それは曰くありげですね《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
その薄いピンクのは彼女に似合っていた。
わたしの前で、一回りをして、聞いてくる。
「どうよ」
あごを心持ちあげ、得意げである。
肩から背にかけての微妙なグラデーションが、本当に微妙だ。
「でもね、やっぱり合皮じゃないから、柔らかいし、暖かいのよ」
「ほほう、それはいいね。いい買い物だったね」
「でしょ、まあ、誰も手にしないようなものだったからね」
「しかし、よく残っていたよね」
「ねえ~~」彼女は満面の笑みだ。
「なんでだろうねえ、グラデーションができるまで、そのままだったのは」
「ウィンドウに飾ってあったのかな」
「色が、微妙な感じだったから、残っていたのかも」
「子羊の呪いとか」
「ひぇ~~」
私たちは、薄いピンクのラムスキンジャケットを見ながら、笑った。
タグには売価128,000円と書かれていた。
それをわずか1,000円で手に入れたというのだ。127,000円引きだ。
近くの店の閉店セールで妻が買ってきたのだ。
ネットオークションに出せば、数万円で転売できるかもしれない。しないけど。
日焼けして色落ちしてしまったから、閉店セールのドサクラに売り抜けようとしたのかもしれない。
まあ、在庫として抱えるより、仕入れ原価を割っても売った方がいいのだろう。
少し色あせた肩の辺りを見ながら、このジャケットは、何ヶ月、何年飾られ、あるいはしまわれ、処分されず、倉庫を転々としていたのかもしれない、と想いをめぐらす。
なにやら曰くありげなたたずまいが心を騒がせる。
曰くありげなものは、心を騒がせる。
たまたま手にした古本もそうだった。
男たちの闘いを描いた物語で、長い間にわたり、多くの読者を惹きつけてきた。
この本の前の所有者は、やたらと感動したようで、いたるところに赤線が引かれている。
「男というものは……」とか「野望にまみれた……」とか、などなど。
どうして、この一文に線を引いたのか、真意を測りかねるものも……。
この物語がよほど心を打ったのだろう。
彼(もしくは彼女)は、何を思ってこの本を読んでいたのだろう。
これほどに感動した本をどうして手放してしまったのだろう。
彼(もしくは彼女)が引きまくった赤線に、すこし読みにくさを覚える。
が、いわくありげな赤線に心が騒ぐのである。
曰くありげなものをみつけると、心が浮き立つこともあった。
100円ショップが、流行りはじめた頃のことだ。
均一ショップの店先には、その店のオリジナル商品やいかにも低廉な商品に混じって、どう考えても、100円ではないだろうと思えるものもあった。
小じゃれた木製のケースとか、
少し残念な感じのキャラクター文具セットとか
なにやら曰くありげなものが並んでいた。
どこで仕入れたのだろう。
そのようなことを思っていた頃、あるニュース番組で100円ショップの仕入担当の密着取材をしていた。
仕入担当は、全国を回り、倉庫の片隅に眠っている商品を掘り起こし、廉価で仕入れをしているという。
在庫を抱え持つより、原価割れでも売り払う方がいいのだろう。
彼の元には、雑多なものが集まっていた。
その中には、100円ショップで売るにはもったいないようなものもあった。
凝った作りの小物入れとか、少しだけ瑕疵のあるキャラクターグッズとか。
売り主は、在庫にしかなっていない、倉庫の肥やしなのに、その値段では~と売り渋ったりする。
作った時はそれなりの思い入れがあったのだろう。残念ながら売れ残ってしまったけれど、ものいいんだ。時期が来ればいつかまた売れる。
でも、なかなかその売れる時期はなかった……。
商品にはそんな悲哀がにじみ出ているようだった。
100円ショップの店頭に並んだ、少しいわくありげな商品をてにしながら、これを手放した売り主はどんな気持ちだったのだろう、と思いを馳せる。
均一価格の店は、昔からあったようで、江戸時代にも○○文屋(○○は数字、いろいろとあったらしい)というのが。
食べ物以外を扱う店なら、いろいろと仕入れをしなくてはならなかったろう。
そうなると、少し前の100円ショップのように、いわくありげな商品もあったに違いない。
「え、おやじさん、これがたったの○○文なのか?」
「ええ、この店は、どれも○○文です。だから、その立派なのも○○文ですよ」
「これは、もうけものだな」
……
というようなやり取りがあったのかもしれない。
嫁入り道具になるはずだった絵皿の組とか、武家の娘が持つ守り刀とか、とか。
どんな曰くで、その店をやり始めたのか、その店に持ち込まれしなには、どんな曰くがあるのか。
謎は、解けるのだろうか。
現実には、ラムスキンジャケットの127000円引きの謎、本にめったやたら赤線を引いた彼(もしくは彼女)は、どんな人だったのか。
あの100円ショップに並んでいた商品たちの曰くは、
誰にも語られることはない。
けれども、物語のいいところは、謎が解かれるところだ。
読み終えれば、ホッと心が落ち着く。
紹介した本:ご破算で願いましては 梶よう子 新潮社
………
「読/書部」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、スタッフのOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
また、直近の「リーディング&ライティング講座」に参加いただくことでも、投稿権が得られます。
【リーディング・ハイとは?】
上から目線の「書評」的な文章ではなく、いかにお客様に有益で、いかにその本がすばらしいかという論点で記事を書き連ねようとする、天狼院が提唱する新しい読書メディアです。
【天狼院書店へのお問い合わせ】
〔TEL〕東京天狼院:03-6914-3618/福岡天狼院:092-518-7435/京都天狼院:075-708-3930
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021
福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階TEL 092-518-7435 FAX 092-518-4941
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805
京都府京都市東山区博多町112-5TEL 075-708-3930 FAX 075-708-3931
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】
【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】