パートナーを愛する方法が間違っているかもしれないと、不安になったら……《リーディング・ハイ》
記事:中村 美香(リーディング&ライティング講座)
「ちょっと、それって大丈夫?」
ひと月程前の土曜日に開かれた、子育てのセミナーで知り合った奈々さんに、そう言われて、私はハッとした。
奈々さんとは、その日、会ったばかりだったけれど、“子育てをしながら学び続ける”というスタンスが似ていて、意気投合したのだった。
本当は、19時には、全体の懇親会を終えて帰る予定だったけれど、話が弾み
「よかったらもう一軒だけ飲みに行かない?」
と誘われて、旦那に、電話をしてみた。
「もう少し遅くなっていいよ」
という許可をもらって、2杯目のビールを飲んだ時の奈々さんの言葉だった。
奈々さんが心配してくれたのは、私が
「旦那と本格的な喧嘩を一度もしたことがないんだ」
と、言った時だった。
「本音を言っていないから喧嘩をしないんじゃない? お互いが我慢していたら、いつか爆発して、取り返しのつかないことになるんじゃない?」
「私には、そんなに不満はないよ」
「そうなんだ。だけど、旦那さんは、どうかわからないよ」
奈々さんの発言にドキッとした。一瞬、考えて、以前、旦那に聞いた言葉を思い出し
「前に、特に不満はないって、言っていた気がする」
と、言い訳するように言うと
「ならいいけど。だけど、本当に、美香ちゃんが我慢していることってないの?」
と、もう一度、聞いてきた。
「うん……多分……」
私は、そう言いながら、急に、不安になった。
念を押されると、そりゃ、全てに満足しているわけではないけれど……という本音が顔を出した。
欲を言えば、もっと自分の時間は欲しいし、こうやって休日にセミナーや勉強会に行く時も、小さくなって申し訳ない気持ちで行くのではなくて、堂々と行きたい。
だけど、「妻」「母」という役割を持っている限り、全てにおいて自分勝手に行動はできないのは、仕方ないと思っている。
それに、旦那が、もし、毎日毎日、家族を顧みずに自分勝手に行動していたら、きっと面白くないと思う。
そう考えることは、間違っているのだろうか?
そうやって、お互いが、バランスを取ったり、事情をすり合わせながら、暮らしているのはよくないのだろうか?
その問いに答えるように、奈々さんは
「自分が家にいないとダメっていうのは思い込みで、意外に、大丈夫なものだよ。例え、一緒に居る時間が減っても、ママが好きなことをしてニコニコしていた方が、子どもも嬉しいと思うし、旦那にも優しくなれる。自分が好きなことした分、旦那が好きなことをしても許せるしね」
と、両手を広げて、微笑んでいた。
「そうなんだね」
そう言って、時計を見ると21時を回っていた。
「奈々さんの話、わかる気がするけれどさ、やっぱり、もうそろそろ帰るね」
私は、笑顔をひきつらせながら言った。
「そうか、わかったよ。子どもが寝ちゃえば、何時に帰っても変わらないと思うけど、まあ、気になるなら仕方ないね」
と、彼女は、少し、名残惜しそうに言っていた。
彼女の言うことも一理あるけれど、私には、やはり、夫婦や家族は気を使い合うものだという感覚がある。
行きたい場所、やりたいこと、その全てを我慢するわけではないけれど、やはり、勝手に決めて、勝手に行動するわけにはいかない。
あくまでも、相談し、お願いベースで「行かせてもらう」という感覚に近い。
奈々さんと別れてから
「私たち夫婦は大丈夫だろうか?」
という疑問で、すっかり酔いが醒めてしまった頭が、いっぱいになってしまった。
そう思い始めると、あのことも気にかかる……。そうだ、あのことだ。
私たちは、いわゆるセックスレスである。
恋人時代、新婚時代に比べ、子どもが生まれてから、それは減った。
それが問題だと言われたら、問題なのかしれないけれど、特に、問題なく過ごしている……と、私は思っている。
会話の量も多いと思うし、うつ病やリストラなどのいくつもの荒波も、協力し合って乗り切っていた。毎朝、「いってらっしゃい」のハグとキスもするし、大丈夫だと思うんだけど……。
充分、愛されている実感はあるし……。
ん? 愛されているって、どうして思うんだろう?
セクシーなことは、日常にはないし、まったくロマンチックな感じもなく、日々は過ぎている。
ウフフではなく、ゲラゲラと笑い、化粧もせずに、寝癖がついたまま、くだらない話をしているのに、なぜ?
そして、また不安になった。
私の「愛」は、旦那に、届いているだろうか?
いろいろと、よく気がつく旦那がしてくれたことに、「ありがとう」という言葉は、惜しみなく発しているけれど、していることといったら、それくらいだ。
やはり、時には、セクシーな雰囲気をつくるべきなのだろうか?
そうしないと、「愛」は伝わらないのだろうか?
ああ、どうしよう……。
そう思って、玄関を開けると
「お帰り」
と、旦那が迎えてくれた。
「セミナーどうだった?」
ニコニコしながら、楽しそうに、私の話を聞いてくれる旦那に、ひとしきりセミナーの話をし
「いつもありがとうね」
そう言って、その日は、終わった。
何日かして、何気なく聞いていた、ラジオの人生相談の中で、興味深い話があった。
それは、人によって、“愛を伝える方法が違う”という話だった。
それは、5つに分かれるという。
「1つ目は、“言葉”です。そして、2つ目は……」
メモをしようと、紙を探していたら、その話は終わってしまった。
ああ、残念! なんか、参考になりそうないい話だったのに……。
そう思って、インターネットで、「愛を伝える」「5つ」など耳に残ったキーワードを検索してみたら、ある本がヒットした。
それは、正に『愛を伝える5つの方法』という本だった!
この本によると、人によって“愛されていると感じる形”が違うと言い、それは大きく分けて5つあるという。
①第一の愛の言語 「肯定的な言葉」
②第二の愛の言語 「クオリティ・タイム」
③第三の愛の言語 「贈り物」
④第四の愛の言語 「サービス行為」
⑤第五の愛の言語 「身体的なタッチ」
このように、人によって違うそれを、“愛の言語”というらしい。
もっとも表現しやすく、理解しやすいのは、自分にとっての一次言語。
もし、パートナーの一次言語と、自分の一次言語が違った場合に、自分の一次言語しか表現できないとしたら、コミュニケーションが困難になるだろうということだった。
例えば、私の一次言語が、「肯定的な言葉」だったとして、旦那の一次言語が「贈り物」だったとする。
すると、私は、いくらどんなにプレゼントをもらったとしても、そこに「肯定的な言葉」がなければ、愛を感じにくいということだ。
その場合は、二次言語として、お互いに、パートナーの一次言語を学ぼうとする積極的な姿勢が必要であるということだった。
ああ、そうなんだ! なるほど! それぞれが満足していれば、いろいろな形があっていいんだ!
では、私たち夫婦はどうだろう?
リビングで、この本を読んでいると、旦那に
「何の本を読んでいるの?」
と聞かれた。
この本を読んでいる経緯を話すと、少し驚いたけれど
「そんなのがあるんだね。面白いね」
と興味を示してきてくれた。
「本の最後に、どのタイプか調べるテストがついているんだよ。今度やってみてくれる?」
「いいよ。今やろうか?」
流れで、ふたりでテストをしてみた。
「結果発表!」
私は、なんとなく照れ臭くなって、ちょっとふざけてそう言った。
旦那の一次言語は、「クオリティ・タイム」、私の一次言語は「サービス行為」だった。
一言で言うと、旦那は、「相手に自分に注目してもらって、一緒にいろんなことをするという充実した時間をすごすこと」に愛を感じ、私は、「相手が、自分のために何かをしてくれること」に愛を感じるということだった。
私は、確かに、旦那が、こまごまとよく気がついて、私が「やってほしい」と気がつく前に、かゆいところに手が届くように、いろいろとやってくれることに愛を感じていると実感した。
また、旦那が、私と、くだらないことから真面目なことまでたくさん話をすることが好きだと、前から言ってくれていたことを思い出した。
私たちの一次言語は違ったけれど、無意識になのか、偶然なのかわからないけれど、それぞれの一次言語にあった振る舞いをしていたことになる。
ああ、これでいいんだ。
気にしていた「身体的なタッチ」は、お互い、三次言語くらいだったので、これについては、自分たちのペースに任せていてもいいのかもしれないと、少しホッとした。
そして、これは、夫婦に限ったことではなく、恋人だったり、親子だったり、「愛」を伝えたい人間関係には共通するのだと思う。
広くは、ビジネスでも、ライティングでも同じなのかもしれない。
自分の得意な一次言語にこだわるのではなく、相手の一次言語を理解しどう表現するかを考えることが大切なのだろう。
それらには、今回のように、作られたテストなどはなく、相手の求めるものが何であるのかを知ることは簡単ではないと思う。
けれど、だからこそ、それを考えて歩み寄ろうとすること自体が、愛なのかもしれない。
『愛を伝える5つの方法』
ゲーリー・チャップマン 著 ディフォーレスト千恵 訳
いのちのことば社
………
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