何だこれ……。グサグサくるのに読まずにいられない。《リーディング・ハイ》
記事:かわかみ(リーディング・ライティング講座)
何だこれ……。
何で、こんなに刺さるんだ?
何で、こんな作品に、今まで気付いてなかったんだ?
何で、この作者の存在を知らなかったんだ?
読み終わって、たくさんの「何で?」が渦巻いた。
確かめるように、二度、三度……と読み返してしまう。その度に、グサグサと新たな刃が向かってくる。
驚いて、この作者が他にどんな作品を書いているのか調べてみるも、見つからない。本作でデビューし、以降、ほとんど書いてないようだ。
作品も作者も、謎ばかりだ。
何だこれ……。
『こちらあみ子』(今村夏子:著/ちくま文庫)
* * * * * * * * * *
あみ子はスゴイ。
驚異的だ。
なにせ、前歯が3本ない。
なくても気にしない。
それどころか、近所の小学生にせがまれれば、平気で「イーッ」と口を開いて見せる。そのくらい、お安い御用だ。
私の15歳だった頃とは大違いだ。
15歳と言えば、自意識のカタマリみたいだった。
毎朝、寝癖直しに必死だったし、前髪を切りすぎた時なんか、引きこもりたくなった。
当時の私に言ってやりたい。
どうせその後、自転車に乗ってまたボサボサになるじゃん。第一、アンタの前髪なんか誰も見ちゃいない。世の中、そんなにヒマじゃない。
あみ子を見ていると、自分のコトばかり考えていたあの頃を思い出して、もどかしくなる。
あみ子の歯がないのは、大好きな、のり君に殴られたからだ。
それでもあみ子は気にしない。それどころか、その時のことはもぅ忘れかけている。
のり君は、お母さんが自宅でやっていた習字教室の生徒だった。
のり君の美しい字を見て、のり君のことが好きになって、のり君を見つけたら大声で呼びかけて、誕生日にお父さんからもらったチョコクッキーもあげた。
のり君はたいてい、走って逃げて行ってしまったし、「キモい」とか「しつこい」とか言われたりもしたけど、そんなのぜんぜん気にしない。
あみ子の年頃の私と言えば、背が高くてちょっとカッコいいとか、CDを貸してくれたとか、消しゴムを拾ってくれたとか、些細なコトでソワソワして、勝手に運命感じて、そのくせ、少しでも素っ気ない態度を取られたりしたら「ケッ」と悪態をついていた。
素直に好意に表すあみ子の姿に、自意識過剰で天の邪鬼な私を思い出し、身もだえしてしまう。
とにかく、あみ子は真っ直ぐだ。
好きなものは好きだし、興味をひかれたものにはひるまない。それ以外のことは、ほとんど気にならない。
お兄ちゃんのことも、お父さんのことも、新しいお母さんのことも大好きだ。
清々しい。
間違ったことはしていない。
あみ子の目を通してみる世界は、驚きと発見に満ちていて、輝いている。
あみ子の世界を見ていると、「あみ子、いいじゃん!」とワクワクし、「あみ子はそれでいいんだよ!」なんて自然とあみ子を応援してしまう。励ましてしまう自分がいる。
あみ子は、いつも真っ直ぐで、素直で、清々しく、間違っていないのに、それなのに、あみ子の周りの世界は歪んでいく。
お兄ちゃんは気がついたら金髪でバイクを乗り回す「田中先輩」になっていた。
金魚のお墓の隣りに、生まれてこなかった「弟」のお墓を作ってあげたら、お母さんは泣き出して、以来、寝てばかりになった。
お父さんは、家に帰ってくるのが遅くなり、あみ子と話すことも少なくなった。
そして、あみ子の真っ直ぐさが、翻って、私に向かってグサグサ刺さる。
あみ子を「応援」したり「励ましたり」していた自分に、そっくりそのまま返ってくる。
小学生の頃、一つ上の学年に、あみ子みたいな子がいた。Kさんという。
授業中もフラフラと廊下を歩き回っていたりして、とても目立っていたから学校中が知っていたと思う。
私は、Kさんと家が近かったこともあって、下校途中にもよく見かけた。
Kさんはたいてい一人で、道の真ん中に座り込んでいたり、近所の飼い犬と話していたり、畑のぬかるみをかき混ぜていたり、植え込みの花を引っこ抜いていたりした。
男の子たちに「Kが来た!」「K、こっち見んな」「これ、Kがさわった~」と、からかわれていることもあった。
私は、チラチラと様子を伺いながら、できるだけ目を合わせないように、あまり近づかないように、Kさんのことなんか見えてないようにふるまった。
ついて来ちゃったり、話しかけられたり、なんてことがないように細心の注意を払った。
ここでも私は自意識過剰で自分のコトしか考えず、さらに、子どもゆえに残酷だった。
Kさんから世界がどう見えているかなんて、考えもしなかった。
あみ子を見ていて、Kさんのことや、Kさんに対する自分のことを思い出した。思い出してしまって、いろんな思いがグサグサ刺さった。
グサグサくるのに、分かっているのに、もぅ一度、もぅ一回……と読み返してしまう。
読み返す度に、あみ子の言動にワクワクして、あみ子がどんどん愛おしくなってしまう。
そして、その愛おしさがそのまま私に戻ってくる。
* * * * * * * * * *
改めて、表紙を見る。「麒麟」と名付けられた彫刻の写真だ。
すらりと繊細で、とても美しい。
前歯が3本ない上に、平気で「イーッ」と空洞を見せるあみ子とはちょっと違うんじゃないだろうか。
いや……そうじゃない。これは、あみ子だ。真っ直ぐで清々しい、あみ子だ。
麒麟の気高い佇まいと涼やかな視線に、あみ子の愛おしさが繋がって、胸がぎゅっと締め付けられる。
今村夏子さん。
忘れないでおこう。
次の作品がいつになるのかワカラナイけれど、本当に楽しみだし、必ず次を書いて欲しい。
きっとまた、グサグサくるのに読まずにいられない。
そんな作品を届けてくれるはずだ。
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