チーム天狼院

【京都天狼院通信Vol7:あどけない母と空のはなし】


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:池田瑠里子(チーム天狼院)

カメラを持ち始めて、2ヶ月。

色々と生活には変化があります。

毎日の出退勤が楽しくなったこと。歩く時間が長くなったこと。

世界が前よりもキラキラと輝いているように感じること。

 

でも一番の変化は、きっとこれ。

空を見上げて、光を探しながら歩くことが増えました。

京都天狼院から程近い建仁寺さんでも、

旅行先に行った沖縄でも、

鴨川の河原でも、

どこでも、光を探して、ただ空を見上げてしまう。

もちろん、人混みの多い街中でも。

 

空を見上げると、気持ちがいい!

いろんなことが明るく感じられるし、元気がない日でも心なしか頑張ろうと思える気がする。

さらに不思議なことに、空を見るといろんなことを感じたり、思いついたり、時には思い出したりすることができます。
 

みなさんは、空を見上げる時、何を思うでしょうか。
 

四条通のビルの合間の小さな空を見上げた時、

私は必ずと言っていいほど、東京に住む母を思い出します。

いや、「母を思い出す」、と言うのは、正確ではないかもしれません。

高村光太郎の詩、「あどけない話」を話す母の姿を、どうしても思い出してしまうのです。
 

「あどけない話」。

ご存知の方も多いと思いますが、

高村光太郎の代表作『智恵子抄』に収録されているその詩は、

光太郎が、妻の智恵子のことを描いた、短い詩です。
 

言ってしまえば、本当に、「あどけない」なんでもない話(詩)なのです。

東京の空を見上げた時に、福島出身の智恵子が、「東京には空がない」という、

「本当の空は、阿多々羅山の上に出ている空だ」という、そしてそれを高村光太郎が描いている、

ただそれだけの話。

でも読むと、不思議とあたたかい気持ちになる詩なのです。

(そこが高村光太郎の素晴らしいところ!)
 
美しく優しいこの詩に私が出会えたのは、小学4年生。
ちょうど私が中学受験の勉強をし始めた頃のことです。

中学受験用の塾の教科書に載っていた詩や短歌、俳句たちを、幼い私はあまり理解できず、

いつも母に読んでもらって、その都度解説してもらうのが常でした。

その解説には、いつも母の独自の見解が付随していて、母の息のかかった解釈の仕方が私の中には今でも根付いてしまっているのですが、

おかげで、仲良くなった短歌や俳句はたくさん。
 

たとえば、若山牧水の、「白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」。

今でも私のお気に入りの和歌の一つですが、

「青空の中、孤独に飛ぶ白鳥の姿の物悲しさは、絵画のように美しいでしょう。空と海の境の曖昧な青を思い出してみなさい」と母に言われてから、

そうかそういうものなのかとふんふん思って、無駄に自分なりの「青い」情景が頭の中に焼き付いてしまったり。(もう今更イメージを変えられない)
 
たとえば、小林一茶の俳句たち。

母は、小林一茶の俳句が大好きで、「この人はきっと、小さく弱いものが大好きだったし、大切だったのよ」とよく言っていました。

おかげで私の小林一茶のイメージは、「優しいお坊さん」。(そもそもお坊さんなのかわからないけど、一茶って名前のイメージがお坊さん!)

カエルやトカゲ、小さい虫を見るたび、小林一茶(勝手に作り上げた小太りの優しいお坊さん)を思い出すようになってしまいました。

そんな感じで今でも大好きだったり、幼なじみみたいに身近な和歌や俳句がたくさん私にはあるのですが、

「あどけない話」も、その時、母の解説があった詩の一つでした。
 

最初、この詩を読んだ時、恥ずかしながら、全く良さがわからなかったのです。

一体、何が言いたいんだろう。

ただ、空の話じゃん。

それに空って、どこでも一緒だし。繋がってるし。本当も、別に何もない詩じゃん。
 

当時かなり生意気なませた小学4年生。ひねくれていたと思います。

頭の上に、はてなマークが並んでいる私の様子に気が付いたのでしょうか。

母が唐突に、「私はね、智恵子さんの気持ちがよくわかるの」と言ったのです。
 
静岡出身の母が、父と結婚して東京にきた時、空の狭さに驚いた、と。

海がある故郷の空は、それこそ海と空の境目がない曖昧さも含んでいて、いつも空は高く、広かった、と。

どちらの空が本当かということが大事なのではなく、と前置きをして、母はこう続けました。
 
「誰にとっても、きっと故郷の空は、大事なものなんだとママは思う。だから、きっと、るりこにとって、本当の空だな、と感じるのは、この東京の空なのかもしれないね。いつか東京から違う場所に住んで、空を見上げた時に、この智恵子さんの気持ち、あなたにもわかるかもしれないよ。」
 
そう私に話す母の目は、ちょっと涙で潤んでいて。

そんな風に、空を見て、そしてこの詩を読んで、ママは思うんだ……。

初めて見る母の一面は私にとって小さな衝撃でしたし、

なんだか無性に、こうやって空を見上げられる、想像して涙ぐめるって、女性らしくて、いいなと思ったのです。

小学生の私は、今この詩を読んでも、「何が空の話だ」としか思えないけれど、

同じ詩を読んでも、同じ言葉の羅列のはずなのに、私の感じ方よりも母も感じ方は深くて。

私にはまだなくて、母にはある、外からは見えない母だけの世界、奥行きとでもいうのでしょうか、それが当時、本当にうらやましく思いました。

いつか自分も大人になった時に、詩を読んで涙を流す、そんな女性になってみたい……。

同じ言葉を読んだ時、そこから広がる世界を楽しめる大人になりたい……。

そう思ったことを今でも強く、覚えています。
 

雨が上がった京都の空。私にとっては、もしかしたら「ほんとの空」ではない、でももう馴染み深くなってしまった空。

今日もビルの合間、切り取られた空は小さいけれど。

でも、私にとっていつでも見上げる空は、過去に続く、とっても広い広い空です。

高村光太郎にとって、智恵子の姿があどけなかったように、

私にとって、あの時、私にこの詩を教えてくれた母のあどけない姿が、いつでもその空には映っています。

あどけない話  高村光太郎

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

(『智恵子抄』より)(青空文庫より)

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