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チーム天狼院

今日より明日が、より良い世界になるバトンパス《スタッフ平野の備忘録》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
人生でたった、一度だけ。
母親に酷いことを言ってしまったことがある。
 
あれはまだ、中学生の頃。思春期真っ盛りだった時のこと。勉強も、部活も、上手くいかなくて。人間関係も、なんだか煩わしくて。イライラしていたのだと思う。
 
そんな中、家で母親に何か言われた。それは、単純な指摘だったと思う。
「食器をちゃんと片付けなさい」とか、
「成績落ちてるからちゃんと勉強しなさい」とか、
その程度だったと思う。言っている内容も、真っ当なことだったと思う。
 
ただその、怒りが含まれていたその言い方が、気に食わなかったというか。
言われた途端、頭に血が上って、自分の中の何かが弾け飛ぶ感覚がした。
 
次の瞬間にはもう、酷い言葉を吐いていた。
何を言ったのかは、覚えていない。思い出したくもない。でもそれは、人に、ましてや母親に、決して言ってはいけないような言葉だった。その事実だけは、覚えている。
だけど当時は、止められなかった。止めようとも、しなかった。
 
その日は休日だったから、父親は家にいた。あまりに声を荒げていてからすぐに気づかれて、こっぴどく叱られた。
いつもは、優しい父。あんなに怒られたのも、人生でただの一度だと思う。
 
母親はただ、茫然としていた。だけどその表情には、悲しみが色濃く出ていて。
僕は次第に、自分がやってしまったことを理解していった。
 
そうだ。俺は、八つ当たりしたんだ。
ただ誰かに、怒りを放ちたかっただけなんだ。
 
母親からされた、些細な指摘。それは単なるきっかけに過ぎず。
僕はそれを免罪符にして、汚い感情を浴びせたんだ。
 
振り返ってみても、よくわからない。それほどまでに、何に怒っていたのかは。
多分、すべてに、イライラしていたのだと思う。それすらも、曖昧な感覚だけれども。
 
ただひとつ、それでも確かなこと。
僕は母親を、利用したんだ。ストレス発散の対象として。
自分がスッキリしたいがために、人を深く傷つけた。
 
最低だ。父親が怒るのも、もっともだ。
次第に湧き上がる罪悪感。自分の胸が、強く傷んでいくのを感じた。
押し寄せる焦燥。謝罪しても変わらない、やってしまった事実。
夜寝る前、ひとり、自分を責めて泣いたんだ。
 
この出来事は今も、強い後悔として僕の胸の中に残っている。
自分の負の感情を、理不尽な形で他人にぶつける。もう二度と、そんなことはしないように。
強く誓って、今まで生きてきた。
 
だけど、どうだろう。僕が八つ当たりすることは、本当に全くなくなったのだろうか。
そんな風に、疑問に思うこともある。
誰かに酷い言葉を浴びせるようなことは、していない。だけど振り返ってみると、小さな八つ当たりをしていることが、あるのではないだろうか。
 
例えば、朝時間がなくて、急いでいる時。コンビニの店員さんに対して、焦せらせるように、感じ悪く接してしまったんじゃないか。
自分の仕事がなかなか終わらなくて、焦っている時。同僚から飛んできた連絡を、素っ気なく返してはいないだろうか。
人混みの中で、誰かがぶつかって来て、それなのに謝られずに、イライラしていた時。同じように誰かにぶつかった時に、ちゃんと謝ることができていただろうか。
 
どれもこれも、相手には関係ないこと。自分で処理するべき、感情だったんだ。それなのにどうしてあの時、店員さんに丁寧に接することができなかったのだろう。快く返事ができなかったのだろう。
「すみません」の一言が、言えなかったのだろう。
 
「だって、あの人も謝らなかったから」。
いや、違う。そんなのは理由にならない。あの人が謝らなくて、俺がイライラしていたこと。
それは、俺がぶつかった人には、何も関係ないのだから。
 
お前は、あの人にぶつかられた時に、どう思った? それなのに謝られずに、何を感じた?
イライラしたんだろ? 「よく見ろよ」って。「謝れよ」って。そう思ったんだろ?
ならなぜ、同じことをした? お前が八つ当たりしたら、また繰り返されるだろ。
 
人の感情は、往々にして連鎖する。それはまるで、バトンのように。
誰かから放たれた、怒りの感情。理不尽にそれを浴びた誰かは、同じようにイライラを抱く。
感情に任せてその怒りを発散しようものなら、また同じこと。人の手から、手へと。時に増幅を繰り返しながら、負の感情はめぐりめぐっていく。
 
SNSを開けば、わかるだろう。
ほら。今日も誰かが誰かを、叩いている。そして誰かを叩いていた人が、誰かにまた叩かれている。それを見て、誰かが笑っている。その人を誰かが、叩いている。
 
ああ。もう、やめてくれ。
もう、そんな世界、見たくないんだ。
 
目を瞑る。真っ暗な視界の中で、思考を働かす。
そうだ。難しい話じゃないはずだ。答えは、シンプルだ。
ただ言えば、良かったんだ。「すみません」という、一言を。
 
そうすればきっと、ぶつかってしまった相手も、悪い気分にはならなかったかもしれない。少しは、マシだったかもしれない。
負の感情が完全に消えなかったとしても、言った方がいいに決まっている。
 
今どんな気分だとか。疲れてるとか。イライラしてるとか。ダルいとか。
さっき他の人に何をされたとか。みんながそうだからとか。
そんなものに、関わらず。
 
自分から、始めればいい。
誰かの気分が、少しでも良くなる行動を。
 
連鎖するのは何も、負の感情だけじゃない。
ポジティブな感情だって、少なからず伝染する。
 
ランチに行って気持ちの良い接客を受ければ、午後の仕事はなんだか頑張れそうな気がする。
眠たい朝でも、同僚が気持ちの良い挨拶をしてくれたら。自分も誰かに、大きな声で「おはよう」って言いたくなる。
ピカピカに清掃された空間を見れば、自分も綺麗に使おうと思う。
 
僕ら人間って、実はそんなもの。すごく、単純だ。
どうせなら、その単純さを愛したい。上手く付き合っていきたいと思った。
 
誰かに感情のバトンを渡すのなら、ポジティブなものがいい。
好意や、感謝。誠実さや、温かな気持ちを渡したい。
誰かから、もらったバトンはもちろんのこと。
自分から生み出して、渡していきたいなと思った。
 
だからコンビニの店員さんには、「ありがとうございました」って言う。
飲食店を出るときは、「ご馳走様でした」って声をかける。
みんなで使うスペースは、積極的に綺麗にする。
タクシーの運転手さんには、「お疲れ様です。お身体に気をつけて」って、昨日言ったんだ。
 
大丈夫。何も恐れることはないよ。
それらの感情は、使ったって減りはしないのだから。
 
むしろ、増えていけばいい。誰かの行動で、誰かの気分が良くなる。その人がまた誰かに思いやりを持って接する。
そんな連鎖を、自分から生み出していけばいい。
 
反対にもし、誰かからネガティブなバトンをもらってしまったとしたら。怒りや悲しみを、浴びさせられたとしたら。
 
感情的になりたい気持ちも、わかる。昔の自分も、そうだったから。
でもここは一旦、落ち着いて見せよう。
そのバトンは、誰かの手に、渡してはいけない。きっとそれはまた連鎖して、誰かを傷つけるから。
ひっそりと、足元に置くのがいい。
 
忙しい時や、焦っている時、疲れている時なんかも、同じ。それらを理由に、マイナスの感情を渡してしまわないように。
「追い込まれている時ほど、本質が出る」という戒めを心に、踏みとどまって見せよう。
 
ここからはあくまでも、妄想の話。
「押し付けがましい」と言われたら、それまでだけど。
 
想像するんだ。自分の積極的な行動で、誰かの気分が少しでも良くなったら。
そして気分が良くなったその人が、また誰かに優しくする。そうやって、思いやりのバトンが、そこら中にめぐっていって。
今日より明日、明日より明後日が、少しでも良い世界になったらいいなって。
 
……なんて言ったら、「夢見過ぎだよ」って言われるかなあ。
でも僕は、決めたんだ。この単純さを、愛していくと。
 
それにこんな妄想をすると、いつもより明日が楽しみになる。
「おはよう」って、家族に元気よく言いたいなって。
「いつもありがとう」って、みんなに言いたいなって。そんな風に思うから。
 
だから、なれ。今日より明日。
少しでも、いい世界に。
 
きっと、なる。僕の行動で、あなたの行動で。
少しずつ、でも確かに。
 
こんな世の中だ。「恥ずかしいこと言ってる」って、思われたっていい。
まず自分から、始められるように。そう誓って、眠りにつく。
 
明日も早いな。
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
メディアグランプリ33rd Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。

 
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