日はテレビであるアニメ映画が放映されていたのである。
宮崎駿のアニメ『天空の城ラピュタ』だった。
不運なことにそのとき、映画は佳境だった。
みなさんご存じの通り、天空に浮かぶ城郭の上で主人公のパズーとシータが躍動し大活躍をしている。この先2人はどうなってしまうのか、誰もが手を握りしめて固唾を飲む場面だ。

由佳ちゃんは小さな声で
「ごめん、この映画が終わるまで待ってて。御願い」
と言った。しかし、亮子は「ダメ。帰るよ」と言って聞かない。
「今出ないと、家に着いたときに遅くなるから。もう帰るよ」
亮子がそう言ったが、由佳ちゃんは動かなかった。
彼女の目は大きく見開かれ、画面の上で躍動する2人の動きに見とれている様子だった。
おじいちゃんが「まあ、終わるまで少し待ってあげれば……」といった瞬間、亮子の心の中で大きな癇癪玉が弾けてしまったようだ。
「なにワガママ言ってんの? とにかく帰ると言ったら帰るの! 由佳、言うこと聞きなさい!」と怒鳴った。
「あんたなんかね、いつもワガママ言って。そもそもアンタのせいでどれだけ苦労したか、分かってるの?」
由佳ちゃんは大きな目に涙を溜めて、必死にそれをこぼさないようにしようとしているように見えた。
でも、観念したのか。うつむいて、身の回りのものを片付け始め、そして
「おじいちゃん、おばあちゃんありがと。また遊びに来るね」とこたつから立ち上がり、ぺこりと一礼した。

おばあちゃんが娘・亮子を諭すように言った。「あのねえ、自分の大切な娘なんだからそんなにキツく言わなくても。由佳ちゃんはとても優しい子よ、もっと抱きしめてあげないと……」
しかし、その夜はその言葉は亮子の琴線には届かなかったようだ。
亮子は由佳ちゃんの手を引くと、乗ってきた自家用車に娘を押し込むように乗り込み、エンジンを吹かして夜の闇に消えていった。

娘と孫娘、2人がいなくなって静まりかえった部屋で、おばあさんがつぶやいた。
「あんな風にいうと、どんどんあの子は自分の事を嫌いになってしまうよ。おじいさん、あとで電話して亮子にそう伝えて下さいな」
「そうだな、明日の夜にでも見計らって電話する」
苦虫をかみつぶしたような顔で、おじいさんは一口、お茶をすすった。

『そもそもアンタのせいでどれだけ苦労したか、分かってるの?』
亮子の叫びが私の耳にも残る。
たしかに、妹・亮子は子どもを産んだことで苦労した。
おそらく、自宅に帰っても、亮子は娘に『あなたのせいで』という言葉を浴びせているのだろう。
なぜなら、亮子は由佳を身ごもったとき、まだ結婚が決まっていなかったのだ。
そのあたりの経緯は想像するしかない。
幸いなことに、旦那の方が亮子との結婚を選ぶことで、当時幸せに縁談はまとまった。
しかし、そこから十数年、旦那は仕事を理由に家に帰ってこない時期が長く続き、その間に夫婦仲は冷え切ってしまったのかのしれない。

「あなたのせいで……」と聞かされ続けた由佳ちゃんは、「きっと自分のせいだ。両親の仲が悪いのは、私がワガママを言ったせいだ」と思い続け、そして何も主張しない子に育ってしまったのかもしれない。
おとなしく、手がかからないが、それでいて覇気が無い子に育ってしまった由佳ちゃん。
私と私の両親は、どうしたらいいかといつも気に掛けながら、彼女の成長を見守った。
幸い、由佳ちゃんは、不良の道に進むこと無く、中学生になった。
学校では、良くも悪くも普通の子で、あまり目立たない存在だという。
私は、安堵すると共に、どうしたら彼女がなにかきっかけを掴めるのか、ずっと考えあぐねていた。

中2のある日、私は由佳ちゃんから初めてある物をねだられた。
それは、1つのタブレット端末、「iPad」だった。

いつものように、こたつで過ごしていたある日。私は購入したiPad
でNETFLIXに加入しある映画を見ていた。
すると、由佳ちゃんがそれに興味を示した。
「おじさん、これ映画見られるの? 凄いね」
「そうだね、他にもいろいろ。例えば、こんなの見られるよ」
私がNETFLIXのメニュー画面を見せると、
「ええっつ、スゴイ! こんなに見られるんだ」とさらに由佳ちゃんは身を乗り出す。その画面には、アニメ作品の数々がずらりと並んでいた。

なるほど、おとなしかった彼女が、自分らしさを素直に出せるのは、この世界だったのか。
彼女が目ざすものは、自分がなんにでもなれる、空想の世界。
そうか、アニメーションをとっかかりに、彼女の心の翼を羽ばたかせることができれば。

そう直感した、僕は中古で1台、iPadを彼女にプレゼントした。
これが彼女の翼になれれば、そんな想いも少しあった。

そこから、由佳ちゃんは一気に変わった。
ひたすらアニメを見ているばかりだと思ったのが、いつのまにかiPad
を使いこなしている。

ある日、実家のこたつで彼女のiPadから女の子の声で英語が聞こえてきたのには本当にビックリした。
どうやら、アニメ仲間の米国の女の子とチャットをしているらしい。

好きなアニメについて語り合うその顔は、本当に同じ女の子かと言うくらい輝いていた。

今の時代はちょっとの勇気とデジタルアイテムがあれば、どんどん自分の世界を広げられる夢が広がっている。

僕の選択が、彼女を羽ばたかせる一助になったのなら、伯父として少しだけ胸を張ろう。

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