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リーディング・ハイ

モテキの幻想――美女と野獣のセオリーを超えろ――《リーディング・ハイ》


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記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)

 

 

「なぜだ!」

 

読んでいた本を取り落とし、小学校低学年だったわたしは小さな声で叫んでいた。

それは、これから幾たびか遭遇する不可解な出来事の最初だった。

 

 

それから半世紀、50年後の表参道で、わたしはふたたび

「なぜだ!」と、心の中で叫んだ。

 

週末の表参道、始発が動き出した頃、神宮前駅に向かって歩いていた。

飲んで終電を逃し、カラオケで一夜を過ごしたあとのことだった。

初冬の朝は寒く、マフラーをまき直したりしたものだ。

向かいから、冴えない中年の男性が歩いてきた。

早朝の仕事がいかにも辛そうな感じだ。

コートの襟を立て、うつむく姿が哀愁を誘う。

自分も同じようなものなのだが……。

 

その中年男性が、いかにも悪い奴という若者二人組に絡まれた。

わざとぶつかり、サングラスが壊れたと言いがかりをつけているのだ。

 

わたしは、立ち止まり少し離れたところからその成り行きを見ていた。

手に携帯電話を持ち、いつでも110番出来る体勢ではいた。

中年の男性は、冴えないちょびひげを生やしていた、それがますますなんとも哀感を誘う。

男性はそのちょびひげを振るわせながら、絡む若者たちに。

「君は誰に物を言っているんだね。私は――」と、話しかけている。

そして、スーツの内ポケットに手を入れた。

 

ああ見えて、何かすごい人なのか。

わたしはこのあとのどんでん返しを期待した。

 

しかし、中年男性の背広の内ポケットから何かを取り出そうとするのだが、どうやら何ももっていないらしい。

若者の一人が男性の胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。

おじさんはあっけなく飛ばされ、空き缶を踏んで転んでしまった。

あっけなく、倒れるおじさん。

若者に笑われる。

こちらもその情けない姿に笑いがこみ上げる。

いや、暴行場面を笑ってはいけないのだが……。

スキンヘッドの若者につるし上げられる中年男性、息が苦しそうだ。

 

そこへ、颯爽と一人の美女が現れた。

背が高く、細身の体は女優かと見間違うような女性だ。

彼女が右足を一閃振り回すと、スキンヘッドの体は吹き飛んでしまった。

強い、

とても強い。

そして、美しい。

 

もう一人の若者が

「……、おまえ、青山中央署の御前静花か!」と叫ぶ。

 

女性は警官らしい。

私服だから刑事なのか。

斃された中年男性に駆け寄る美女、

なんか、なんか、とっても心配している様子がうかがえる

上司か

父親か

 

でも、ちょびひげ中年男性は、なぜか美女にすげない。

彼女がさしのべた腕を振り払う。

 

いや、違うだろう

あれだけ強く、美しい女性に心配されたら、

デヘヘと、やに下がるのではないか。

 

 

やってきたパトカーの警官たちは二人のことを知っているのか、

含み笑いを浮かべている。

 

「なぜだ!」と心の中で叫んでいた。

 

あの美人警官はちょびひげ中年に、惚れ込んでいるのだろう、おそらく。

 

どうにも解せない二人組を見送り、明治神宮前駅から電車に乗り、帰途につく。

 

なぜだ、美女と野獣ではないか、という思いが消えない。

美女と野獣から、昔読んだかえるの王子様を思い起こしていた。

 

幼い頃に読んでいた童話には、魔法にかけられた王子が出てくる。

美しい姫が遊んでいて、醜いかえるとある約束をする。

約束通り、姫と醜いかえるは友達になるのだが、

姫はその醜さに蛙を壁に投げつける。

壁に投げつけられた蛙は、見目美しい王子になる。

そのかえるは魔女に呪いをかけられていたのだ。

呪いの解けた王子を見て姫は、悔い改め、王子の求婚を受け入れるというのだ。

 

なんだ、これは。

男は見た目ということなのか。

醜い姿はダメで、見目麗しい王子ならいいのか。

かえるが実は普通のおじさんだったら、

姫は結婚を受け入れたのか!

 

幼心に、人生の理不尽さに憤りを感じ、

「なぜだ!」と叫んでしまったものだ。

 

美女と野獣も、

かえるの王子も

醜い姿に怖気を振るう美しい女性という構図だ。

 

しかし、その野獣の、かえるの真の姿を見て、惚れてしまうのだ。

 

これは、女性は面食いだという話なのか。

この童話たちから得られる教訓は

男性は、如何に内面が良くても、外見が悪いと、美女からは見向きもされない、いや避けられるのだ。

しかし、内面を表すような外見に変身できたなら、美女をものにすることはできるのである。

男性よ、変身せよ。

それがモテる道だ。

 

ということではないか。

 

人は、外見ではない、中身だ。という。

そうであって欲しいと思う。

しかし、幼い頃から半世紀、童話の教訓! は正しかった。多くの場合。

イケメン君がもてたのだ。

 

でも、何にでも例外はある。

 

今日の朝遭遇した刑事(?)コンビは、美女と野獣であった。

ちょびひげの冴えない男性という外見にもかかわらず、美女が惚れているのである。

「美女と野獣のセオリー」の反例ではないか。

それとも、ちょびひげの男性は、とんでもない能力とか才能を秘めているのだろうか。

 

帰宅後、眠い目でテレビをつけると、青山の宝飾店で強盗殺人事件が起こったというニュースが流れていた。

黄色のテープが張り巡らされた宝飾店、そこに入る警官たち、そこに一瞬あのちょびひげおじさんと美しい刑事さんの姿が望見された。

あの二人はやはりコンビなのか、甲斐甲斐しい美しい女性と冴えないような中年の組合せは、やはり美女と野獣を思わせる。

 

 

人生は思いもかけないこともある、それもまた事実だ。

美女と野獣のセオリー

かえるの王子様理論を、自ら超えることもある。

 

自分を振り返れば、

小柄な中年男性のわたし

もう中年を過ぎていた時に、

美しい年頃の女性がまとわりついて来て、(妻は異論があるやもしれないが)

いつの間にやら4人家族にの今に至るわけだから。

美女と野獣セオリーを超えてしまったのである。

蛙のまま結婚した王子である。ふふ。

 

まあ、人生とはそんなものなのだ。

 

 

わたしのことではなく、世間を騒がせた

青山の宝飾店の強盗殺人事件だ。

 

大胆な犯行は、誰が画策したのか。

ちょびひげの中年と美しく強い女性のあのコンビは

この事件をどう解いていくのだろう。

そして、

やはり二人は、美女と野獣なのか、

それとも、それを超えた何かなのか。

二人の関係も、気にかかる。

 

 

「サイドキック」 矢月秀作著 角川春樹事務所 ハルキ文庫

 

 

  
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2016-10-24 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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