チーム天狼院

「着せている」のに、そこらへんのセックスより限りなくセックスだった瞬間の話。


 

記事:山本海鈴(チーム天狼院)

 

今でも忘れない。

建物の中は、静まりかえっていた。
つばを飲んでしまうと、その音さえ響いてしまいそうだ。
ぐっ、と呼吸を止める。

おそらく時間にして、数十秒。
それなのに、永遠のことのように思えた。
時が止まった。

あれだけ時間が永遠に引き伸ばされたのは、後にも先にも、ないのではないだろうかと思う。

 

私は、大学生だった。

演劇を見るのにハマっていた時期がある。

チケットを買うのに、U-25という枠があった。
若い人にも、もっと入ってもらいたいという仕組みなのだろう。
25歳以下だと、一般価格より安くチケットを買うことができるのだ。

知り合いからチケットを譲ってもらったり、
何度も本で読んだ大好きな作品が演劇化されると、喜んで足を運んだ。

たとえば当時、まだ存命だった蜷川幸雄さんの作品も、通常であれば高いお値段だった。
だけど、U-25枠を使うと、普通よりちょっと安く観劇することができたのだ。

そんなふうに、おトクな制度を使って、積極的に見に行っていた時期があった。

 

そのきっかけは、何だっただろうか。
何か今やっている面白そうな作品がないか探していて、見つけたのだろうと思う。

概要を見て、驚いた。

公演時間、2時間近く。

それなのに、出演者は、たったの2人!

え? たった2人だけ?
それも、2時間近く、休憩なしで、公演をするだって?
そんなことができるのだろうか?

あいにく、その公演はU-25のチケット枠が用意されていないようだった。
1万円近くのお値段。
大学生には、決して安くない。

しかし、無性に気になってしまって仕方ない。

2人だけで、2時間の劇、か……。

観に行かないと、何か、あとで後悔してしまうような気がしてならなかった。

よく一緒に観劇に行っていた友達に話をすると、明るい意外な反応が返ってきた。
二つ返事で、観に行ってみようよ! と盛り上がり、その話の盛り上がりのまま、会場に足を運んだ。

 

公演の名前は、『ヴィーナス・イン・ファー』。

ブロードウェイミュージカル『CHICAGO』の演出家と同じ方が担当しているらしい。
「毛皮を着たヴィーナス」が原作になっているようで、もともとは海外で公演されていたものだった。

出演するキャストも、稲垣吾郎さん、女優の中越典子さんと、一級だった。

友達と渋谷で待ち合わせし、カフェに入ってお茶をして、劇場に向かった。

幕が下りると、そこからはジェットコースターだった。

出演するのは、本当に、たった2人だった。
キャラクターが、劇中でさらに役を演じる、という構造になっていて、
1人で何役もこなさなければならないという、難しい役どころだった。

2人で2時間も持つのだろうか?
そんなのは、浅はかな考えだった。

一秒も、飽きるところがなかった。

飽きるどころか、2人が繰り広げる会話の渦が、時間が進むにつれ、うねりをあげて増していった。

絶妙なのは、「間」だった。

2人だけの演劇というのはつまり、相手からキャッチボールの球が、常に自分に向いてくるということだ。

休憩なしの、2時間出ずっぱりだ。
もちろん、一人あたりのセリフ量も多い。

そんな長時間にもかかわらず、一ミリたりとも飽きさせず、むしろ時間が経つにつれ観ている側をぐんぐんと引き込む力が強かったのは、ほかでもなく、2人の間でつくられる会話の「間」が、魅力的だったのだ。

 

真骨頂のシーンは、後半に訪れた。
あの光景は、今でも脳裏に焼き付いている。

シーンに、セリフはなかった。

会場は、しん、と静まり返っていた。

ただ、靴を履かせていたのだ。

それ以上も、以下もなかった。
ただ、女にブーツを履かせていた。

会場の全員が、息をごくり、と飲んでいた空気を、肌で感じた。
少しの音も出してならぬと、微動だにせず、誰もが舞台に釘付けになっていた。

ブーツのファスナーを上げる音さえ、聞こえてきた。

その場にいる全員が、固唾を飲んで見つめていた。

実際、どのくらいの時間の長さだったのか、分からなかった。
時間感覚は、もう狂っていた。

行為としては、文字にしてしまえば何ということもない。
ただ、<靴を履かせていた>だけのことだ。

それが、セリフもなしに、あの空間、あの2人で作られた「間」によって、
どんな行為よりも官能的に思えるほど、圧倒的だった。

 

幕が下りる。

スタンディングオベーションが、鳴り止まなかった。
拍手に応え、何度も何度も、キャスト2人が舞台へ戻ってきた。
2時間少しの休みもなく、極上の時間をくれた2人の出演者に、その場にいた一人残らず、惜しみない拍手を送った。

劇場を出ても、余韻から、なかなか抜け出すことができなかった。
一緒に来ていた友達には悪かったが、10分間くらい、本当に、何も話すことができなかったのだ。

なんとかそのあとに入ったお店でご飯を食べ始めて、やっと現実に戻ってくることができた。

当然だった。
これだけ極上の「間」を見せられたのだ。
自分の持つ語彙では、とうてい追いつかないくらいの圧倒的な感動だった。

 

今でも時々、あの時のことを思い出す。

その場にいる誰もが、決して目を離すことができず、
固唾を飲んで見守っていた、時間の止まったあの瞬間のことを。

「間」か……。
いつか、私も、人前で、場をあんなふうに魅了することができるだろうか。

「間」をコントロールする。

会話というのは、ずっと、言葉のやり取りのことだと思っていた。

だが、その「行間」も、れっきとした「会話」なのだと、頭を殴られたように痛感したのだった。

 


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2020-04-26 | Posted in チーム天狼院, 記事

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