主導権を握った瞬間から、私は自由になり、重い責任が発生した〜元警察官で元航空管制官の書店員vol.3〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
私のまわりにはジョコビッチがたくさんいる。
ジョコビッチとは、セルビア・ベオグラード出身の男子プロテニス選手で、世界ランキングが最高1位になったこともある最強のテニス選手である。ゲーム中、主導権は常にジョコビッチにあり、相手選手に全くスキを与えない。
そんな最強のジョコビッチが私のまわりにたくさんいる。
正確には、私のまわりに「ジョコビッチみたいな人」がたくさんいるのである。
例えば、前の会社の同期でこういう子がいた。
彼女は私とほぼ同い年の独身で、1年くらい付き合っている彼がいる。たまに失敗することもあるが、仕事がほとんどそつなくこなすし、顔もローラみたいに可愛くて愛想もいいので他の同僚や上司からもチヤホヤされている。
さて、彼女はたまに思いついたように私を飲みに誘ってくる。
同期だし、お互いに共通する話題もあるし、積もる話をしてスッキリしたいし、と思い私は彼女の誘いを受けるのだが、いつも「お互いに」話をすることはできずに終わる。
そう、私は終始、彼女に主導権を握られっぱなしなのである。
彼女の話は大部分が愚痴である。
職場で苦手な女性の先輩の話
自分の思い通りにならないお客さんの話
仕事でめちゃくちゃ疲れたとかイライラした話
彼の家が汚いとか、なかなか結婚の話をしてくれないという話
私は最初、彼女の愚痴を黙って聞いている。
15−0
しばらくすると、聞いているだけというのもなんだし、私がいる意味がないような気がして、「こうしたらどう?」「それは違うんじゃない?」などとアドバイスを試みるのだが、彼女の返答はいつも決まっている。
「でも……」「だって……」
「できない」「それは無理」
こちらのアドバイスなんて、すべてカウンターで打ち返してくる。私が彼女のことを思って打ったどんなボールも絶妙なカウンターで返される。
あんたはジョコビッチか!? とツッコミたくなるほどのするどいカウンターである。
もちろん私にジョコビッチのカウンターなんて打ち返せるはずはない。
30−0
なんだか彼女の愚痴ばかり聞いていてつまらない。ちょっとは私の話も聞いてほしい。
他の話を……と話題を変えようと思っても、結局、なんだかんだで彼女の話にすり替えられている。いつもゲームの主導権は彼女にある。
40−0
私は彼女がお手洗いで席を立った時、内心小さくため息をつく。
「自分の話ばっかりじゃん」「私の話をひとつも聞かないで」、そして「なんて時間の無駄なんだろう」と。
そうやって私に向かってひとしきり溜まった愚痴を吐き出すと、彼女は「じゃあ帰ろうか」と言い、「今日は話ができて楽しかったね。また飲もうね」そう言って颯爽と帰っていく。
私は自分の話などほとんどしていない。それなのに、もちろん会計はきっちり割り勘なのである。なんか、割に合わない。
彼女は、私をまるで飛行機の座席の前ポケットに入っている袋のように使い捨て、すっきりした顔で帰っていく。
ゲームセット
彼女にゲームをとられた私は反対に、使い捨てられた袋のように、もやもやとした気持ちを抱えて彼女を見送り、そしていつも思ってしまう。
「別に愚痴を聞いてもらえるなら誰でも良かったんじゃないかな」
「もう、会いたくないな」
「私はあんなあんな風になりたくない」
私は、こういうことを今までなんどか繰り返してきた。
そう、繰り返してきたのだ。
でも、繰り返すばかりで「私はそこから具体的に何かをした」ことはあっただろうか?
時間の無駄だと思うなら、彼女の誘いを断っただろうか?
彼女みたいになりたくないのなら、何か対策を始めただろうか?
彼女にアドバイスを聞いてもらえないのなら、彼女への伝え方を変えようとしただろうか?
ゲームの流れを変えるため、私は何かをしただろうか?
思えば、私はいつも他人に主導権を握られて生きてきた。
学生のときは先生や友達に主導権を握られて、求められるまま「いい子」であり続けた。
それから親に主導権を握られて、親に文句を言われない大学や会社を選んだ。
いつもいつも、誰かに主導権を握られて、その人に嫌われないように、よく思われるように行動してきた。
思えば私の周りにはジョコビッチしかいない。私が主導権を握ったことは一度もない。
相手に主導権を譲り、相手の要望に応えていれば、いつかきっとわたしにもいいことがあると信じてきた。ときには嫌なことにも耐えてきた。それなのに、その恩恵を受けたことは一度もない。いつも私ばかり損している。
でもそれは、いままで私のまわりにいるのがジョコビッチばっかりだったからだ。ジョコビッチみたいに強い人しかいない環境にいたから、いつも他人にゲームの主導権を握られてしまっていたのではないか。
私は悪くない。この世界のどこかに私が主導権を握れる場所があるに違いない、場所をかえればもしかして……と思って、小学校から中学校、中学校から高校、大学、就職、転職、自分の所属をいろいろ変えてきたけれど、いつでもどこでもジョコビッチは現れて、いつも私のゲームの主導権を奪っていった。
こんなのってない、私の人生なのに。
私の「人生の主導権」返して欲しい!!
そんなふうにずっと思っていた。
どこかに「自分の人生の主導権を握れる環境があるはず」とずっと、その場所を探して生きてきたのだ。
でも、そんな場所はそもそも存在しない。
ある人が、私にそう気づかせてくれた。
「あなたの人生の主導権を、他人に渡してきたのはあなた自身だよ」と。
そもそも、私が許可しなければ、「私の人生の主導権」を他人に握られることはなかった。
私は、「主導権奪われた……」って、被害者のフリをしていただけだった。
いままで、相手に主導権を渡すことを「選択」してきたのはほかでもない私自身だったのだ。
これからは、自分で自分の人生の主導権を握ろう。
そう決めた。
他人に主導権を握られている人生、確かにイライラすることもある、もやもやすることもある。でも、それはある意味「楽な人生」だったかもしれない。
だって、他人に主導権を握られているのだから、私に責任は発生しなかった。
いつも誰かのせいにしていればよかったのだ。
自分で主導権を握った瞬間から、私は自由になった。
けれど、同時に自分の人生に全責任を持たなければならなくなった。
こわい。
でも、もう私の人生の主導権をジョコビッチには渡さない。
私の人生のゲーム、ジョコビッチは私だ!
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